第5話 襲撃・迎撃b

 手の空いたヤウレがガエンの加勢に向かうが、足取りは重い。

 そして、有効打を与えられるはずのユレは、力を使い過ぎたのか息を切らしてへたりこんでしまった。

「大丈夫ですか!?」

 京司がユレに声をかけたが、声も出ないほど果てていた。

 ふとその時、足元に倒れた重騎士に目がいった。光の矢で付けられたものの他に、殴りつけたような凹みが幾つかある。

 中でも目立つのは、マッシュが蹴飛ばした足の跡だった。ベッコリそこだけ凹んでいる。

「やれる」

 ほんの半秒見たところで、京司は確信した。

「仕組はさっぱりだけど」

 ガエンの方に向き直りながら、下ろした工具箱から手早くいくつかボケットに突っ込み、イボ付き軍手を両手に着けた。

「んがっ! クソぅ」

 さあ、助太刀にと思ったその時、最後の重騎士の突き立ててきた槍をガエンが受けそこね、右肩に一撃食らってしまった。

 苦悶の表示を浮かべつつも、もんどりを打つ様にして何とか距離をとる。

 もはや剣を掴むことも厳しく、かなり出血しているようだった。

 さらに、急ぎ間に入ったヤウレも、横なぎに払った槍をまともに盾でうけてしまい、転げながら何メートルも飛ばされた。

「モルィーットバ!」

 謎の掛け声一つ、重騎士が倒れている二人には目もくれずに、京司へ槍を向けた。

「コヤ、モルドバ」

 重騎士が何かを言う。

 だが、京司は耳を貸さずにボケットに手を突っ込み、左手にスパナ、右手に金槌を掴んだ。

 そしてゆっくりと重騎士に近づく。

 何かを察したのか空中で重騎士も動きを止め、槍を構え直した。

 そしてブレない体制のまま、騎馬突撃のように京司に向けて一直線に飛んできた。

「ばぁにやんに感謝、か」

 京司は斜めに踏み込んで槍を躱すと、カウンター気味に、がら空きだった脇腹をスパナで殴りつけた。

 ボスン、やけに鈍い音。相手の甲冑に、綺麗なスパナ型の凹みが出来ていた。

 視界の端で凹みを確認し、京司は体を回して金槌で叩きつけた。

 ガチンと、今度は弾かれる。

 できたのは、僅かな擦り傷だけだった。

「スナ、モルドバ、ス!」

「やっぱりな」

 京司は素早く金槌を投げ捨て、今度は先の長いドライバーを手にした。

 そのままドライバーで突くと見せかけ、浮いてる相手の踵に前蹴りを食らわす。

 流石にはね上げは無理だったが、大きく体制を崩せた。

 たまらず、重騎士はどすんと地面に尻餅をついて落下した。

「クルルァ!」

 この態勢で突いても当たらぬとみたか、寄せ付けまいと横なぎにはらってきた、

 図体の割に素早い切り替えだったか、京司は見切って軽く飛んで躱した。

……ん?

 妙に浮き上がるような違和感が再び。

 軽いジャンプのはずが、思いのほか高くまで上がってしまった。

「やばっ」

 酷くバランスを崩している。

 不味い、ここで攻撃されたら――

 重騎士は上体を起こして手を伸ばし、着地前に京司の足首を引っ掴んで投げ飛ばした。

「グハ、がっ!」

 手足を擦りむきながら、三回転。せっかく詰めた距離が広がってしまった。

 「やられたなぁ」

 倒れてもいられない。ぐいと京司は立ち上がる。

 見ると、実際重たいのか重騎士はまだ起き上がる途中だ。

「だ、大丈夫か?」

 ヤウレが駆け寄ってきたが、彼もかなり痛そうだ。

「ヤウレさんよりは」

 それに、やり易くなった。浮いてよりは、だ。

 京司はヤウレを巻き込む前に地を蹴り、やっと立ち上がった重騎士に迫った。

 槍を繰り出す直前、再び懐に飛び込むことに成功。少し浮き上がり気味なのは計算のうちだ。

 勢いを利用して、甲冑の継ぎ目を狙ってドライバーを突きこむ。

 場所は左肩。 

 さらに半回転して、スパナーのバックブローをその上から打ち込んだ。

 バシッ!

