神様の作り方

ぼさつやま りばお

第1話


「着陸準備に入るわ」

「了解しました。これよりシステムエンジンをマニュアルに切り替えます」


 ゆっくりと降り立つロケット。バーニアを小刻みに吹かしながら、着陸するタイミングを計る。惑星の軌道が早い分、タイミングを間違えれば機体は忽ちバラバラになるだろう。

「着陸!」

 じわじわと。引力が有るのか無いのか感じる間も無いまま、小さな星へと引き寄せられて行き、機体は無事に惑星へと着陸する。

「お疲れ様、ナイスね」

「ありがとうございます」

 額の汗をぬぐい、彼女は僕に向かって微笑んだ。そんな彼女を後目に、僕はメインコンピューターを忙しく操作しながらこの星のデータを観測する。

「……所有者の照合無し。どうやら未発見の惑星の様ですね」

「ビンゴ! 去年から目星をつけておいてよかったわ!」

「見た感じだと、程よい大きさですが……とりあえず間取りを調査しましょう」

「オーケイ! そうと決まれば準備するわよ」

 彼女は急いでシートベルトを外すと、ハッチへと歩き出す。その一方、僕はコンピューターを操作し、惑星登録書類の作成を急ぐ。


 そんな僕らの仕事は、富裕層を相手にしたプライベート惑星の売買不動産だ。

程よい大きさの惑星を発見、開拓し、顧客の理想に沿った惑星環境を作成するまでが仕事で、これからが僕達の仕事の本腰だ。


「お待たせ。さ、降りよう!」

 宇宙服を二着両手にぶら下げ、彼女は僕を急かせる。給料が良いから入社した僕とは違い、彼女は純粋に惑星間航行や宇宙が好きで、好奇心で入った変わり者だ。

「書類を作成するので先輩は先に降りててください。直ぐに行きます」

「全く、君は真面目なんだから」

 小さく嘆息して、彼女は僕の宇宙服を此方に放り投げるとハッチへと踵を返した。

「……全く、自由な人なんだから」

 惑星登録手続きの書面の作成が終わり、僕は床に放り投げられた宇宙服を拾って外へ通ずる気圧を調節するエアロックを目指す。

 後は順序と項目に沿って書類の枠面を埋めた後、本社へ提出すれば完成だ。

まだまだやる事は山積みだと、僕は船内服を脱いで宇宙服に着替える。


「……もう」

 エアロック前のハッチには、辺りに彼女の衣服や下着が無造作に脱ぎ捨てられている。

 毎度毎度目のやり場に困るものだ。

 何度言っても治らないので気にしない事にしたが、困る物は困る。



「おーい! 遅いよー!」


 ロケットから降りるなり、地平線の向こう側で彼女がピョンピョンと跳ねながら手を振っているのが見えると同時、やけに楽しそうな通信が入った。

「もう、遊びに来たんじゃないですから、仕事しますよ」

 訝し気に通信を返し、僕は業務に取りかかる。

 発見時の目視で言えばリンゴ程の大きさだった星も、降りれば存外大きいものだ。


 小型の飛行型計測器を地面から飛ばし、宇宙服の腕に着いたモニターを確認する。


「……ふむ。別荘地としては申し分ないかな。少しばかり狭いかもしれないけど規定はクリアしてるっと……」

