捨てます。介護ベッド。使用済み。
「介護ベッドを捨てたいんですが。はい、使用済みのものです」
電話の相手は市の収集業務課。口にしてから「この言い方はダメだろ」と気づいた。
案の定電話口の向こうには一瞬の沈黙が生まれ、少しこごもった声で「それは大変に……」とか言い出した。
ありがたいが、単純におれの言い方が悪かっただけなので気遣いは無用である。
いい加減、家の中を整理したい。この休みの間にできることはやってしまおうと発作的に思い立ち、まずは大変なものから片付けることにした。
今、家の中には介護ベッドが3つある。現在父が使っているものと母が使っているもの。これらは1階にある。そしてもう一つは母が2階で使っていた古いもの。
今後母が2階に上がることはないので、部屋の3分の1を占める最も邪魔な介護ベッドを捨てようと思ったのだ。
だが市の「これは何ゴミ? 迷ったらまず見てみよう!」のホームページに介護ベッドもしくは電動ベッドという項目がない。その為電話をかけて何ゴミなのかを確認したのだった。それが冒頭のセリフである。
すぐに立て直した担当者は、紙のようなものをめくる音を立てつつ説明を始める。
「粗大ゴミですね。1枚500円のシールが5枚必要です」
お代は2500円です、と言わないのはなんとなく生々しいからだろう。
「お住いの近所のコンビニエンスストアにシールが売っていますので、そちらをお買い求めください」
そして指定日となる2週間後、家の前に置いておけと担当者は言った。
そこまでは了解。だが問題がある。不安に思い一応聞いてみた。
「2500円で持っていってもらえるのか、少し不安なのですが」
「というと?」
「しこたま重いので」
測ったら75キロあった。
このベッドの重さを測る為に大変重い思いをした。聞いて欲しい。
先に言ったように、今回捨てるベッドは2階にある。重さを測るなら、1階にある体重計を2階に持っていけばいいだけの話なのだ。ベッドを階下に下ろすという考えは通常ないだろう。そもそもサイズの申告は必要だが重さを伝えろとは言われていない。ここまで言えばお分かりかと思うが、ベッドを階下に下ろしたのである。
なんで狭い階段を通って重たいベッドを下ろしたかというと、ヒマだったからだ。それと、重たいもの持ちたかったのと、それから、なんか感情が昂ぶっていたのと、あとね、頭が悪かったからなのね。
どうせ下ろすのだから予行練習という意味もあった。けど別にそれは一人でやる必要がなく、兄がいる日曜日にでもやればいいことだ。
一階に下ろし、重さを測った後は邪魔になるのでまた2階へ。この行為に名前をつけるとしたら「愚者の修行」「脳みその花狂い咲き」「ありんこのおしごと」といったあたりか。
そんなわけでどれだけ重たいものなのかということを、担当者に知っておいてもらいたかったのである。
「おそらく、お一人で運ぶのは難しいかと思います」
おれはやや沈痛な声で正直に伝えた。
こういうのを視野狭窄という。自分が一人でやったから、というだけで市のゴミ回収人も一人で来るものと思い込んでいる。詐欺にはだまされないが、他人の言うことを一切信じない悲しい人間でもある。
担当者は快活な声で応じた。
「ベッドでしたら二人か三人で伺いますので大丈夫です」
「あっそうですか。あっすいません」
「当日、朝8時から夕方4時までの間に回収します」
「あっよろしくお願いいたします」
疲れた。使っていないあたまがつかれた。よし次は草むしりだ。頭を使わない仕事で休日を潰すぞ。それが終わったらまたベッドを一階に下ろすぞ!
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