一章 - 「手と骨」の行方6
それから二週間ほど、志穂は画材店とアトリエを往復しながら制作する日々を送っていた。ギャラリストの浅倉のことが気になり、合間を見てネットで情報を集める。
浅倉誠治、五十二歳。骨董品店をやっていた父に連れられ、幼い頃から海外での仕入れなどを見て育ったらしい。ネットにいくつかインタビュー記事も出ていた。現代アートのギャラリーをつくったのは三十五歳頃。「自分が良いと思う若いアーティストを自ら売り出してみたくなった」と記事には書いてある。口と顎に不ぞろいのひげを生やし、腕を組んで座る姿を見ると、やり手の経営者といった感じだ。笑うと目じりにしわができ、人の良さそうな印象を与える。
「この人がソヨンさんを死に追いやったのかな」
真山が賞を獲った作品のことも気になっていたが、志穂は真山のせいだとは考えたくなかった。浅倉がどんな人なのか、会ってみたい。志穂はいつの間にか、浅倉のことを調べることに夢中になっていた。SNSはやっていないみたいだ。ほかに本人の現在の様子を知る手段はないだろうか。浅倉の交友関係や仕事でつながりがありそうな人を探す。徐々にストーカーのようになっていく自分を怖いと感じたが、志穂はやめることができなかった。
「見つけた!」
浅倉と懇意にしているアートコレクターが、SNSで浅倉のことをつぶやいていた。
「久しぶりに浅倉さんに会えました~!」
投稿に添えられた写真が釜山の市場だった。浅倉は今、釜山にいる可能性が高い。カフェの開店時間から行って待っていれば、浅倉が現れるかもしれない。カフェのオープン時間を調べ、それに間に合うようにアラームをセットしている自分に気づき、志穂はため息をついた。
「韓国まで来て、なにやってんだろ、私」
このレジデンスが自分のアート人生の終わりだと決めていた。だから、悔いがないようにこの三ヶ月は全力でアートに向き合うと決めていたのに。しかし、タイトルを聞いた時から「手と骨」という作品が志穂の頭から離れなかった。作品を見てみたい。それは人間の根源的な欲望のようだった。
「一度だけ、明日だけ行ってみよう」
やめろやめろという理性の声を押さえ、志穂は自分の心の声に従うことにした。
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