第23話 オーバーヒート1


 「若干湯あたりしたかな・・・・」


 あの後、急いで着替えを済ませた乙葉は廊下を歩いていた。


 「・・・・・」


 浴衣の懐から懐中時計を取り出し、無言で見つめる。祖父譲りの時計は、正確に針を刻むだけで、何も答えてくれない。


 「・・・・帰ろ」


 乙葉はぼそりとつぶやいて、再び歩みを早めた。


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 ガチャ


 「ただいま~」


 「っ! ん、お、おかえり!」


 部屋に入ると、慌てたような美咲の声がした。


 (・・・なんかまずいタイミングだったかな)


 「お、温泉どうだった?」


 座椅子にきちんと座っている美咲が、乙葉に聞いた。


 「ああ、人もあんまりいなくてね。貸し切りみたいで面白かったよ」


 「へえ~。あ、そうだ。さっき電話があって、夕食持ってきてくれるって」


 「そっか。もうそんな時間か」


 乙葉は美咲と何気ない会話を続けながら、自分も座椅子に腰かけた。すると、美咲から茶飲みが差し出された。


 「ん、ありがとう」


 「ううん。ねね、夕食ってどんなのだと思う?」


 「う~ん、旅館って初めてだからよくわかんないな。量が多いとは聞いたことがあるけど」


 「ふふ、何それ。こういう旅館のはきっと、お刺身とか鍋とか海老とかの豪華な食事だと思うよ!」


 美咲は目を輝かせながら、そういった。ずいぶん楽しみしているようだ。そんな美咲を眺めながら、乙葉はお茶を一口飲もうと、茶飲みを持ち上げた。


 「ん゛っ⁉」


 うめき声とともに茶飲みが乙葉の手から床に落ちて、中身が派手に飛び散った。


 「え? ど、どうしたの⁉」


 急に呻いた乙葉に美咲は駆け寄ろうとしたが、乙葉は手で制した。


 「だ、大丈夫、だから。・・・少し、外の空気を吸ってくる」


 「え、う、うん・・・」


 よろけながらも、なんとか立ち上がった乙葉がそのまま外に出ようとすると、美咲の手が乙葉の懐に差し込まれた。


 「み、美咲・・・?」


 「携帯。持ってって」


 「・・・ありがとう」


 乙葉は足早に旅館の外に出て、ふらふらと歩き出した。


 「はあ、はあ」


 «おい、大丈夫か?»


 「・・・いや、結港まずいかも・・・・」


 今、乙葉の体は半分オーバーヒートを起こしているような状態だった。それには霊力が濃い、出雲に来てしまったことが原因である。


 乙葉の体は半分霊体である。もともと分家であり、霊力も霊力操作も本家に劣っていた鴉宮家は、自身の体を改造することでそれに追いつこうとした。


 肉体の半分を霊体化すれば、霊力はその分循環しやすくなる。しかし、霊体なので周りの霊力による干渉を受けやすくなってしまうのだ。


 «どこかしらで霊力を散らさんと、体がもたないぞ»


 ※次回更新 4月25日 土曜日 0:00

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