原罪

第1話 知らせ


 絵画のような、いやそうとしか形容ができない程にシンプルに綺麗な夕日が、見方によっては黄金色の光を眩かせながら海岸線に沈もうとする。


 この海岸には、近隣の化学メーカーの工場から辛うじて環境基準値に保たれた工業用排水が流れており、それの影響からか背骨が曲がった奇形の魚が泳いでおり、地元の人間はそれを知っており滅多な事で魚を食べない。


 町内にある底辺偏差値、所謂3流大学生や高校生か、最低賃金に毛が生えた程度の時給で数時間働く、暇を持て余したフリーターはサーフィンをやっており、ゴミを周辺に捨てており、それがこの中小規模の港町の外観を著しく悪化させている。


「綺麗……」


 ストレートヘアーでセーラー服を着た女の子は、夕日を見てそう言う。


 隣にいる二人の少年は、一人が金髪でもう一人が茶髪のオールバックで、周囲で流行っている不良漫画に影響を受けたのか、まだあどけなさが残る顔で必死に背伸びをして、煙草をむせかえりながら吸っている。


「それ、私にも頂戴……」


 少女は、金髪の少年が持っている煙草を興味津々に見つめている。


 金髪の少年は、少女が自分達と同じで背伸びをしたいのだなと察し、そっと海外製のタバコとライターを差し出す。


 口紅をつけていないのに、その少女の唇は色鮮やかなピンク色をしており、少年達は年相応ではない色気に恐怖を感じ、ぞくりと背筋が凍りつく。


「げほ、げほ……ごほん! いや、美味いわ……」


 案の定、吸い慣れていない煙草が少女の体には合わなかったようであり、ニコチン15ミリの煙草に拒絶反応を示してむせかえる少女を見て少年達はクスリと笑った。


 📖📖📖📖


 前日か、それより前の日に飲み散らかしたであろう宴会の後の空の酒缶と、まだ食べカスが残っているサバの水煮やら、サンマの味噌煮だとか、業務用スーパーで購入した格安の缶詰やコンビニで100円で売られている酢昆布だとかスナック類のおつまみ、そしてそれのおこぼれを貪るゴキブリ。


「ううん……」


 この部屋の主である男は、寝癖が混じった髪を指でかき上げて、むくりと起きて寝ぼけ眼の目を擦り辺りを見回す。


「あった……」


 最新式のスマートフォンを手に取り、LINEを開くとそこには『桔梗小説同好会』と表示されているグループトークがあり、男はそこをクリックする。


 胸に薔薇のタトゥーが彫られた、男よりも3歳ほど若いの年端の女性の裸姿が写っており、その次のコメントにはこう書かれている。


『昴たんの御神体降臨!』


(昴の馬鹿、何撮らせてんだか……)


 あとは、酒がうまかっただとか楽しいだとか、くだらない雑談が何件か書いてあり、男は深いため息をつく。


 男はそのグループトークを閉じ、スバルと書いてあるアカウントを開く。


 未読メールが数件あり、男はため息混じりにメールをチェックする。


『イサオちゃん誕生日おめでとう! 私の裸どうだった?』


『最高だよ馬鹿野郎』


 男はそう返信して立ち上がり、ネットで情報がわかる時代なのにも関わらず、10年前から取っている新聞を取りにサンダルを履いて外に出る。


 外は既に太陽が上がっており、真夏の暑さに男は辟易しながらポストへと向かい、中に入っている新聞を取り出すと一枚の葉書がひらりと足元へと落ちる。


『葉隠中学同窓会のお知らせ』


 同窓会、という文字に男の心はかつての昔のことが蘇り揺れ動く。


(あいつは、元気なんだろうか……?)


