第39話

 日常がズルズルと過ぎていく。

「新メニュー食べた?」

「学食の?」

「そうそう」

「主語ないぞ」

「あるだろ。新メニュー」

「確かにそうだけど伝わるだろ」

「それこっちも同じこと言えるぞ」

「なんの話だっけ」

「主語の話」

「そうだっけ」

「それでさー」

(いやめっちゃ頭悪い会話だな)

 ふと聞こえた通りすがりの男子達の会話に、そう心の中でツッコミを入れる。

(いや根暗かよ)

 と、そんな自分にもツッコみつつ、寮への道を歩く。

 演習前まで続けていた自習室での特訓は、ここ暫くは出来ていない。サボってるとかではなく、教師役の明石の都合だ。詳しくは聞いていないが、最近忙しいらしい。自分一人でも続けると言ったのだが、彼女はそれを「危険だから」と言って許さなかった。何が危険なのか意味がわからなかったが、いつも以上に真っ直ぐ見つめられては、疑いつつも従うしかない。

「今日は何食べようか……」

 冷蔵庫の中身を思い出す。作り置きのきんぴらごぼうがあったっけ……。取り止めもないことを考えていると、少しだけ退屈感が薄れた。



「すいません。斎藤さんっています?」

 医療科の教室を、一人の少女が訪ねてきた。ふわりと物腰の柔らかな、お嬢様然とした少女ーー雪村である。

 上級生の呼び出しかと、周囲の生徒が足早に応じようとしたが、しかしその胸元に飾られた徽章を見て、首を傾げた。

(剣と獅子のマーク……戦闘科?しかも二回生?)

 雄々しい獅子の上に、二本の剣。戦闘科二回生を示すマークだ。

「こんにちは。斎藤くんに何か用?」

 とにかく放置はできないと、引っ込み思案な同級生達の前に立つ。彼女は内向的な人間が多い医療科でも、割とコミュニケーション能力が高い方だ。他の子達は遠巻きに見つつも、あまり干渉しようとはしてこない。

「ちょっとご挨拶をと思って……」

「あぁ、演習で知り合ったんですか」

「はい」

 雪村は応えつつも、教室の中をぐるりと見回す。あの優しい笑顔と、時折見せてくれたキリッとした表情を、思い出しながら。

「うちにいる斎藤は……今いないですね。ちなみにどんな子ですか?」

 昼休みということもあり、今は出払っている生徒もチラホラいる。学食はあるものの、軍用レーションみたいな味気無さから人気は低い。女子生徒は主に自炊か惣菜パンである。

「髪は黒いボブ。背が高めのスレンダーな女の子で……猫目でした」

「背が高くて……ボブで……。うちにはいないですね。すいません」

「そう、ですか……」

 落胆した様子が隠せていない。きっと他の教室も回ったんだろう。

「ありがとうございます」

「いえいえ。また何かあれば」

 手を振り見送りつつ、彼女ーー鵜飼は考える。

(私の知る限り、あの子の言ってた斎藤は医療科にはいない筈。うちにいる斎藤は男子だし……。もしかして偽名?でも演習のときの振り分け表に偽名なんて使えるわけないし……)

 謎の女子生徒『斎藤』の正体が気になる鵜飼。考えれば考える程、その正体不明さが増していく。

(探ってみようかしら)

 人知れず不思議認定された斎藤。彼に安息はあるのだろうか。それは神ですらわからない……。

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