 惑星の広さは、直径一キロ。少し歩くだけでこの星を一周できる。

 作成した書類の項目にチェックを入れ、僕は彼女へ通信を入れた。

「先輩。地の規定はクリアしてました。先ずは照明設備を取り入れましょう」

「はいはーい」

 やけに上機嫌に彼女が応えると、ウサギのように跳ねながら此方に向かってくる。ようやく仕事をしてくれる気になった様だ。

「さぁ、飛んでけ!」


 ロケットのトランクからバスケットボール程の機材を取り出し、彼女は上空へと打ち上げると、一気に弾けた。

 その機材は上空に漂いながら、煌々と眩しく、熱を帯びて輝き続ける。

 つまり、人工的な太陽である。先ずは光を作るところから僕達の仕事は始まるのだ。


「オッケー! それじゃ降らせるよ!」

「まっ……! 先輩早ッ!」

 彼女が大がかりな機材を下し、僕が返事をする間もなくスイッチを押す。

 すると……見る見る内に機材から、雨雲が生成され、小さな惑星を満遍なく埋め尽くしていくと影に包まれて行く。

 本来なら、陸地と海辺の比率を計算した上、調節して降らせるのだが……。

「大丈夫。この惑星のサイズなら溺れ死にはしないよ。宇宙服だってあるし」

「水だけの惑星になっても知りませんからね……」

 ザー。と直ぐに、滝のような雨が降ってきた。宇宙服は完全密閉されている上、酸素だって常に供給されているので、彼女が言う通りおぼれ死ぬ事も無い。

 ……全く、自由奔放な人だと思う。そのくせ、彼女は悪びれも無く可憐に笑うのだ。

「ほら、大丈夫だったでしょ? 先輩を信じたまえ!」

 ヘルメットには紫外線を完全に遮断する加工がされている為、表情は定かではない。けれど、通信の声の抑揚や態度から、彼女は今にも太陽に様に笑っているのだろう。

「はいはい。先輩には叶いませんよ」

 彼女の言う通り、水位が膝の上まで来たかと思うと、ぴったり雨が止む。

 そして雨雲の向こうで輝く人口太陽が、割れ行く雲の間から青々と惑星を照らし出していた。これで空と海は良し。

「さ、早く植物と大気を供給させよ! 宇宙服って窮屈なんだよね」

「その後さぼらないでくださいよ」

 僕は嘆息し、雲を生成した機材を陸地へと運んで大気生成モードへ切り替える。

「この惑星サイズと大気濃度だと……これかな」

 そして大気生成モードへ切り替えるボタンの隣、植物生成と書かれたダイヤルを調整しつつ、ボタンを押すと、機材から大気と共に霧状の種たちが噴出していく。

「後は、芽吹いて完全に育つまで待機ですね」

 顕微鏡で確認しないと分からない程の幾兆もの種たちが、大気中に漂って惑星中に振り撒かれて行った。惑星の軌道からして、小一時間程だろう。

「一旦ロケットに戻りま……」

「ヒャッホーゥ!」

「先輩っ!?」

 通信ではない、明らかな肉声が大気を揺らして僕に届く頃には、もう遅かった。

 彼女は宇宙服を脱ぎ捨て、出来たばかりの海に飛び込んで飛沫を上げていたのだ。自身の体温で海洋生体の繁茂や環境が変わるから止めてくれと言っているのに、毎度毎度彼女は一番風呂さながら一番海を楽しむ。

