第26話

 頬に触れた柔らかな感触に、自然と目が覚めた。

「あっ、ふぁ……」

 未だ覚醒しきらない頭を揺らし、少しずつ目蓋を開いていく。透けて入る光が眩しい。

「あ、起こしちゃいました?」

 聞こえる声は、意味を汲み取る間に通り過ぎていく。優しく、しかし熱を孕んだ声に、彼は気づかない。

「今……今って、何時、いつ……?」

 声が掠れて、相手に届いたのかが心配になり、同じ言葉を繰り返す。仰向けで寝ているため、お腹に力が入らない。

「今は夕方の5時。あれからまだ5〜6時間ってとこだよ」

 医療魔術を、それも通常は複数人で行うような治療を単独で行った代償は大きい。魔力と体力を失い、抵抗力も落ちている。今の環境で風邪を引けば、行動不能に陥る。

 浄化は万能ではあるが、それ単体で治療は出来ない。あくまで『選択した対象を集約、消滅させる』だけの術式だ。風邪のように、雑菌が特定できない症状は治しようがなく、研究もロクにされていない。

 ゲームのように、状態異常を無条件で治すような理不尽さは、現代の魔術にはない。

「寝過ぎた……」

 仮眠、昼寝なんてレベルじゃない。熟睡だ。戦地の昼間にしていい行為じゃない。

 ようやく覚醒した頭を揺らし、声の方へ顔を向ける。

「寝不足だったんでしょ?丁度いいって」

「寝不足……だったっけ」

 クスリと笑う真木に、ドキリと心臓が鳴る。ありふれた笑顔の筈なのに、今まで見たことのない表情だと感じた。

 顔を見られたくなくて、グッと上体を起こして息を吐く。

「雪村さんは……」

 見渡す範囲にはいない。術後の経過も気になるし、もう一度見ておきたい。

「向こうでご飯作ってるよ。一応止めたんだけど、どうしてもって」

「はは……元気そうならよかった」

 ご飯の話を聞いたら、途端にお腹が空いてきた。ここで食べれるのは、精々が缶詰に火を入れたぐらいだけど、それでも腹が満たされるのは幸福で、楽しい。

「待ち遠しい?今日はちょっと今までとは違うからね」

「なに、魚でも獲れた?」

「え?どうだろな〜」

「それ白状してるのと一緒じゃん」

 思わず二人で笑い合う。

 それから、他愛もない雑談に興じた。

「回転しない寿司だからって美味しいとは限らないじゃん」

「いやでも憧れですよ。回らない寿司をお腹いっぱい食べたいって」

「回転寿司も加減しないと凄いことになるよ?」

「え、何皿ぐらい食べるんです?」

「一番最近だと……40皿ぐらい?」

「食べ過ぎですよ!」

 話している間に、遠くから名前を呼ぶ声がした。雪村の声だ。

「そろそろ行きましょうか」

 言って立ち上がり、地に足をぐっと押しつける。踏み出す足は、まだ力が入りにくい。

「ねぇ斎ちゃん」

「ん?」

 真木が名前を呼ぶ。背を向けた斎藤に、彼女はその言葉を深々と突き刺さした。



「私たちに何か、隠してるよね」

「………………え?」

 振り返った彼の顔は、強張っていた。

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