第10話
夢を見た。懐かしい夢だ。母が私の名前を呼んでいる。
「メディ、メディ、起きて」
母上、今日のピアノの稽古は午後からでしょう、メディは昨日夜更かしをして、まだ眠いのです。朝食は要りませんから、寝かせておいてください。
「お友達が呼んでいますよ、行ってあげなくていいのですか?」
母上、私の友達は魔導書だけです。喋る魔導書がいるなら、それはお目にかかりたいものですが。
「そんな悲しいことを言わないで。大きな竜さんと、可愛い鼠さんがいるでしょう?」
竜……?鼠……?母上、知り合いにそんな人は……
「あーっもう!誰が母上だよ!寝ぼけるのも大概にして!」
突然母が怒りだし、私の額に手刀をかました。痛い。そして母はこんなことをする人ではなかった。
「んあ……鼠?」
意識がはっきりとしてくる。私は実家の無駄に柔らかいベッドの上ではなく、魔法陣の描かれた固い床の上で寝そべっていた。
「そうだよ、アタイは鼠だよ、アンタを産んだ覚えは無いよ!」
「ふう、なんとか目ェ覚ましたか、内臓飛び出てた時にゃどうなるかと思ったが」
ガラニカの言葉に、先程までの激戦を思い出して腹を撫でる。服にこそ大穴が空いているが、傷は塞がっていた。
「無茶しやがって、絶対死んだと思ったぞ」
「無茶をしなければ勝てない敵だった。死んで生き返り、体に“穢れ”を得てみるというのも面白かったかもしれんが、またの機会だな」
「悪い冗談やめてよ、ホントに死んじゃうかと思って怖かったんだからね!?」
ボスボスと鼠に腹を叩かれる。痛い痛い、さっきまで穴が空いていたことを考慮すると余計痛い気がする。
「悪かったよ……さて、祝勝ムードといきたいところだが、少し話をするぞ」
私の声のトーンが一段低くなったことで、鼠とガラニカの表情が真剣なものになった。
「あの銀仮面と戦っていて、少し違和感があった」
「違和感?そんなこと俺は思わなかったが」
「そうか?鼠の証言から推測出来ることだが」
「アタイの?」
「ああ、お前の会った銀仮面は
「そりゃおめえ、デーモンルーラーの魔法の方が得意だからじゃねえのか?」
「確かにそう考えることは出来る。しかし、攻撃だけに関してなら、多少魔力が劣っていても真語魔法の方が優れているものが多い。それこそ
「確かにそうだね。正直、最初に見た時の圧倒的な感じが、さっきのアイツには無かった」
「おいおい、まさか……」
「ああ、そのまさかだ。何より私には、ヤツの強さの詳細がはっきりとわかったんだ。最初に見た時は全くわからなかったのに。その時点で、ヤツは本物じゃないんじゃないかと思った。随分演技の上手い影武者なんじゃないかとな」
そこまで言い終わると、不意に、乾いた拍手の音が聞こえてきた。入り口の方向。振り向く。そこには、やはりと言うべきか、銀仮面がいた。強さの見通せない、本物のヤツだ。
「素晴らしい、流石は紅蓮の魔女だ」
その賞賛も平坦だ、とてもじゃないが素直に受け取る気になれない。
「ふん、それでお前はどうする、ここで私達を殺すつもりか?」
今の状況でこいつに襲い掛かられたら、私達に為す術は無いだろう。そうなれば万事休すだ。しかし銀仮面の答えは想定したものとは違った。
「いいや、お前は面白い、まだ泳がせておく。いずれ更に強くなったお前と戦うことを期待している。その時はマガ・ノストルムの再来と言われる私の力、存分に振るおう」
「やはりお前が……!」
マガ・ノストルム。最大最悪の魔法王。その名を継ぐ者。
「お前の目的は何だ、銀仮面!」
「人と魔神の融合、その完成。人はこれ以上進化出来ない。外なる世界より来たる魔神だけが、この世界の人に変革をもたらす」
「はん!狂った宗教家じみた思想だね!」
「おうよ、勝手に人に絶望してんじゃねえ!」
「どうとでも言うが良い。私は目的を完遂する。その過程で再びお前達と見えること、楽しみにさせてもらうぞ」
「ふん、断る。私は好奇心のためなら死すら厭わんが、貴様と戦っていては命がいくらあっても足りん」
私の言葉に、銀仮面は少しだけ口角を上げた。無表情よりも、余程不気味で不自然な笑顔。
「そうか。どうとでも思うがいい。さらばだ。
「
超高位の真語魔法。対象を術者が知る場所に一瞬で移動させる、理外の術だ。やはりこの男は、私達より圧倒的に強い!