「……全く」

 僕は浅い海で泳ぐ彼女から、半ば振り返るようにして目を背ける。本当は環境が変わると言うデータは観測されていない。

 目のやり場に困る故の、僕の大嘘だ。

「おーい! 君もおいでよ! この快感は一度覚えるとやめられないよ!」

 背後より、ジャバジャバと水をはじく音と、はしゃぐ肉声が響いてくる。

 ……つくづく、デリカシーの無い人だと思う。何度この事を問い詰めても「私をそんな目で見てくれるなんて有難い限りだよ」と言って茶化されて終わってしまう。

 常に、好奇心と探求心で生きている彼女に、異性がどうこうなんて思考は無いのだろう。

「先に戻ります。余り惑星成長期にそのまま滞在しないでくださいね」

 もはや通信は意味がないので僕はヘルメットのバイザーを開け、能天気にも後ろで泳ぐ先輩に声を大にした。


「付き合い悪いぞ?」

「……な!」

 音もなく近寄り、いつの間にか彼女は宇宙服越しに僕の腕を取っていた。決して振り返らず、僕は固唾を飲む。

 何故なら、全裸の先輩が直ぐ後ろに居るのだから、緊張するなと言う方が無理だ。

「そんな暑苦しいもん脱いで、海に飛び込んでおいで!」

「や、やめてくださっ……! 先輩ッ!?」

 僕よりも宇宙服の勝手を解っている彼女は、慣れた手つきで僕の宇宙服をはぎ取って行く。その間にも、段々と頭が真っ白になってくる。大気が薄かったのかもしれない。


 僕は……この時既に、まともな思考ではなくなっていた。


「せっ……せんぱっ――――!」

 そう。宇宙服を全て剥されたと同時だった。

 僕は出来立てほやほやの地面へと彼女を押し倒していたのだから。


「……ようやく、こっちを見てくれたね」

 だが、彼女は優しく笑っていた。拒否する訳でもなく受け入れた様に、静かに口角を上げている。そんな彼女の吸い込むような青い瞳に、僕は目が離せなくなっていた。

「す、すみま……!」

 ッハと我に返り、吸い付くように濡れた彼女の肌から直ぐに手を放そうとするも、いつの間にか彼女は僕の背に手を回していて、そのまま抱き寄せられた。

 生々しい暖かさか僕の全身を包んでいく。ますます何も考えられない。

「違うでしょ。こういう時、何て言えばいいと思う?」

「あ、あわ……えっと……あの……そのっ」


 惑星不動産に入社して、一年。直ぐに彼女の直属の部下として僕は配属され、様々な惑星を開拓して売買してきた。

 いつも振り回されて、最初は何て勝手な人だと思っていた。

 仕事に対して不真面目な彼女が、いつも好奇心ばかりを優先させる彼女が苦手だった。


 けれど、一緒に仕事をしている内に、明るく爛漫な彼女の事を……。

 僕は好きになっていたんだ。


「……好きです。先輩」

 柔らかく、暖かく彼女は僕を包み込む。

 彼女の濡れた身体と髪のせいで、なおさら暖かく、艶めかしく感じる。

「よくできました」


 そして……。


 ◇


「どうして、僕なんか……?」

「だって可愛いじゃん。真面目で頭固いけど、犬みたいについてくるし」


 その後の事は、よく覚えていない。

 出来立ての惑星の地に裸で二人、大の字に寝転び、人口空と人口太陽を眺めていた。

 僕の身体から彼女の残り香がすると同時、青臭い香りが漂ってくる。どうやら大地が芽吹き始めたらしい。そんな余韻に浸る間もなく、僕は体を起こす。

「もう少しゆっくりしなよー」

「なら早く終わらせてロケットに戻りましょうよ」

「ふふっ真面目なんだから。けど、賛成」

 初めて彼女の口から賛成という言葉を聞いた気がする。そう思うと、少しおかしくなってほくそ笑んでしまった。

「えーと、じゃあ、地馴らしをした後、区画整理を……」


 次の項目に……僕が目を通そうとした時だった。


「イッ!? かゆっ!? 凄いかゆい!?」

 急に、体中をチクチクとした痒みが襲い、自身の背中や手足を掻きむしる。

余りの痒さに、僕は海へと走り、飛び込んだ。

「ぷはぁあ!」

 飛沫を上げながら頭まで浸かる。

 そして水面へ顔を出すと、不思議と痒みは嘘のように無くなっていた。植物によって天然の大気が生成されたのだ、微生物が生まれたのかもしれない……。

「ふぅう。何だろう。急に痒くなったけど、海に飛び込んだ途端に無くなったね?」

 彼女も僕と同じ症状が出た様で、海辺に飛び込んだ後、不思議そうに自身の身体を見渡していた。


 ……まさか。


 僕は急いで陸地に上がり、宇宙服のヘルメットを被る。

