第2話 出会い
その日もいつもと変わらない月曜日だった。新学期が始まって浮き足立つ生徒たちもなりを潜め、新学期が始まる前の何気ない日常へと戻っていた。ある者はクラスメイトとの談笑を楽しみ、ある者は授業の準備をし、ある者は朝食を食べ損ねたのか部活の朝練で空腹になったのか購買のパンを早々に買っては仲間と共に食べていた。
そんな中、私は今日も自分の席から見える学校の自慢の桜をただ眺めていた。この学校の桜並木はとても綺麗で毎年、入学する新入生を歓迎するかの如く咲き誇り、はらりと舞い落ちる桜の花びらが新しい年を祝う様に降り注いでいた。この桜の品種は知らないけど、私がこの高校に入学するきっかけの一つに選んだ位この桜が好きだった。
「ユウキー、ゆ・う・きってば!ねぇ、話聞いてるの!?」
「……ん?」
私は声をする方を振り向くと、目の前には膨れっ面の少女が私のことを睨んでいた。顔立ちはとても幼く、下手をすれば中学生に見られかねない童顔で可愛らしい見た目の少女だった。髪はこのクラスでは珍しいツーサイドアップのツインテールをしていて、より一層彼女の幼さと可愛らしさを引き出していた。
「ああ、ごめんね。由利ちゃん、ぼーっとしてた」
「もう!桜が好きなのはわかるけど友達の話はしっかり聞こうよ!」
「あはは、ごめんね」
この子は「文苑 由利ふみぞの ゆり」。私が中学の時からの友人でなんとこの見た目で私と同じで今年で17歳になる少女だ。
とても小柄だが好奇心旺盛で活発な彼女は見た目も相まって、私やクラスメイト、果ては先生からは妹や娘の様に見られる子だ。本人は「大人の女性」に憧れており毎日牛乳を3本飲んではいるのだが……今も扱いが一切変わらないことから結果はお察しだろう。
そんな彼女と私との出会いは中学1年生に遡る。まぁ、今までの流れから察する通りだが、当時の私は彼女のことを「お姉ちゃんに会う為にこっそり紛れ込んだ小学生の子」と勘違いしてしまい怒られたという内容だ。自身の容姿をコンプレックスに感じているのか、この当時も子供扱いした事に烈火の如く怒り出した彼女との出会いは最悪だった。
しかし、何気なく接するうちに打ち解けあった私たちはそのまま友人となり、同じ高校に通うくらい仲良くなっていた。
そんな私の友人は〈噂話〉を調べるのがとても大好きだった。幸か不幸か、彼女の幼い見た目の影響か大抵の人間は口が軽くなり、彼女はクラスや学年、先生や街で流れる噂は教えてもらうことがほとんどだった。彼女自身も持ち前の好奇心で調査をしていて、気がつけばこの高校では一番の情報通になっていた。
「―――で、由利ちゃんが仕入れた噂の内容だっけ?」
「そうそう!このクラスに他校から転入生が来るらしいんだよ!」
「へぇ…新学期始まって直後じゃないんだ?」
「何でも『親の仕事の都合で時期が微妙にズレちゃった』らしいよ?」
「ふんふん、それは面白そうだね」
私の後ろから男子の声がすると不意に背中に何かがのしかかってきたのに気がついた。
私は少し体の向きを後ろにずらすと一人の男子生徒が人懐っこい笑みを浮かべながらのしかかっていた。眼鏡をかけていても分かる程、男性でも女性でも問題ない中性的な顔つきで平凡より上でも十分整っている顔立ち。そして、その笑顔からも分かるように何処か子供じみた愛らしさを感じるような生徒だった。
私は横からひょっこりと出してきた顔を見ると「やっぱりか」と内心思いながら挨拶をした。
「おはよう、悠真。重いんだけど」
「おはよう、優ちゃん!今日もいい匂いするね!」
そう笑顔で変態的な挨拶を返してきた眼鏡をかけた男子生徒―――「葛城 悠真かつらぎ ゆうま」は人懐っこそうな笑顔を浮かべながら私を抱きしめながら、鼻先をぐりぐりと頭頂部に押し付けつつそのまま私の髪の毛の匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょっと悠真!ユウキになにしてんの‼︎」
「優ちゃんの匂い嗅いでる」
「見たらわかるわよ!そ・れ・よ・り・も!いくら幼馴染みだからって、女の子の匂いを嗅ぐのは失礼よ‼︎」
「えー、やだ」
そう…朝っぱらから堂々と変態行為を行う彼は私が赤ん坊の頃からずっと一緒の幼馴染だ。
悠真の家と私の家の両親は高校時代からの腐れ縁らしく、父親は科学者で母親は漫画家という濃ゆすぎる家庭で育ったのが悠真だった。
