第32話 餓狼
「・・・あの男は」
大頭はスタート地点の神社で使い魔を放ち、公開討伐の様子を見守っていた。一番最後に見た男に、思わずつぶやきが漏れる。
「なになに?、あんたが驚くなんてよほどのやつだね」
式神がうれしそうに後ろから、使い魔の映像が映し出されている紙をのぞきこんだ。
「・・・・あちゃ~、ちょっとまずいかもね」
「知っているのか? 分家の当主だぞ?」
めずらしく感心したかのような表情で尋ねてきた大頭に、式神は胸を張った。
「まあね。だてにあんたより長生きしてないよ、私は」
「・・・・・こいつについて知っていることを話せ」
「ん~、ていっても担当地区くらいしか知らないよ? あとはそんじょそこらの当主よりもはるかに強いことくらいかな」
「それぐらいは見ればわかる。そこまで耄碌はしておらん」
「そうだな~。・・・・彼はどっちかっていうと、人間よりも私よりだよ。半分が霊体だから」
「・・・・・やはりか」
「それがわかるんなら、まだ大丈夫だね」
軽い口調で茶化す式神とは対照的に、大頭は額の皺をいっそう深くした。
(こいつは大丈夫なのか?・・・・この年で、負っている業が大きすぎる。早々に手を打っておいたほうがいいかもしれん)
「・・・・わしも妖世に行く。いいな?」
「はいはい。気になるのね」
すべてお見通しと言わんばかりに肩をすくめた式神にイラつく気持ちを抑え、霊装を展開した。
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「kyaaaaaaaa!」
人魚の姿をした悪霊が、空中で尾をひるがえし、奇妙な歌声を放った。現実で聞けば耳障りでしかないのに、その歌声は男たちは魅了した。
「まったく、どきなさいよ!」
女性の陰陽師が、膝をついてヘラヘラ笑っている男たちを蹴飛ばしながら、叫んだ。人魚の声も女には通じないようだった。
「kya?」
女たちが人魚を見上げた瞬間、地面から飛び上がった人影が視界に乱入してきた。月光に照らされた刀身があやしく煌めき、振り向きかけた人魚の首が数メートル先に飛んでいった。
「・・・・・・よっわ」
乱暴に着地した人影は、心底つまらなそうにつぶやいた。長めの髪はアクロバティックな動きでボサボサになっており、夜明け前のような紫の瞳がランランと輝いていた。
(暗示があるんなら、もう少し楽しめそうだったのに・・・・・。もっといねえのかねえ)
刀を鞘に納め、また地面を蹴る。あっというまに建物に飛びついたその人影は屋根にひびを入れながら、猛烈なスピードで走り出した。
月光に照らされたその姿は、まるで飢えた狼のようだった。
※次回更新 6月6日 土曜日 0:00
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