 スパークする音と共に、重騎士の左腕がだらりと下がり、槍がカランと落ちた。

 何事か分からず、重騎士が困惑している。

「ビンゴ!」

 更にもう一本、ドライバーを出して、重騎士の肩口から突きこんだ。

 甲冑の、硬そうな金属板に覆われた部分だったが、アルミの空き缶のように貫き、バチバチと音を立てて何か柔らかい物に突き刺さった。

 もう一撃、スパナ―で刺さっているドライバーを叩こうとしたが、何故かドラーバーだけ素通りし、トンと軽い音がして甲冑の表面を凹ました。

 妙な予感。

 咄嗟に京司はワンステップして、少し距離をとった。

 直後、甲冑がガラガラと崩れ落ち、半歩ズレた位置に黒服の男が現れた。

 一見、ヒトのようだ。

 男の肩には、京司のドライバーが深く刺さっており、その周りと左肩が広く焦げている。

 これは間違いなく、今まで重騎士だった相手だ。

「モルトバ、ヌ、ヌボルウス!」

 男が京司を睨みつける。

 と、そこに、くたびれたような、呆れたような顔をして、アンゼが戻ってきた。

「アんだ、おめーかよ」

「ゥアンズバ、アフルェ!?」

「ヒト型の時はヒト語で喋ンなよ」

「ア、アンゼが何故いる?」

「お前らが、船を壊したからだろ」

「知らん」

「知らん、では無いよ」

 ベリ、と引き裂くような音がして、覆面を剥ぎ取られたように男の姿が変化した。

「うわ、こいつ」と、京司。

 現れたのは、不時着直後に降りてきた、黒いドラゴンの片割れだった。人型をしているものの、いや人型だからこそ京司にはわかった。

 一段薄着になり、刺さったドライバーの傷が目に入る。思った以上に深手で、スパナ―の追い打ちができていれば致命傷だったかもしれない。

「すまんな、モリタ。いちドラゴンとして謝るよ」

 だがアンゼは、黒い男を見据えながら隣の京司に言った、

「『飛ぶ』力を、ヒトを傷つけるのに使うとか、有り得ないよ、まったく。しかも、返り討ちで、ふたりもやられるとか」

 アンゼは片手を伸ばして、摘むように引いた。

 すると、ユレが倒した重騎士の鎧と殻が剥ぎ取られ、もうひとりの黒ドラゴンになった。

「ヒトのふりするのに、二枚も被ってるとか、さ」

「そう言うが、アンゼよ。良いのか、今のままで。ドラゴンの力、立場」 

「良いさ。何が悪い?」

「我ら、馬ではない。モリタのせいで、我らは馬か犬」

「モリタのおかげで、沢山の仲間が共に『飛ぶ』事が出来る。良いじやないか」

 京司には心当たりの無いことが、モリタの名で語られている。知らない“モリタ”なのか、それとも……

 なにか思いかけたところで、突然、周りが暗くなる。

 見上げると、船が浮いていた。

 アンゼの物と比べたら半分も無いとはいえ、ちょっとした屋敷ほどもある大きさだ。

 その船は、少年を背に乗せた小柄な緑のドラゴンに引かれ、京司たちの頭上をゆっくりと動いていた。

「イルーゥラ、無事か!」

 船の上から、若く力強い女の声がした。姿は船の陰となって僅かしか見えない。

 だが上空の風に煽られ、長く黒い髪が風に靡いていた。

 そんな女の声に、黒い男――イルーゥラが、ドライバーが刺さっていない方の手を挙げて応える。

「ドラゴンに乗るのは、友のみ」

 有り得ない角度に折り畳まれた真っ黒な翼と長大な胴体が展開され、轟と翔く。

 カランとドライバーが落ち、もうひとりのドラゴン男がその大きな足でつかみ上げられた。

 黒いドラゴンになったイルーゥラは、風も起こさずにずんと上昇。掴んだひとりを船の上に降ろし、舳先の前についた。

 それに合わせて、緑の小ドラゴンの姿が人型に折り畳まれ、背中の少年と共に船に降り立った。

「よく考えておけ!」

 イルーゥラは声を轟かせると、翼を一段と大きく広げ、飛び去ってしまった。

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