記憶
月影 紡
初恋?
いつからか感じ始めた「何か足りない」という気持ち……。この気持ちが何なのか、あのときも今現在もわからない。ただ、なんとなくわかる気もする。きっとそれは、「恋人が欲しい」という気持ちなのだろう。この話はバカな男子が、少しだけ背伸びをしていた高校時代の話である。
高校生になって周りの友達が恋人や好きな人の話をするなか、俺は彼らの気持ちがわからなかった。その理由は簡単で、「恋」をしたことがなかったからだ。
本当の意味で、異性を異性として認識したのは中学生の頃からだ。それまでは異性という認識はあったけれど、それだけの認識だった。たぶん、周りと比べるとかなり遅い方だと思う。だからといって特に焦ることもなかった。
けれど、高校生になった途端急に焦り始めた。高校生活と言えばキラキラとしたまさに、青春というイメージがあった。それに、高校生にもなって一度も付き合ったことがないというのはまずい気がしていた。
そんな焦りを抱えながらもどこかで「なんとかなるだろう」と考えていた。いま思えば、甘い考えだった。俺を待っていたのは一言で言えば絶望。
振り分けられたクラスは学力最底辺のクラスでしかも男子しかいないクラスだった。この事実が俺に与えたダメージと言ったら……もうね、思い出したくもない。
当初こそ絶望していたが、男子だけのクラスというのはすごく楽だった。異性がいないから気を遣わなくていいし、バカなこともできた。そうして過ごしていく中で、感じていた不安は徐々に薄れていった。
このまま高校生活が進んでいくのだろうなと思っていた。でも、ある変化が起きた。それは6月に起きたことだ。いつものように友達と話していると、特進コースの先生が俺に話しかけてきた。怒られることしたっけ?
そんなことを考えながら、先生の話を聞いた。
先生が放った言葉は意外なものだった。
「特進コースに来る気はないか?」
正直耳を疑った。先生の話によれば、模試の国語の成績が良かったから声をかけてくれたらしい。その提案に悩んだが、即答していた。
「はい。いきたいです」
そう答えたのはおそらく、このままじゃダメだという気持ちがあったからだ。もし次のクラスも男子だけなら……という不安もあったんだろう。
もちろん行きたいと言って行ける訳ではなく、「模試の成績が良ければ」という話だった。俺以外の人にも声がかかっていたということを後で知った。
模試の成績はそこそこをキープし、ほぼ特進に上がることが決まっていた。ただ、夏休みの勉強会に参加する必要があり、そこで、声がかかっていた内の何人かがリタイアした。秋になると別の子たちが参加し始めた。
その中に同じクラスの子が2人いた。そのうちの1人には感謝していた。もしこの1人が声をかけてくれなければ、クラスで孤立していたかもしれないからだ。だから、今度はその子に恩返ししたいと思った。
わざと焦るようなことを言ったり、過剰に話を盛ったりした。今考えるとこれはその1人のためでなく、俺自身のためにやったことだろう。
もし特進クラスに上がったとき、知り合いが誰もいなかったら……
そんな思いだけでそういう行いをした。
ここで謝罪したところで意味はないが謝罪したいと思う。ごめんなさい、最低のことをしていました。
それから時は流れ、最後の実力テストも無事に終わり、2年生からは特進クラスに上がることが正式に決まった。その友達も無事に決まった。そのことに安堵しつつも不安があった。
特進クラスがどんな勉強をしているのか?
どんなクラスメイト達なのか?
ほんとにこれで良かったのか?
その不安を抱えながら高校2年生を迎えた。教室に入ると少しだけピリついた空気が流れていた。特進に上がってきた人(俺を含め)は「負けたくない」という気持ちを持っていた。想像でしかないが、もともと特進クラスの人達も「負けたくない」という気持ちがあったのだろう。そのせいか初めの1ヶ月ほどはピリついた空気感があった。
俺はといえば、緊張していた。もちろん「負けたくない」という気持ちがあった。でも、それよりも他のことに緊張していた。
それは、のちに好きになる異性の存在のせいである。その子を初めて見たときなんとなく「この子とは何かある」と感じた。
なんとなく気になりつつも、新しいクラスに慣れるように頑張っていた。2年に上がり2ヵ月が経ったころ、ピリついた空気感は無くなっていた。
個人的なことを言うと、新しい友達もできた。新しい生活が楽しくなってきた。ただ、授業時間が長くなったこともあり、体力的にも精神的にもしんどかった。
6月中旬になって、初めて気になっていた女の子と話すことができた。きっかけは同じクラスから上がった友達だった。本当に感謝しかない。
友達のおかげで女の子とよく話せるようになり、すぐにその子を好きになった。その子を好きだと気づいたとき、すでにクラスの何人かは私が抱えている想いに気付いていた。
クラスのほぼ全員にバレたのは9月ごろだと思う。文化祭を目前に控え何となく気持ちが浮ついていたのが原因なのか、私が分かりやすいからなのかは今でもわからない。
ただ、バレていたという事実がそこにあった。そのことに気づいた数人は応援しようとしてくれていた。
数人の後押しもあり、文化祭の日に告白しようと思っていた。でも、告白することは出来なかった。
友達の恋愛を手伝うことになり、自分のことを考える時間がなかった。友達の話なので割愛するが、友達を手伝ったことにより好きな子と話すことができなくなった。それから、特に何もなく時間だけが過ぎていった。
気づけば卒業式の前日になった。大学も決まり、なんとなくだらだら過ごしながら考えごとをしていた。
このままでいいのだろうか?
