一章 - 「手と骨」の行方4
細かい打ち合わせや今後のスケジュールなどを行い、現地で開催する個展のための買い出しなどをしているうちに、一週間が過ぎた。志穂は韓国の紙と和紙を合わせたインスタレーション作品をつくる予定で、買い込んだ紙を細く切る作業をつづけていた。
アトリエの扉を叩く音がする。
「志穂いるー?」
アルコの声だ。志穂が扉を開けると、アルコがすかさず「ねね、前の話なんだけど、一緒にヘウンデに行かない?」
「前の話って?」
「ギャラリーアサクラのこと。メインギャラリーはソウルなんだけど、調べたらヘウンデにカフェギャラリーを経営してるみたい。ソヨンの作品も飾られてるみたいだから、一回見に行きたいなって思って」
ヘウンデは釜山の中でも、海に近い高級エリアだ。
「志穂も作品気になってなかった? ソヨンの実物見れるよ」
「はい、ありがとうございます。行ってみたいです」
「おっけ、じゃあ明日10時に出て行こ」
「分かりました」
明日にはソヨン作品の実物が見られるかもしれない。志穂は作業が手につかなくなり、その日は早めに休むことにした。
電車を乗り継ぎ、志穂とアルコは目的のカフェに着いた。大通りから少し奥に入ったところにあるようなカフェで、天井が高く、壁には手書き文字が書き込まれていた。日本語もある。小説のような心理描写が書かれているが、志穂は読んだことがないものだった。
壁にはエディションの付いたソヨン作品のプリントが何枚も飾られている。この店にある作品はドローイングも含め、すべてソヨンの作品のようだ。
「見て、ここ価格書いてあるけど、二〇〇万ウォンだって。四つ切だよ?」
二〇〇万ウォンは円にするとだいたい二十万円くらいだ。三十センチくらいのプリント作品にしてはかなり高額だろう。作家は不遇の死を遂げたとはいえ、まだ若くそれほどキャリアもなかったはずだ。
「これ、この値段でほんと売れてんのかな?」
「売れてるとしたら、すごいですよね」
「餓死したっていうのも作家のストーリーになっちゃってるかもね。普通に暮らしてたらここまで活躍してないかも。ほら、猟奇的な死ってさ、作家をエキゾチックに見せるとこあるでしょ」
納得したくはないが、分からなくもない。これまでに薬物のオーバードーズや自殺で死んだアーティストも多くいて、そのうち何人かの作品は今では破格の値段になっている。アルコが短い黒髪をつまんで落としながら言った。
「自分もやばい死に方したら、それだけで歴史に残るかなとか思ったことない?」
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