「アハハ! 変な恰好」

 ヘルメットだけでも、コンピューター制御システムは使える。気がかりだった僕は被るなり、高倍率ズーム機能を起動させ、地上へと目線を向けた。

「……先輩も被ってください。ズームを100から300倍の間で」

「んー?」

 不思議に首を傾げ、彼女も自身のヘルメット拾って被る。


「あっ……!」


 彼女が隣で声を上げる。どうやら僕の見間違いと言う訳じゃないらしい。

「人だ! 人がいる!」


 そう、そこに居たのは人だった。

 姿形は少し違っても、手と脚が有って、頭がある。

 惑星発見でエイリアンを見つける事は珍しくないのだが、ヘルメットのズーム機能に映し出されたのは、姿は猿に近いとあっても、まごうこと無き人だった。

 それぞれが裸で、怒ったように地団駄を踏む者や、逃げて行く者が見える。

「凄い、大発見だ。じゃあ元々この星にはあんな状態でも生物がいたってことだね」

「何を能天気な事言ってるんですか、これじゃあ売り物にならないですよ……」

「あー、そう言えば最終項目に知的生命体の有無があったねー」


 どんなに好立地な惑星でも、どんなに環境が良い場所でも、現生する知的生命体が居る場合、その惑星の売買は行ってならない。宇宙宅建法291条の規則だ。

 怒っているような素振りを見せている辺り、知性有りと判断した。


「はぁ……こりゃ本社にどやされますね。人口太陽の回収をしましょう」

「う、うん……」

 僕達は急いで散らばった宇宙服を着用し、気圧調整を行った後、腕に着いたコンピューターを操作すると、滞空する人口太陽はその明かりを消し、ゆっくりと落下してくる。

 忽ち辺りは闇包まれ、自動的に宇宙服のライトだけが暗闇に蠢く海や、植物たち寂し気に照らし出していた。


 ……そんな最中、彼女がライトの照らす先を指さす。

「あっ! 見て! ヒトたちが物凄く怯えてるよ!」

「ええ!?」

 急いで彼女の内部映像を共有化すると、酷く怯えた様子でヒト達は身を寄せ合って震えていた。

 そうか……気候が生まれてしまった以上、元の環境では生きられない風に進化したんだ。

 それに、まだ火を焚く文明が無いんだ。

「ねえ、人口太陽置いて行こうよ。何だか可哀そう」

「で、でも……」

「ね?」

「……しょうがないですね」

 腕のコンピューターを操作し、再び人口太陽を打ち上げると、周囲は一気に明るくなる。まだ大気と空が完全に消える前でよかった。


「あ! 見て!」

「次は何ですか……」

 再び彼女が驚きの声を上げるので、僕は地上に目を向ける。

「なんか、皆土下座してるね。それに服を着始めてる」

「あー……はい。早く帰った方がよさそうですね。文明が出来てしまいました」

 

 ヒト達は、いつの間にか植物で作った衣服に身をまとい、其々が両手を天へと掲げ、額を地に擦り付けるようにして一斉に頭を下げていた。

「ねえ、もっと見て行こうよ!」

「これ以上は本当に首が飛ぶので、帰りますよ! さぁ!」

 半ば強制的に彼女の腕を引き、引きずるようにロケットへと歩く。


「ああああ! ちょっと! ねぇ!」

 そんな彼女をロケット目指して引きずる最中、僕の手を振りほどいて立ち止まる。

「はぁ……」

 嘆息し、僕は彼女の目線の先へと目を向ける。


「今度は一体……。ッブ!!?」

 その光景に、僕は思わず吹き出してしまう。


「凄いね。あ、色々体位を変えて……」

「もう駄目です! 帰りますよ! 記録も全部抹消します!」

「良いもの見れたね! これだから惑星不動産は止められない!」


 押し込むように彼女をロケットに詰め込み、エアロックで気圧調整後、殺菌消毒放射能除去室を急ぐように渡り、僕は船内服に着替える間もなく操縦席の舵を取った。

「発射します。衝撃に備えてください」

「あいさ」

 極力バーニアの噴射を最低限にし、その惑星から逃げるように飛び立つ。

 

「お疲れ様。骨折り損だったね」

「骨折り損と言うか、やりすぎと言うか……」

「彼らが宗教とセックスを覚えたのがまずかったかな?」

「……そりゃ不味いですよ」


 ◇


 それから、遠い未来。

 遠い何処かの惑星で、とある壁画が見つかった。


 それは、巨大な男女の神が交わいながら、天と地を作り上げる様子が描かれていたらしい。

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