第3話 日常的超常現象
それから、輝夜は家の戸締りを徹底するように心掛けた。
就寝時に窓を開け放さない(今までやっていたと知ったら、両親や絵梨に叱られそうだ……)、玄関と裏口の鍵のチェック、その他の窓も必要時以外は鍵をかけるなど気を付けて生活した。
が、不思議な現象は一向におさまらない。
相変わらず帰宅するときれいに真っすぐ揃えられたスリッパが出迎えてくれるし(輝夜は斜めに揃えるくせがある)、朝起きたら電気ケトルの湯は沸いているし、例えば朝ごはんはおかゆにしよう、と考えている日でも、自動でトーストが焼きあがっていたりする。それをそのまま放置すると、いつのまにかマーガリンまで塗られている始末だ。
『ゼッタイおかしい! 事故物件? ちょっとなにがあったか調べてみる』
と、絵梨からメッセージが来ていたが、特に害があるわけではなし……と、輝夜はあまり気にしていなかった。
しかし、妹や夕菜にまで「出るんじゃない?」と言われては多少の居心地の悪さを感じる。そういえばときどき、パタパタパタ……と、自分以外のスリッパの音が聞こえたりする。インターネットで調べてみると、このような音をラップ音というそうだ。
そんなある日の夜。
輝夜がベッドに腰かけてネイルケアをしていると、ギシシ……と天井が
びくっと肩を震わせた輝夜だが、自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
(大丈夫よ、軋みくらい、どこの家にだってあるわ。まして、古い家なんだし)
そう思い作業を再開したのだが、軋む音は断続的に聞こえてくる。
背筋を、ぞくぞくと寒いものがかけあがった。
(誰か……何か……いる?)
まさかとは思いつつ、輝夜は部屋を出て、廊下の電気をつけた。
じっと耳を澄ませてみたが、特に何の音も聞こえなかった。
その日は気を取り直して眠ることにしたのだが、輝夜が眠ったあと、天井からはやはりギシギシとなにかが動くような音が響いているのであった……。
絵梨から電話があったのは、その三日後だった。
『調べたわよ。その家を建てた家族が行方不明になっているみたい。それは五十年ほど前の話なんだけど、それ以降も、入居者が定まらず短期間で出て行ってる』
輝夜はぞっとした。入浴で温まったはずの足元から、寒さが
「ま、まさか、その人たちも失踪しちゃったとか……?」
『それはないみたい。でも、格安物件の理由はこれよ。あんたも引っ越し考えたほうがいいんじゃない? 簡単じゃないのは分かるけどさ』
「うん、まぁ考えてみるよ」
電話を切った。05:56と表示されている。
輝夜は頭を抱えた。たかが五分の会話で決められるほど簡単な話ではないし、簡単な決意でもないつもりだった。
下に四人も兄弟がいたので、高校生のころからアルバイトをして、自分のお小遣いは自分で稼いだ。その時のお金も一部使って、短大に入学した。輝夜は高卒で働くつもりだったが、将来を左右することだからと両親に強く勧められ、結局短大に進学する道を選んだのだ。もちろん、両親は輝夜に負担をかけたくないと、学費のことは気にするなと言ってくれたが、輝夜はアルバイトを続け、学費の一部を
短大を卒業してすぐ、今の会社に入った。キャリアを積んで、今は立派なセールスレディとして働いている。営業職は実入りも良く、頑張った月にはインセンティブも出るため、堅実に自分のための貯金もしつつ、実家の家計を助けてきた。
今度は、この春大学を卒業した弟たちがきっと実家のほうはなんとかしてくれると、そう思えたから踏み切れた一人暮らし。一軒家を選んだため、引っ越し費用も合わせて初期費用はだいぶ嵩んだ。物件もとても気に入っている。まだ一ヶ月も暮らしていないのに、訳のわからない事情で出て行かなくてはいけないのだろうか。
(そんなのは、イヤ。初めての、私のお城なのに!)
インテリアなど、こだわりたい部分ももっとある。調理器具を充実させたり、美しい器を揃えたり、友人を招いてホームパーティもしてみたい。
捨てきれない夢はいくらでもあった。
忠告してくれた友人には悪いと思いつつも、輝夜にはやはり、ここを出ていくという選択は難しいようだった。
掛け布団をきっちり首の下まで引っ張り上げて、目を
(お化けなんて、いるはずないんだし。変なことに悩んでないで、明日からまた頑張らないとね)
そのまま、輝夜の意識はぼやけて、眠りの海へ沈んでいった。
* * * * *
屋根裏の窓辺に、ぼんやりと白い影が浮かび上がっていた。
少年は、自分のベッドの上でため息をついた。
困ったな、またこの人も出て行っちゃうのかな。
それでは、いつまでたっても少年の目的は果たされない。
もうちょっと積極的にアピールしてみようかな……。
ということで、翌日から、より積極的な日常的超常現象が起きることになるのである。
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