理想郷(Paradox)

明鏡 をぼろ

正義とは、paradox

月華という男

  その槍は四度その女を貫き七度その女の肉体を切り裂いた。血が空を舞い肉は踊るようにその機能を失ってく。

  雪が多く降り積もり、その上に真っ赤な液体が流れていく。最早その少女に息の根は無く、完璧な死であることは一目瞭然だった。

 恐ろしい速さで体から出る液体は雪を染めその温度で雪を溶かし始めた。

「あかつき!!」

 青年が遺体の前に駆け寄り抱き寄せるが、上手く掴めない。いくら掴もうとしてもその手は肉の間と間ににちゃりと入り体の中に入っていくだけで肉全体をつかむことができない。あまりにも残酷に切り刻まれたその肉体は複数の群体としてそこに捨てられてあるだけだったのだ。


 青年は憤然していた。その身を燃やして今己にするべきことはただ一つそう、復讐であると肝に刻んでいた。最早ここに倫理も法もの入る余地はない。全ては今ここで俺によって決定されるのだ。ここで、俺がこの男に裁きを下さねばならない。


 槍を持った目の前にいる男、今俺が抱いている肉塊を作った男、今しがた俺の暁をその赤黒く染まった槍で貫いた男、、!許せるはずがない。

「俺は襲わないのかッ!」

 青年は槍を持った男に叫びその煮えたぎる怨念を男に投げた。

「最早この状況では弁解の余地は無いと判断した」

 男は何のそぶりもせず、ただ冷徹な顔で青年の目を見た。布が破れあらわになった男の腕にはいくつもの文字が刻まれそれ自体が光っている。

「知らねぇよそんなこと!!」

青年は一喝した。男は青年の問に答えなかった。それは青年の憤りをさらに強くし、理性は限界がくる目の前まで迫っていた。四肢は熱を発し彼の胸の中にある『心核』はこれほどにないまでの大きい鼓動を刻んでいた。青年自身にもその音は体の骨格を伝わってしっかり聞こえ、彼の気持ちはその鼓動とともに加速していった。

 しかし、それでも青年には、その男を裁けない理由があった。己の理性でもない「何か」が彼の暴走を止めていたのだ。

「俺は、俺はッ、確かにお前がその忌々しい槍で俺の愛人を殺し滅茶苦茶にしたのを見た!貴様が暁を殺したのは事実だ!だが!それでも、お前が否定するというのなら、殺していないというのならッ、、」

 青年の体は黄金に輝きだした。その姿はまさに自らを燃やしその思いの塊だけで動く傀儡であった。青年の肉体は無に等しい。今そこにあるのは圧倒的な彼のその思い、その胸の内、葛藤である。

 青年の背中に翼が浮かび上がりその黄金は彼の中に収束する。ーが同時に彼から噴き出る黄金の輝きはその光を決して失わない。髪は黄金に変わりそのたなびき様はその精神を直接表している。

 まさに青年は破壊と再生の化身であった。

 この男を今すぐにでも滅茶苦茶に、ただの肉塊と化すまで切り刻んでしまいたいという復讐の気持ちと、先ほど、まだ青年が暁のところへ急ぎはせ参じているときに聞こえたあの言葉。

「月華、大丈夫。ここにいる人はみんな悪くないんだよ」

 暁の声であった。だが確信はない。青年-月華の暴走を妨げるための敵の声という可能性も十分にあり得る。

 だが、それでも月華は信じたかった、否その言葉を信じずにはいられなかった。

 もしその言葉が本当だったら、俺は暁を信じられなかったことになる。ならば、疑ったままここで気を晴らして後で後悔するより、今死んだほうがマシだ!

 月華は暁を強く抱きしめ、そして抱きしめ叫んだ―

「でも、でもッ、もし、もしその言葉が本当誰も悪くないのだとしたらッ―

 雪が融解し、台地が歪む、空間がその場を動くものかと必死に食らいつく

「この思いはァ、一体どこに向ければいいんだァーー!!」

 黄金は爆発しその場のもの全てを包み込んだ。月華の体は粉々に砕け暁と等しく肉塊となるだけでなく、自分で自分の体を焼き尽くしその肉体は灰となってしまった。

 あまりの爆発と爆風にあたりのものは全て灰となりそして吹き飛んでしまった。もう何もない。己の肉体も、暁も、あの男もいなくなってしまった。全てはここで無へと還ったのだ。


 ――これで、良かった。


 金の光があたりを覆いすべてを淘汰していった。

その光景は、それはそれはとても美しいものであったという。

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