四章 - 最後にはあるべきところに収まる4
「…浅倉さん、チェーンソーでおなかを切ったアーティストさんのこと知ってますか? ソヨンさんと同じアパートにいたって聞いたんですが」
「ジュンソのことかな? 残念だったね」
「浅倉さんが無理やりやらせたわけじゃないですよね?」
「僕が? まさか。誰かに言われたの?」
浅倉は少し身体を乗り出して目を開く。
「ジュンソには入れ込んでる彼女がいたらしくてね。彼女にもっと過激にしたほうがいいって言われて悩んでるのは聞いたことがあったけど。彼はもともと気弱な性格で、小さい道具でコツコツやるのが合ってるタイプだったんだ。チェーンソーと動画も彼女の案だって言ってたよ」
アルコが仕組んだのだ。そう考えるほうがしっくりくる、と志穂は思った。ジュンソの死だけでなく、今回の浅倉の事件も。
「危険すぎる行為は控えるように言ってたんだけどね。結果的にああいうことになって、ソヨンもずいぶん落ち込んでしまったし」
「浅倉さんとソヨンさんの関係って…」
「恋人、って言っていいかな、たぶん。何もしてあげられなかったことを今でも悔やんでるよ。最初は作品に惹かれて話し始めたんだけど、彼女は本当に優しい子でね。今思えば、深入りしないほうが彼女にはよかったのかもしれないんだけど。僕が彼女のお母さんに気に入られてしまったこともあって、ソヨンが板挟みみたいになって、ずいぶん苦しませてしまった」
浅倉とソヨンの関係が親密になるにつれ、母のヨンジャは娘にきつく当たるようになり、さらにソヨンをだしに浅倉に会いたがるようになったのだという。
「食欲がない、って言って、食事をほとんどとらなかった日があって。それが別れになってしまった」
浅倉が海外出張に出てしばらくして、ソヨンからの連絡が途絶えた。彼女はこれまでも制作に没頭すると連絡が取れなくなることがあったので、浅倉は特に気にせずにいたようだ。
「急に警察から電話が来てね。驚いたし…、本当に申し訳なく思っている。あんな姿で…」
浅倉は右手を頭に当てながらうつむく。
「アーティストとして独り立ちしたいというのが、彼女の夢だったんだ、ずっと。生きている間はなかなか売れなかった。死が、作品を後押ししたのも確かだけど、あんな死に方をしなくても、ソヨンの作品は評価されるべきだったと僕は思ってる」
「最期の作品のヒントになるようなものってないんでしょうか? ヨンジャさんにメールで送られたのは文章だけ?」
「いや、こないだ分かったけど、画像もあったらしい。この事件がきっかけで僕も確認させられることになって。それで分かった」
「どんな画像でした?」
「部屋の写真が何枚かだね。亡くなる前に見た風景かもしれないけど、分からない。写真自体が作品なのかなとも思ったんだけど、ソヨンがつくってた作品とは違ったから」
「見せてもらうことってできますか?」
浅倉は携帯を操作して画面を志穂に見せる。
全部で六枚の写真。天井と四つの壁、それに床をメインに撮られているが、飾り気のない自室を写したものだ。棚には本がきちんと収まっているし、ベッドは誰も触れたことがないみたいに整えられていた。机の上にはパソコンが置かれているが、コードが無理のない角度で美しく接続されていた。
「あれっ、作品があるって聞いていたような。部屋に置かれた作品がめちゃめちゃになってたって」
「いや? 作品はすべて僕の事務所のほうに移動されていて、部屋には一つも残されてなかったよ。もともと割と散らかってた部屋なんだけど、ずいぶんきれいに片づけてるなとは思ってた」
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