一章 - 「手と骨」の行方3

 電話が鳴った。真山からだ。


「無事に着いた? 韓国どう?」

「うん、ちょうど日本人がいたよ」

「そっか、なんてアーティスト?」

「アルコさんっていう」

「変わった名前だね。調べれば出るかな」

「そうだね」

 真山にソヨンのことを聞くべきか、志穂は悩んでいた。不安が関節を締め付けてくるみたいに感じる。

「あのさ」

「なに?」

 声をかけてるのに話を切り出さない志穂に対し、真山は「もう寂しくなっちゃった?」と言ってからかってくる。同棲して一年、来年には結婚しようと二人で話し合ってきた。

「手と骨、って知ってる?」

 真山はすぐに答えなかった。賞を獲った作品だ。真山が忘れるわけがない。

「俺が昔、賞獲ったやつのことかな?」

「うん。どんな作品だっけ? ちゃんと見たことなかった気がして。手元にあるの? それとも売れちゃった?」

「いや、売るようなやつじゃないんだ。空間を使ったインスタレーション作品でさ」

「インスタレーションって、写真じゃないの?」

 真山はフォトグラファーだ。かつては大自然の写真をメインに撮影していたが、今は商品写真でも結婚式でもなんでも撮る。しかし、これまで空間を使うような作品をつくったことがあっただろうか。

「志穂と会う前はけっこうつくってたんだよ。もっとやりたい気持ちもあったんだけどさ、インスタレーションって売れないし、生活すんの大変だから」

「そうだよね。その作品ってどっかで見れる? 賞獲ったやつなら、ウェブサイトとかに出てるよね?」

「あー、まぁそうだね。どうかな。けっこう昔だから」

「なんて賞?」

「ええっと、あんま覚えてないから、思い出したらまた言うよ。それよりどう、生活は」

「まだ来たばかりだからね」

「志穂はあんまり海外行ったことないでしょ。困ったことあったら連絡して。心配だし」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、俺ちょっとこの後まだ仕事あるから」

「わかった、ありがとね」

 真山との電話を切った後、志穂は静止したままパソコンの画面を見ていた。指先が少し震えている。

 賞名を忘れるなんてありえない。真山は作品のことを何か隠している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る