第31話 覚醒


 妖世を、身軽な格好の乙葉が疾走する。刀はホルスターから外してあり、鞘ごと握っている。


 軽く膝を曲げ、二階建てくらいの建物に飛び移る。屋根から屋根へ跳躍し、悪霊を探す。


 (・・・・・・・・・いた)


 案の定、屋根にへばりついている河童のような悪霊が3匹ほど見えた。ひと際高く飛んだ乙葉の右手が刀の柄にかかる。空中で身をひねった乙葉が足を広げ、落下を始める。

 

 ズガァ!


 刀による斬撃とは思えない音が響き、家ごと悪霊が吹っ飛んだ。砂埃がもうもうと立ち込め、その中からゆっくりと乙葉が立ち上がる。

 

 ニヤリ


 普段の彼からは考えられないような狂気じみた笑みが浮かび、次の瞬間、乙葉の体はまたも空高く跳躍していた。


 空を駆ける乙葉の影は薄い。ちょうど吸血鬼と人間の混血種、ダンピールの影が薄いのと同じで、半分が霊体でできている乙葉の体は、月光を透過するのだ。


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 体を真っ二つに裂かれた牛型の悪霊が、宙を舞う。乙葉は軽くうなりながら、満足げな笑みを浮かべた。


 神無月。出雲では神在月といい、霊力が集まり、霊たちを悪霊へと変化させる。乙葉もその影響を受けていた。悪霊を斬ることで、霊力の波長がもろに体を打ち、どんどん残虐になっていく。


 「ハァ゛、」


 懇願するかのような顔をした人魚の顔を鷲掴みにした乙葉が、容赦なくそれを握りつぶした。


 (もっと、つええのはいないのか・・・・?)


 乙葉の脳裏に、例の男の顔がよぎる。


 (・・・・仕掛けられる前に、こっちからしかけt)


 «おい»


 突如、高揚感を削ぐような雑音めいた声が頭にこだまする。不快感に顔をしかめた乙葉が頭の声に言い返す。


 (んだよ)


 «お前の任務は悪霊を狩ることじゃ»


 (それが弱えから、飽きてんだろうが!)


 «悪霊を狩れ»


 (馬鹿の一つ覚えみてえに繰り返しやがって!)


 «悪霊を狩れ»


 (う、うるさい・・・・)


 «悪霊を狩れ»

 

 (だあああ、もう! わかったよ!)


 «それでよい。にしてもここまで影響が濃く出るとはなあ。正直意外じゃった»


 後半は独り言のようにつぶやいた鴉が、手のかかるガキじゃと不満を漏らした。そんな鴉の心中も無視して、乙葉の刀が月光を反射していた。


 道路を高速で駆け巡り、乱暴な居合い切りで悪霊を蹴散らしていく。すぐに刀を鞘にしまい、移動速度を落とさないように立ちまわっている。


 「・・・・・おいおい、これはすごすぎるだろ」


 電柱の上で、猫とともに乙葉を見ている男の顔には、尊敬を通り越して呆れが浮かんでいた。


 ※次回更新 5月30日 土曜日 0:00

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