第5話 可愛い超常現象の主
「たっだいまー。怜史くん、いる?」
仕事から帰った輝夜が、玄関で靴を脱ぎながら呼びかけると、奥から透き通る白いもやのようなものが近づいてきて、蛍光灯の下、それは線の細い少年の形を取った。
「おかえり、おねえさん。お風呂、わいてるよ」
「あちゃー、遅かったか!」
輝夜は天を仰いだ。
怜史を伴って風呂場に行く。
途中で改装されたらしい、洗練されたおしゃれなバスルームには、もうもうと湯気が立ち込めている。
一見ありがたい気づかいなのだが、怜史の場合、
「お風呂掃除しないで、お湯だけ入れたでしょ?」
「え、うん。ダメだったの?」
というわけで、輝夜はなるべく朝のうちに風呂掃除をしてから出かけるようにしていたのだが、今日はその時間がなかった。
怜史はしゅんとうつむいた。
「ごめんね、おねえさん。ボク、実はあまり家事とかしたことないんだ」
「そうねー、そんな感じするわ。でも、心配しないで」
輝夜はやさしく微笑んだ。
「家事一般、私が教えてあげるから! 私だってプロじゃないけど、家事歴長いし、任せといて! 怜史くんを一人前の花嫁にしてみせるわ!」
「……うん? ボクは花嫁さんになるの?」
怜史の疑問に答えはなく、いつの間にか怜史の花嫁修業が決定された。
「こうしてね、スポンジを泡立てて、円を描くようにこすると汚れがよく落ちるのよ」
空っぽの浴槽の中で、輝夜が実践してみせる。
「ほら」
と怜史にスポンジを渡すと、彼はおずおずと輝夜の真似をして浴槽を掃除する。
「そう、その調子! あと毎日でなくてもいいけど、イスとか桶とかも同じようにスポンジで磨いてね。どうしてもね、湯あかがついて汚れちゃうから」
「うん、わかったよ」
怜史は素直にうなずき、言われたことを真似ていく。たどたどしい手つきが逆に初々しい印象で、輝夜はくすっと笑って怜史の頭を撫でようとした。
すると。
(――! すり抜けた!?)
怜史の体があるはずの場所にはなにもなく、ただひんやりと冷たい空気が渦をまいている感覚だけがあった。
よくよく見れば、うっすらと背後の景色が透けて見える。
(そうか、本当にこの子、幽霊なんだ……)
まだほんの少年なのに。うちの弟たちよりもずっと幼い。そう思うと、輝夜の胸はぎゅっと引き絞られるように痛んだ。
「おねえさん? どうかしたの?」
あどけなく見上げてくる怜史に向かって、力なく首を振る。
「怜史くんのこと、いい子だねって撫でてあげようとおもったんだけど……すり抜けちゃった」
怜史は、寂しそうに微笑した。
「ボク、生きてるものにはさわれないんだ」
「そっかぁ」
輝夜はそっと手を伸ばした。そして、怜史の輪郭に沿って、そっと撫でるように手を動かした。
怜史は目を見開き、そしてにっこりと輝くような笑顔を見せた。
「おねえさん、ありがとう。ボク、こんな風にしてもらったの初めて!」
あぁ人間だったらここでぎゅっと抱きしめたくなっちゃうよなと思いながら、輝夜はひとつ訂正を加えた。
「おねえさん、じゃなくて。輝夜よ。名前で呼んでくれると嬉しいな」
「じゃあ……かぐや?」
おそるおそる首をかしげる様子がなんとも可愛らしい。
輝夜はもう一度怜史の輪郭を撫でると、「そうよ、よろしくね、怜史くん」と笑った。
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