第21話 温泉


 端的に今の状況を言おう。


 (気まずい・・・・・)


 今、美咲は窓際で顔を覆っている。乙葉はというと、座椅子に腰かけたままだ。


 「~~~~~!」


 さっきからずっと美咲はうなっている。顔は見えないが、耳が赤く染まっている。乙葉は意を決して、声を出した。


 「・・・美咲?」


 「っ! 、なななななにかな?」


 (あ、これダメなやつだ)


 まったく目を合わせてくれないし、声も微妙に裏返ってる。乙葉は座椅子から立ち上がり、美咲に近づいた。


 足音に気が付いたのか、美咲は肩を震わせている。


 「あ~、俺も温泉行ってくる」


 「へ?」


 「それじゃ!」


 それだけ言って、乙葉は自分の荷物を掴み、部屋から出た。廊下に出たところで、鴉があきれたように話し出した。


 «おまえなあ~»


 「・・・・・なんだよ」


 «い~や~? なんでもないぞ~~?»


 「・・・・うるさい」

 

 --------------------------


 乙葉がなんとか平常心を取り戻したころには、温泉に着いた。脱衣所から軽く覗いてみると、ヒノキ造りの綺麗な温泉だった。


 (へえ~、いいところみたいだな)


 さっそく乙葉は服を脱ぎ、温泉に入った。幸運にも誰もいないので、貸し切り状態だ。


 「ふう~~」


 «おい、誰もいないみたいだ。わしも浸かりたいんだが»


 「・・わかったよ」


 乙葉は、湯舟にも持ち込んでいた懐中時計を取り出し、軽く振った。すると、鴉が出てきて、ちゃぽんと湯舟に落ちた。


 «ほほう、いい湯じゃな~»


 「それは同感だ・・・・」


 「・・・・・」


 «・・・・・・»


 しばらく1人と1羽は無言で温泉を堪能していた。しかし、しばらくすると鴉が口を開いた。


 «・・・乙葉よ»


 「ん?、どうした?」


 «神楽祭についてだ»


 鴉の真剣な様子に、乙葉もたたずまいを直した。


 «神楽はいいとして、公開討伐は出ざるを得ないことになると思うぞ»


 「・・・ちなみに理由は?」


 «そこら辺の当主なら問題ないが、大頭様や幹部の連中はお主の実力に気づくだろう。お前の実力がわかっていて、公開討伐に参加させないとは考えづらい»


 「・・・・・・」


 «それにはあの女も巻き込まれるかもしれん。若いお主にはきついだろうが、自分がどうしたいのか、明瞭にしておけ»


 「・・・わかってる。ありがとな」


 «なら、よい。あと、もう一つ»


 「なんだ?」


 そこでいきなり鴉は口調を砕けたものに変えた。


 «今夜だけは我慢しろよ? 陰陽師といえど、神楽の前夜に純潔を失うのは影響が、»


 「・・・・おい。知ってるか?」


 乙葉がうつむきながら、乾いた笑みを浮かべ、鴉に近づいていく。


 «?»


 「中国では鴉を食べるらしいぞ?」


 «え、ちょっと待って。それは、まずい。ホントにシャレにならんって、まずいってえええええ!!»


 ※次回更新 4月18日 土曜日 0:00

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