R.S.F ~ロイヤル・ストレート・フラッシュ~

桐生オクト

第X章 Continue

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 眼下に広がるのは、猛々しい炎の渦ばかりであった。倒壊した建物から上がる火の手は、留まることを知らない。駆け付けた消防車から放たれる水流も、まさに「焼け石に水」であった。幸い、どうやら死者は出ていないようだ。しかし、街のシンボルのひとつであった建物が火事で失われてしまうというのは、やはり民衆の悲しみを煽った。

 「押さないでくださーい、順番に、ゆっくりと、進んでくださーい」

 建物から避難してきた一般人を誘導する警察官の声に、覇気は感じられない。連日の、反国宗教団体絡みの事件に駆り出されること数知れず、完全に疲弊しきってしまっている。列がなかなか進まないことへの怒号が、「ママァ!」と母親を呼ぶ泣き声が、それぞれの欲求が満たされない声という声が、サイレンの音と相まってこの場を混沌へと変貌させていく。


 赤い海と化している現場を見据える人影がひとつ。いや、果たして「見据える」という表現が正しいのかどうか。その者が視線を逸らしているというわけではない。鉢巻の如き布が、その者の両眼を覆い視界を完全に遮断しているのである。

「……」

 その者はただ、静かに見下ろしていた。全てが赤色へと変わっていく様を、ただ静かに見下ろしていた。

一筋の涙が、つうと流れていく。零れ落ちた雫は、そのままビルの屋上へと吸い込まれていく。倒壊した建物からは少し離れた、この街で二番目に高いビルに、その者はいる。そう、今まさに燃え盛る廃墟こそ、この街一高い建物だったのである。何故、この者は涙を流すのか。その他一般人と同じように、シンボルの崩壊を嘆いているのだろうか。

 一歩、踏み出す。離れてはいるものの、火の粉は風に乗ってこちらへと届く。赤い鱗粉が頬を掠める。指で頬をなぞり、火傷を防ごうとする。

 また一歩、踏み出す。炎に飲まれる現場を直視することは、簡単なことではない。まさに近場に太陽があるようなものだ。長時間眺めれば、それだけ目への負担が大きくなる。しかし、この者は見下ろすのを辞めない。

 もう一歩、踏み出す。ひとつ間違えれば奈落の底、ビルの縁ギリギリの所で足を止める。ふと、夜空を見上げる。地上での惨劇とは裏腹に、大きな満月が煌々と輝いている。炎に照らされ、いつも以上に光り輝いているのではとさえ思える。雲一つない黒い空。月と共に星も瞬いていた。


 ――――一歩、踏み出した。

 黒い影が深淵に向かって、疾風の如き速さで落ちていく。黒き嚆矢は尚も地を見定め、一寸の狂いもなく底目指す。風を切る音は、燃える炎の轟音と、響き渡る民衆の声に掻き消されていく。


「おい、あれなんだ?」

 男が指さす先には、ビルの屋上から落下していく黒い影が見える。スピードはぐんぐん速まり、今にも地面に激突しそうである。

「あれ、やばくね? 自殺?」

 男の連れが心配の声を上げるも束の間、影はどこかに消えてしまった。

「え、なんか、消えたんだけど、え?」

「き、消えたよな? 全く、気味が悪いぜ」




 満月を背に、佇むひとつの影。下界を一瞥すると、それは再び闇の中へと、消えていった。


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