驚愕する間に、銀仮面は姿を消していた。
「……『教団』の壊滅、という依頼は達成出来そうにないな、ヤツがいる限り、また似たような集団が出来るだろう」
「でも、アタイ達生きてるよ、少なくとも今日は家に帰れる。いやまあ、アタイに決まった家は無いけどね」
「悪竜騎士団としちゃヤツは放っておけねえな。今後も機会があれば追っていく。鍛えなきゃなんねえな」
「取りあえずは、近場の冒険者ギルドにでも戻ろう。というかあのクロウリーという男もどこにいるのやら」
「あの人は何故かピッタリのタイミングで目の前に現れるから、大丈夫だと思うよ」
「……そうか」
銀仮面も大概だが、あの男もどこまでも得体が知れない。
ともあれ私達は、クロウリーに報告をするため、冒険者ギルドへと歩を進めた。
***
「――――――というのが、今日あったことの顛末だ。満足してくれたか?」
冒険者ギルドに来ると、本当にクロウリーがいた。私達はすぐに今日の出来事を話し、依頼はこれで終える旨を伝えた。
「マガ・ノストルムの再来、か。中々に強く、面白い者のようだ」
「報酬を支払わねばな。約束通り、1人3万ガメルだ」
ドン、と、大量の金貨と銀貨が入った袋が3つ、テーブルの上に置かれる。一瞬目が眩みそうになったが、私はすぐに反論した。
「お、おい、私達は『教団』を壊滅させたわけではないと言ったろう」
「別に余は『教団』を壊滅させてほしかったわけではない。有望そうな者達の冒険譚が聞きたかっただけだ。貴公らのそれは、十分に聞きごたえがあった。報酬としてはこれが正当だ、貰うがいい」
「だが……」
「まーまー良いじゃんメディ、お金は貰えるだけ貰っておかないと!汚いお金でもないんだし!」
鼠はいち早く袋の1つを取り、金貨の枚数を数えていた。こうなってはもう仕方ないだろう。正直、私も3万ガメルは欲しい、是非とも。
「はあ……貰おう。だが、貸し1つだと思っておくぞ」
「ほう、ではその貸しをどう返してもらうか、考えておかねばな」
金色の瞳がキラリと光った気がした。また厄介事に巻き込まれる予感がする。軽々しく貸しなど言うのではなかった。
「俺も貰って良いんだよな?へへっ、これで騎士団の連中に良い武器を持たせられるぜ」
「余はもう帰るぞ。此度の活躍、胸躍った」
「まるで見てきたように言う。お前なら、本当にそうだったかもしれないが」
「想像に任せよう」
そうして、金色の獣は私達に背を向け、街の喧騒に消えていった。
「さて、私達も解散だな。少し寂しい気持ちだよ」
「ま、なんだかんだ刺激的で楽しかったよ、色々新しい問題が見えたのは頭が痛いが」
「アタイは冒険者の真似事なんざ二度とごめんだね。でもま、アンタのことは好きだよ、メディ」
「私にそっちの
「からかわないでよー!」
「ははは、まあ、この地区で暮らしている限り、また縁はあるだろう。二人共、頼りにさせて貰うよ」
「おうよ!」
「うん!メディならサービス価格で情報を売ったげるよ!」
「そこで『タダで』じゃないのがお前らしいな。さて、別れを惜しんで、盛大に宴でもやろうか!」
――――――“紅蓮の魔女”と“不可視の鼠” 完。
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