そう思ったとき、このままではダメだろうと感じ好きな子にメールすることにした。
「明日の朝時間もらってもいいですか?」と送った。「うん、いいよ」と送られてきた文章をみて嬉しさと緊張が一気に押し寄せる。
告白の言葉をどうするか?
どこで告白するか?
ちゃんと告白できるのか?
初めて告白することもあり、頭の中がぐちゃぐちゃになってなかなか眠れずにいた。ようやく眠れたのは午前3時ごろ。
当日の朝はいつもより早く起き、学校に着いたのは8時前だった。教室に入り、彼女がくるのを待ちながら黒板に書かれた文字をただ見ていた。
心臓の音が周りの音をかき消し、友達に声をかけられたのに気づくことができないほど緊張していた。
彼女が教室に入ってきたのは8時20分ごろ。すでに多くのクラスメイトがいる状況だった。いま思うと、彼女はどこかで俺を待っていたのではないだろうか?
そう考えたのは普段の彼女の行動からだ。普段の彼女なら8時には教室に来て他の友達と話しているはずだったからだ。これが当たっているかどうかはわからない。ただ、その可能性を否定することもできない。
話を戻すが、彼女が来たとき俺は迷っていた。声をかけるべきか、かけないべきかを…
声をかけた場合、周りにバレてしまう可能性が高い。ほとんどのクラスメイトが気付いているのはしっていたが、ここで声をかけられるほどの勇気はない。
結果として、声をかけることができなかった。先生の一言で卒業式の会場まで行き、卒業式は無事行なわれた。式の最中、俺の頭の中はいつ告白しようか?ということで一杯になっていた。
教室に戻り、先生、クラスメイトと記念撮影をして解散した。俺は友達とそのまま帰ろうと自転車置き場に向かい自転車を押して校門前で待っていた。
友達に「告白せんでよかったん?」と聞かれ、
「うーん……縁なかったんかもしれんからな」と返したが、本心ではなかった。
正直、逃げたいと思っていた。告白してもふられることがわかっていたから。そう、わかっていた。それなら、告白してふられることはない。もしかすると、今後より良い機会があるかもしれない。本当に彼女のことを好きなのかわからないし。
そう自分に言い聞かせる一方で、ここで告白しないと後悔するという思いもあった。俺の性格上、「あのとき告白していたら彼女がいた」ということを言うに決まっている。
それは、気持ち悪すぎる。ただでさえ気持ち悪いのに、さらに気持ち悪くなるのは嫌だ。それに、彼女との約束を破ることになってしまう。それだけは避けなきゃいけない。
幸い彼女は教室にまだいた。ここで動かなきゃ男じゃない。そう思い友達に「ごめん、ちょっと教室に忘れ物したからとってくる。自転車とカバン見といてもらっていい?」
そう言って教室へと急いだ。階段を駆け上がり教室のある階に着いた。駆け上がりながら頭の中で、(これって、青春っぽくね?)と思っていた。
ちょうど彼女が教室の鍵を閉めるところだった。彼女に声をかけ、鍵を閉めるのを待ち、遂にそのときがきた。
緊張で心臓の音がいままで以上に大きくなる。彼女も彼女で少し緊張していたと思う。彼女は、何が起こるかわかっていただろう。
俺はどうしよう?と思っていた。今ならまだ逃げられる。告白せずにグループを壊してしまったことを話すのもありかもしれない。でも、気持ちを伝えたいことにかわりない。自分勝手かもしれない。そう思いながらも気持ちを伝えることにした。
考えてきていた言葉は頭の中にはなく、本当に伝えられるのか?ということだけが頭にあった。そこでふと思う、彼女は俺を待っていてくれたのではないのだろうかと。
本当なら、帰っていてもいいはずだ。それなのに最後まで教室にいた。それは、俺を待っていたのだろう。そう思うと、嬉しさと申し訳なさを感じた。
もっと早く伝えられていれば。
教室から出ずにいたら。
そういったことが頭の中を巡る。
告白できるかできないかじゃない、しなきゃいけない。一度深呼吸をしたあと、告白することを決めた。
あれこれ考えていたが、結局出た言葉は「好きです、もしよければ付き合ってください」というシンプルな言葉だった。
結果としてはふられたが、言葉に出せたことがとても嬉しかった。ふられたあと彼女に「ありがとう」と伝え、笑顔を保ったまま階段を降り彼女が鍵を返しに行くのを待ち、家へと帰った。
これが俺の大切な思い出で、記憶で、記録である。これから先どういうことになっていくかはわからない。ただ、このことは一生忘れないだろう。
記憶 月影 紡 @tukikagetumugu
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