悠真のお父さんは高校時代からお父さんを敵視していて、会えば大体は殴り合いを始めるが時には一緒に飲みにいったりする不思議な関係だった。悠真のお母さんはその2人の光景を嬉しそうに眺めつつ、「ケンカップルhshs」とすごい勢いでその光景をノートに書き込んで、お母さんは私と悠真に悪影響を及ぼさない様に離れた位置で遊んでくれるというのがいつもの光景だ。
そんな私と悠真は兄弟同然の関係性なのだが、彼は基本的に私に対してはすごく甘えん坊になる。こうして匂いを嗅ぐのも「優ちゃんの匂いが好きだから仕方がない!嗅がないと禁断症状でる‼︎」というよくわからない駄々をこねられ、かなり頭がいいから本来なら進学校に進んでも良いはずなのに私と同じ所に通う事にしたり―――常に私の隣で歩いていたくらいだ。
まぁ、たまに常軌を逸脱した奇行には走るが、小さい頃から慣れて注意しない私も甘やかしているんじゃないかと偶に思うんだけど…。まぁ、今は気にしないでおこう。
そんな悠真と由利ちゃんはよく私を挟んで喧嘩をよくする。喧嘩と言うよりは「じゃれている」という表現が正しいかもしれない。
中学時代からマイペースな悠真と至ってノーマルな真面目なタイプである由利ちゃんはよく対立する。基本的には由利ちゃんが変態行為に及ぶ悠真に注意し、悠真はいつも私にやる様に駄々をこねて拒否をし、最終的に実力行使に入るというのが定番の流れだ。こういう流れの場合、大抵は悠真が実力行使をされた際には満足して離れる場合が多く、その光景を他のクラスメイトは微笑ましそうに見守るのがいつもの光景でもある。いや、見てるなら助けて欲しいんだけどね…?
今回もその流れだったのか、私がぼーっとしている間に気がつけば背中から感じる重みが消えていた。どうやら今回もその流れだったらしい。後ろを振り向くと彼は満面の笑みで由利ちゃんの頭を撫でる中、彼女の方は元々の低身長が災いし、145㎝の由利ちゃんが177㎝の悠真のお腹にぽかぽかと殴っているという何とも微笑ましい構図ができていた。元々、彼女自身も非力だと自覚がある様に殴られている彼の方は全くダメージがないのか「ゆりりんは可愛いねー」と頭を撫で回していた。
「悠真、あまり由利ちゃんをからかわないの。すごい怒ってるよ」
「大丈夫だよ、優ちゃん。いざって時は僕が『悠子』になってガールズトークを開催してなだめるから」
「悠真の女装は無駄にクォリティ高いし、普通に美人さんになるからやめよう?中学の時、おふざけでそれで登校して由利ちゃんがどうなったか忘れてないよね?」
「ゆりりん、ボクだと言うのに気が付かずに『お姉さまと呼ばせてください‼︎』って、言ってたよね。あの時のゆりりん可愛かったなー」
「人の黒歴史を抉るのはやめろぉぉぉぉお‼︎」
由利ちゃんは顔を真っ赤にしながら更にぽかぽかとお腹に攻撃し始めていた。ちなみに『悠子』というのは悠真が女装した時の呼び方だ。悠真は元々、同年代の男子と比較しても顔立ちが整っており、女装すれば10人中6人は思わず振り返るほどの美人さんに変身してしまうのだ。
ちなみにこの状態の悠真は面白がって声も変えたりするけど、基本の声も男子にしては少し高めもある為、違和感も少ないから余計わかりづらいので大体の人が間違えるし、騙されたら騙されたらでしばらくはネタにされる。ちなみに今月は春先の祭りに悠子状態の悠真にマジデートに誘ったクラスメイト野球部の子が被害者。
そんなのほほんとした空気を換えたのは教室に入って来たジャージを着て、右目に眼帯を付けた教師―――私たちのクラスの担任である体育教師の藤先生だった。
「おーい、席につけー。ホームルーム始めるぞ……って、葛城に文苑、お前らじゃれあいはそこまでにしていい加減に席に着け」
「先生!この変態メガネ人の黒歴史を公開しました‼︎殴らせてください‼︎」
「馬鹿野郎、生きてれば黒歴史なんて勝手に生えるんだよ。一つや二つでガタガタ騒ぐな」
「はーい、それは厨二スタイル現役続行中の先生の体験談ですか?」
「喧しい。こっちは事故の怪我の傷跡が目立つから眼帯これつけないといけないんだよ。風評被害だバカタレ」
