ジャガイモの硬さはあの硬さ

 ポテトサラダというのはどうしてこうも手間がかかるのか。リクエストに応える為、熱いジャガイモを必死で潰しているが、どうにもかかる時間と苦労の割に完成品の見栄えが比例しないように思う。


 11月16日、月曜日。今日も晴れ。外は暖かい。20度近くあるのではないだろうか。昨晩はやたらとKアラート(階下でボタンを押すと2階のおれの部屋にあるピンポンがけたたましく鳴る近代的システム)の幻聴に悩まされ、睡眠がまだらになっている。ヘルパーさんに聞いたところ「介護あるあるですね」らしいがそんな言葉で片付けられるのは少し癪に触る。


 先週、北海道にいる母の友人からジャガイモが届いた。当たり前のことだがジャガイモは調理をしなければ食べることができない。家で調理ができるのはおれだけ。必然ジャガイモを使った何かを作らなければならなくなる。

 昨日はポピュラーなチーズ焼きを作った。確かに美味いが、これはジャガイモそのものの美味さだ。ならばさらにジャガイモの美味さを引き立てる為、ドレッシングをかけて生で提供という荒技も考えたが、翌日には警察とマスコミが押し寄せて近所迷惑になるのでやめておく。


 母に「ポテトサラダでどうか」と聞いたところ「是非」とのことだったので、朝から取り掛かることにした。なぜ朝からかというと、午後は他にやることがたんまりあるからだ。


 ジャガイモを水にぶち込み沸騰させて15分、火を止めて15分放置。同時に沸騰した湯をたたえていた別の鍋に卵を4つ投入。ポテトサラダにはカチカチの固茹でが合うから15分くらい茹でる。その間に玉ねぎ(間違えて玉ねぐと入力してしまい、かわいいからそのままにしておこうと思ったが土壇場でやめた)、きゅうり用意。


 15分経過し、ジャガイモに箸が刺さることを確認したらザルに上げる。アッツアツの状態でなければ上手く皮が剥けないのでここはがんばる。


 ここまで書いて正気に戻った。

 なんでおれポテトサラダのレシピ書いてんの? 誰がこの介護日記でレシピを見るというのかバカ者め! たぶん寝不足の影響だ。


 ジャガイモ潰していたら、母がうんこをした。温度と硬さに相似性を感じてしまい、それがし大いに混乱。それが10時。11時には訪問看護が来てくれるので、それまでに片付けておかねばならない。しかもまだゴミ収集車が来ていないので急げば家に汚物を保管しておかなくて済む。

 ぱぱっと片付け、ゴミ集積場へ。ちょうど車が向かってくるところだった。がんばってよかったと胸を撫で下ろしていたら、30分後にまた爆弾投下。

 今日来てくれるのはリハビリの人なので、できるだけ長い時間リハビリに専念してもらいたい。うんこ掃除をしてもらうわけにはいかん。


 ただいま15時、記録更新。日があるうちに5発のシングルヒット。母をバッターとするとこちらは守備だ。ヒットが立て続けに出ると非常に疲れる。そろそろ守備固めとしてヘルパーが来てくれるが、そういう時に限ってバッターは空振り三振をする。母の本領が発揮されるのは夜の延長戦に突入してからだ。


 ポテトサラダ出来た。やっぱり苦労と時間の割に華がないというか、美味しいのだが別に無くてもいいというか。ポテトサラダというものはすでに料理の副菜として完成しきっているので、何をやってもジャガイモのサラダという殻からは抜け出せないのだ。苦労の割には報われない、身につまされる話である。


 そういえばリハビリ終了後、看護師さんが「眠れてますか?」と尋ねてきた。母のことだろうと思い、


「うんこの時は起きますが、よく眠ってます。夜間も尿はしっかり出ています」


 と普通に応えた。だがどうやらおれの状態を訊いていたらしい。リハビリノートの情報引き継ぎ欄に


「メイン介護者の次男、錯乱中。要注意。自分の下の状態をベラベラしゃべる」


と書かれている恐れがある。

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