第3章
第20話
忘れもしない1990年、私は二つのモノの死を見届けることになった。一つは私の祖母であり、もう一つが私の国だった。どちらの死も、単体では私に何の影響ももたらさなかった。むしろ、死は僥倖ですらあった。世の中で最も醜いものと、世の中で最も必要ではないものが、共謀するように自ら死んでいったのだから。
今になって思えば、全ての転機は1990年に訪れていた。その年に起こったのは最も偉大で、最も過激な変革だった。それは人の意志が世界に及ぼした革命であり、それでいてほとんど誰にも全体像が掴めないドラスティックな変化でもあった。それは私に渡り鳥の群れのようなものを想像させる。群れは自分より先を進む別の群れに追随して進んでゆく。その時には自分たちがどこに向かうのかなど考えもしない。なぜなら先導の鳥にはこの群れがどこに行きつくのかがきっと見えているはずだからだ。そしていつか何かの調子にふと自分の前に誰もいない瞬間が訪れる。突然に目の前が開けて、全ての選択肢がポンと与えられる。右に行ってもいい、左に行っても大丈夫だ。上に飛んでいっても構わないし、下降しても誰にも何も言われない。その瞬間は突然に訪れる。今までは選択することなど何もなかったのに、今度はすべての選択が目の前に投げ出される。そして迷って惰性で進んでいる間に、今度はまた別の鳥が自分を追い越して先頭に居座ることになる。誰にとっても堅牢に見えた共和国はそうして歴史の中へと消えていった。
そんな風に、1990年は混乱の中にあった。あまりにも多くのことが起こりすぎていて、誰も何も把握することができていなかった。だから、むしろ私たちが視認した最初の大転機は1993年に起こった。日本という国家が統一されてから先、一宮の政府は共和国の抱えていたものをどんどん手離していた。1993年の時点で、すでに共和国の軍隊は連邦に組み入れられていたし、警察機構は統合されていたし、行政は再編されていた。その年に行われたのは、警察機構が抱えていた秘密を暴露することだった。できるだけ公平に見たとして、その行為には何の必要もなかった。すでに統一から3年の月日が流れていた。その年に起きた冷害は度を越えていて、日本は国際市場の需給を崩すほどの米を買い付けていた。東北で何人も死んで、タイでその何十倍もの人が死んだ。どうしてそんな年に旧共和国の警察機構の機密を公然にしなければならないのか、その理由は私の周りの誰にもわからなかった。情報を公開した統一政府の関係者にしても、きっとわからなかったのではないかと思う。その暴露には何の必要もなかった。ずっと秘密にしておいたってよかった。
けれど、実際にそれは公開された。そして公開された瞬間から、それは無必要なものでも無価値なものでもなくなってしまった。その暴露は、私とケイとの間に消えない溝を残すことになったからだ。『私たちは共和国より長く生きた』。正直に言えば、私たちが求めていたのはただこれだけのことだった。自分がどれくらい危ない綱渡りをしていたかを諭されることなど、望んでもいなかったのだ。
最盛期には地球上の面積の五パーセント、一億三千万人をその勢力下に置いた帝国がその僅か四年後に連合国に降伏した後、米国と英国は西に民主的な連邦を作り、ソ連は東に民主共和国を作った。――どちらもパペットのような国家だった。首都だった東京は連合国に分割されていて、どちらの国の主権も公式には及んでいなかった。
世界中のどことも同じく、米国の影響を受けた西日本は資本主義を導入したし、ソ連の影響を受けた東日本は社会主義を導入した。世界中のどの社会主義国とも同じように、東日本には秘密警察が組織され、国家と革命に反する人々は罰せられた。ただ一つだけ他の国々と違うところを挙げれば、東日本の秘密警察は他の国のそれよりもずっと強力で、権限が広く、そして国民に対してストーカー気質だったというだけだった。帝国の特高警察の魂を暗黙に受け継いだ彼らは、国内に協力者を張り巡らせて、時計のように精巧で綿密な監視網を作り、それを維持していた。普通の人間を協力者に監視させ、協力者をさらに協力者に監視させ、自分達も他の要員によって監視させていた。
"After the Downfall"
客観的に共和国――これはいわゆる「東日本」と同義だ――とその政体を説明すれば、恐らく右のような文章で事は足りるだろう。確かに私たちの住んでいた国は労働者の国であり、監視国家であり、実質的にはソビエトの属国だった。でも私にとってはそんなことはどうだってよかったのだ。私にとって重要だったのは、周りにあるものだけだった。父と母が働いていて、家族が暮らして、隣にはケイが住んでいる。私にとって意味があるのはただそれだけの世界だった。
ただし――これが重要なわけだけれど――、それは個人的な生活と社会が完全に切り離されていることを意味してはいない。私たちの住んでいた国は、確かに労働者の国であり、監視国家であり、実質的にはソビエトの属国だった。私たちの生活において、それらが与えた影響はやはり無視することはできないだろう。
私は将来のことについて国営企業で働く以外の道を全く考えもしなかったし、共和国の首都だと謳われていた北東京にソ連軍が駐留していたことにも何も感じなかった。西側に浮かぶ島のような北東京が東側にとってどれだけ重要だったかも承知していたし、それを何とか維持するためにかの国がどれだけ腐心していたのかも知っていた。
一番重要なことは、共和国が監視国家だったことだった。私たちは常に秘密警察――これはつまり国家保安局のことだ。「秘密」と言われるけれど、私たちはその正体を知っていた。名前も、住所も、電話番号ですら――に思想と行動を監視されていたし、少なくともされていると思っていた。私たちの生活にはボコボコと穴が開いていて、国安に反革命的であると思われるか、反国家的であると見なされれば、私たちはその穴に吸い込まれることになった。私たちは見えない影に脅かされていた。それは事実だった。
けれど私は全く望んですらいなかった。ついに影から逃げ切って、もう二度と脅かされることのないと確信したその後に、影の正体を知らされることなど。一宮の連邦政府が1993年に開示した資料に記されていたのは、まさにそのことについてだった。
すなわち、私たちの一家は越谷に移ってから共和国の政体が崩壊するまで常に国安の協力者の元で監視されていて、その協力者は他でもないケイの母親だった。
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