11月29日 安いヒロイズム

 夕食時、兄が言った。


「とりあえず脳のCTを収めたDVDを病院から引き取ってこい」

「それ持ってどうすんの」


 素で聞き返した。そんなものを持っていたところで、なにをどうすれば活用できるのか。


「とりあえず知り合いに見せる」

「見せてどうする」

「どうにかなるかもしれないから。諦めるわけにはいかない」


 11月29日、日曜日。曇り。久しぶりに怒った日。


 買い物を終えて家に戻った16時、兄はもう酒を飲んでいた。別にそれは構わないのだが、この男は酔うとめんどくさくなる。酒乱の気があるのかもしれない。


 料理を終えた18時。おれも気兼ねなく晩酌を始めた。両親のいない今こそまさに酒を飲む時。で、冒頭の話につながるのである。

 誰に見せるつもりなのかと聞くと、町医者に話をうんぬんと言っている。


 こういう言い方すると怒るかもしれないが、と前置きし


「自分が動けば奇跡が起きるかもしれないと思うのはいいけど、町医者に聴いて本当にどうするつもりなんだ。そこから紹介されるのは、今の病院以上のところはないんだけど」

「それでもお前みたいに諦めるつもりはない」


 酒に酔っているのか、安っぽいヒロイズムに酔っているのか、もしくはその両方か。勝手にこちらを諦めた側として攻撃してきた。質が悪い。

 さすがに不愉快に感じたので言い返した。


「そんなら、30日の話は自分で聞きに行けばいい。で、DVD下さいって言え。コロナにかかるリスクも考えずに他県へ移動したいって主張すればいい。だいたい、そんな長距離移動、今の母に耐えられると思ってるのか」

「それはなんとかなる」

「根拠は」

「なんとなく。おれが見てれば発作も起きないと思う」

「じゃあ何か」


 発作はおれが見てるからなるのか。母の大便処理をしている時は必ず逃げるくせに、よくそんなこと言えたもんだな、と結構な勢いでまくし立てた。久しぶりの激怒状態である。こういう時は酒が止まる。


 全体的に兄の主張は正しい。だが呆れるほどに感情的だ。幼いと言ってもいい。諦めきれないのはこちらも同じだが、自分の知っている町医者に診せてどうにかなるとは夢にも思わないし、自分が見ている間は発作が起きないなどと思い上がったことは一度もない。


「だいたいな」


 なるべく静かな声を出しながら説得に努めた。


「アンタが行ったT病院の医者も『責任を持って執刀します』って言ってたのに裏切られたって、アンタ言ってたじゃん。ならできない理由があるんだろう」

「開頭手術ならまだ見込みが……」

「多分そんな簡単に腫瘍が取れたら、脳腫瘍の死者はいない。救急車に乗って2時間くらい廊下で待って、腫瘍が大きくなっているCT見せつけられれば少しはおれの考えも理解してくれるんじゃないかな」


 腹に据えかねた。飲み込めない気持ちは飲み込む必要がない。結果、今日の病院の話次第ではあるが、兄が後日病院へ行き、CTを収めたDVDをもらってくるという流れになった。

 今日病院側に聴くのは「もうどこに行っても、何の治療法もないですか」のみである。それ以外に何を聴けというのか。

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