 雀の鳴き声に男は我に帰り、部屋へと戻っていった。


 ☀️☀️☀️☀️


 桔梗勲(キキョウ イサオ)が18歳の時に上京してから早18年余りが過ぎた。


 平日の夜にも関わらず、酒宴をしているという自堕落な生活を送っているのには、大層ではないのだが、それなりの理由がある。


 勲がいつものように深夜のコンビニのアルバイトを終えて、5年ぐらい乗っているビックスクーターを走らせて根城と化した18年間住んでいるアパートの自室に着こうとした時にスマホが鳴る。


『ねぇイサオちゃん、今からそっちに行っていい?』


 そのメッセージの主は、前日、自分の裸をLINEに晒した、スバルという女である。


(面倒だなぁ……)


 その日勲は、仕事が終わったという事があり、お笑いの動画を見ながら冷蔵庫の中に入っている、ドラッグストアで割引で購入した一杯150円ほどの発泡酒と、先ほどのLINEの送り主であるスバルが作った手料理を肴にして一杯やろうと決めていたのであるが、孤独を紛らわす術が最近なくなってきたという事があり、少し考えてLINEを送り返す。


『いいぞ、来て』


 LINEはすぐに既読になり、余程な暇人なんだなと勲はそう思いながら部屋の中へと入り、仕事用にと購入したウォーキングシューズを脱ぎ捨てて居間に入り、エアコンの除湿を入れる。


 今の時期は6月の下旬であり、ぼちぼちと夏の日が近づいてきており、今日は少し熱帯夜気味だと天気予報でやっていたのを勲は思い出したのである。


「ん……」


 灰色の丸テーブルの上には、近所のジャンクショップで3万円ほどで購入した中古のノートパソコンの上に置かれている、一枚の葉書が目に飛び込んできて、思わず手に取る。


『葉隠中学校同窓会のお知らせ』


 勲はその手紙を見て望郷の想いに駆られるのだが、同窓会ではどうせ、年収自慢だとか結婚したとか離婚しただとか子供が生まれただとか、ハゲたとか太っただとかの生活習慣病などの、昔の輝かしかった時の連中とは程遠いんだな、どうせむかつく奴とかいるだろうし、そんな奴に限って不思議な事に出世してたりするので行っても胸糞悪くなるだけだと思い、欠席しようと欠席欄に丸をつけようとするが、女性が書いたであろう一文が目に飛び込んでくる。


『いっちゃんと、久しぶりに会いたいな』


(いっちゃん……? まさか、な……)


 葉書の送り主を見やると、そこには、堂本英美里(ドウモト エミリ)、と書いてあり、勲の胸に熱いものがこみ上げ、脳細胞からは20年以上前の記憶が蘇ってくる。


「エミリ……!」


 ストレートヘアーで、吸えもしないタバコを無理に背伸びをしようとして吸っていた、同じクラスの少女であり、幼馴染みであるその子は、中学卒業をしてすぐにどの街に行くか教えずに人知れず引っ越して行ってしまった。


 あの事件の直後である。


 勲にとって、一生封印しておきたい過去が蘇ってきているのだが、かつて昔、本気で愛した初恋の人に会いたいと思い、傍に置いてあったインクが切れかかったボールペンで出席に丸をつける。


「勲ちゃーん! セックスしよーよ!」


 玄関が開き、上半身が裸の女が一升瓶を片手に入って来て、勲は思わず身の危険を感じてのけぞった。


「馬鹿野郎、お前一体何時だと思うんだ!? 静かにしろ! てか、服を着ろ!」


「うーん。わかった」


 昴はてへりと笑い、キャミソールを上から被る。


「んん? 何それ? 同窓会?」


「あぁ、そうだ、中学の時のな」


「へー、同窓会に誘ってくれる人っていたんだね。うちは全然来ないよ、転勤族だったから仕方ないんだけどね」


「あぁ、お前んところはそうだったよな。てか、酒飲まないか、腹減ってるんだよ」


「そうね、私もだわ。変な客に絡まれてねぇ、たまってるのよ」


「そっか、飲むか」


「うん!」


 勲達は各々が持ち寄っている酒瓶を開け始める。

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