そう言いながら眼帯先生ーーー私たちのクラス担任である「藤 章人ふじ あきひと」先生は苦虫を噛みつぶした様な表情をしながら教壇に立った。そんな先生の右目には黒い眼帯で覆われていて、右目付近がどの様になっているのか分からない状態になっていた。話によると昔に車の事故の被害にあって、その時のガラスで右目を切ってしまって大怪我を負い、その時の傷跡が酷いので隠す為に使用しているらしい。
その見た目が漫画のキャラっぽいという理由から生徒たちから「眼帯先生」と呼ばれてはいるが、本人は嫌だが外せないので渋い顔を今もしている。
しかし、悪態こそ吐いても先生の人望もあってなのか悠真と由利ちゃんはじゃあいを中断して自分たちの席についていた。
先生はクラス全員が座るのを確認すると何時もの様に今日の連絡事項や注意事項の話をした―――だが、それも新学期開始してから2週間と落ち着いたこの時期では特に言うこともないのか同じような内容ばかりだった。
「―――以上が今日の連絡事項だが、ここで重大発表があるぞ」
「甲斐性がないという噂の先生がついに結婚ですか?」
「田中、お前あとで職員室な。
そんな知らせじゃねえぞ。噂とかで聞いたやつもいると思うが、このクラスに転校生が入ってくるぞ」
先生が何気なく告げたその言葉にクラスメイトの空気が一瞬で変わった気がする。
「先生!男!女!?オカマですか!?」
「男だ。モテない野郎ども残念だったな。ちなみに見た目はアレだな悪くはないんじゃねぇか?」
先生の言葉にクラスメイトの男子と女子が対照的なリアクションをした。男子たち(悠真除く)は絶望し、女子たちは新たな出会いが喜ばしいのか歓喜の声を上げていた(ちなみに由利ちゃんは仕入れた噂があっていたのか、隣の席でドヤ顔していた。可愛い)
「(私の後ろの席が埋まるのか…)」
そんな周りが騒がしくなる中、私は自分の後ろの席をチラリと確認した。2週間前から空席だったこの席は時々、荷物置き場に利用していたので少し残念だと感じた。
そんな的外れな事を考えている私を他所に先生はクラスメイトたちを静かになるのを確認すると教室の外にいると思われる転校生に声をかけた。
教室に入ってきたのは悠真とは対照的でしっかりとした体格をした少年だった。身長は恐らく、悠真と同じくらいだが普段から鍛えているのかしっかりとした体つきだった。しかし、服の上から見る限りはガチムチというよりは「引き締まった」という印象だった。
顔立ちは少々、同年代からすれば少しだけ若く感じるがつり目がちな黒い瞳からは何となく「しっかりしてそう」といった印象を私は感じた。しかし、そんな彼は表情を一切変えずに私たちを見ていた。
「こいつが今日から転校してきた生徒だ。ほら大村、挨拶しろ」
「あー…『大阪桐蔭高校』から転校した、『大村 和也おおむら かずや』です。これからよろしく…」
大村くんはぶっきらぼうに必要最低限の挨拶をすると、そのまま藤先生の方を見て「どうすればいい?」という様な雰囲気を醸し出していた。どうやら、元々こういうのが苦手なのか何を話せばいいのか困っている様だった。
すると先生は面倒くさそうに頭をかきながら大村くんの背中を軽く叩いた。
「質問とか友好を築きたい奴もいると思うが授業の方が優先だ。今日の俺の授業は大村への質問コーナー兼歓迎会にしてやるから、それまで授業はしっかり受けろよ。以上、ホームルーム終わり」
クラスメイトたちがブーイングする中、先生は大村くんに席を教えると彼は了承したように頷いて私の後ろの席についた。
「私の名前は『桜崎 優輝さくらざき ゆうき』、よろしくね。大村くん」
私はこれから近くの席に座る新しいクラスメイトに簡単な自己紹介をする。
すると鞄から教科書を出そうとしていた彼は作業の手を一旦中断すると、一瞬どうしようか迷うと私に右手を差し出した。
「『大村 和也』だ。よろしく、桜崎」
彼はぶっきらぼうに答えるが、根は悪くないのか握手を求めていたようだった。その姿が「野良犬が警戒している」時の様子と被ったのか少し可愛いと思ってしまった。
私はそんな事を思いつつ彼の手を握って握手をする。
いつもと変わらない毎日、そこに生まれた新しい出会い。そんな新年度にどんな日常が始まるのか私は胸を躍らせていた。
―――そして、その次の日に私は死んだ。
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