12月15日 一線を越えろ
12月15日、火曜日。晴れ。
昨日の頓服薬が効いているのかどうか。2分に一度の悲鳴が5分に一度の割合に減った。劇的である。たぶんこれ以上良くはならない気がする。で、この状態に疲れ果てると老人ホームへ入所、という流れになるのだろう。やはり見えてきてしまうルートはある。見えてきたといって、そうすることは考えていない。
母はどうやら右側を向くと何かしらの感情が刺激され、慟哭するようだ。
なのでその際にはベッドの左側に立ち、まずは右腕を首の下へ回す。そして左脇の下から自分の左腕を回し、自分の手首をクラッチ。そうして引き付けると楽に上半身を抱えることができる。だいたいこの時にアップルウォッチが震えて「その調子です!」と頼んでもないのに応援してくれる。黙ってろや。
この作業中、敵の右腕を我の首の右方に突き出させ、顔でそれを抑える。そうすると腕だけで極める三角絞めとなり、あとは動きを封じた右肩と首に体重をかければ楽に締め落とすことができる。ネ、簡単でしょ?
残念ながら母は敵ではないので実行することはないが、このように簡単に人は絞め落とすことができるのだ。お前何言ってんだ死ね自分で何言ってるのか理解しているのか。アップルウォッチとともに滅びろ。何が「ネ、簡単でしょ?」だ、バカめ死ね!(2日連続の言い過ぎ)
覚醒しているのを見計らって朝食の準備。食べさせている時、母は号泣し出した。相当ひどい状態だなあと思っていたら、はっきりとした言葉で話し始めた。
「なんでわたしはこんなからだになってしまったんだろう……」
そこに対する返答は難しい。だが話が通じる短い間に聞かせておかねばならない。
「仕方ないよ。発作が起きない限りはフォローするし」
「けど、これからもっとたいへんになるとおもう」
もしかしたら薄々勘づいているのかもしれない。けどそれは「勘違い」だと嘘で塗り固めることに決めている。
「いや、良くなるよ。発作さえ起きなければ回復するから」
「そうかねえ」
「そうだよ、今日は風呂も来るから」
大変になるのはわかっているが、今までで一番大変なのは昨日だった。何しろ2分に一度、未完成の三角絞めによる対位変更を行なっていたのだ。今日は5分に一度。しかも11時からは訪問介護、13時からは訪問入浴。何かあったら頼ればいい。もう全然楽。ハッハー、どんとこーい……。
のはずなんだけど、おれ自身の問題がある。やはりトイレに立つタイミングが難しいのだ。一番いいのはハイテクイノベーションポータブルGO TO便座を母のベッドの横に置いておくこと。これは間違いない。いつでも母の様子を確認できる。匂いもしないし汚れもない。
けど、それをしたら戻れない気がする。社会にというか日常にというか人間にというか。そこの一線は跨いではいけない気がする。
とか言っている間にも悲鳴の数が増えている。だいたい1分おきに三角絞め未遂を行い体位変更。薬、効いてないな。訪問看護に相談してみよう。
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