dead man walking
予約していた健康診断の為、歩いて診療所へ向かった。10分の短い散歩の間、ほんの少し雨が降ってきた。暑かったので心地よさすら感じる。
父が午後には帰ってくるので、午前中には引き上げなければならない。まあ2時間あれば終わるだろうと見切り発車をしたわけだ。
診療所へ着いた。まずおでこで体温測定。ピッという音がした。
「……車で来られました?」
「いえ、歩きですが」
受付のおじさんはおれに体温計を見せた。
33・5度。
なお、おれの平均体温は36・8度。
「まあ、計測ミスでしょう。もう一度やりますね」
ピッ。
33・2度。
なんとも言えない沈黙が降りた。本当に何も言うことがない。
「それ壊れてますよね」と指摘するのも失礼な気がする。そもそも、車で来ようがヘリコプターで来ようが体温が33・2度なら死にたてほやほやではないのか。
相手がおじさんだから黙ってたけど、女の人だったらおれは「あ、死んでるんで平熱です」と言いきってモテモテになっていたはずだ。
かつて悪い風邪を引いた時、この診療所で体温を測ったら39・5度だったことがある。その時に「うん、平熱ですね」と返したらモテたからそれは間違いない。
それにしても安物(知らんが)の体温計のいい加減ぶりよ。更に言うと受付のおじさんのいい加減ぶりよ。
「熱がないことが分かれば大丈夫なのでどうぞ」
と招き入れてくれたが、おれが体温通りにゾンビだったら最初に襲いかかってると思う。
検尿、検便、心電図、肺のレントゲン等を終え、診察室へ。ソバージュヘアのファンキーな医者は歌うような調子で「なにか困ったことはありますか〜?」と語尾を伸ばした。
「一月に一度程度しか外出できないので、運動不足がやべえんです」
父の場合は左足に硬質プラスチックの装具をはめている為、アクション次第で大きめの音が鳴る。四点杖も同じくだ。なので階上にいても問題ないのだが、母からは目を離すのが怖い。常に視界に入れておく必要がある。そんな状態でどんな運動ができるかと言えば、せいぜいスクワット程度のものだ。
すごくどうでもいいが、おれは父の装具を「おろかもののすねあて」、四点杖を「さきわれのつえ」と心の中で呼んでいる。デイやショートに出撃させる際は、「そうぐはかっただけじゃだめだぞ。きちんとそうびしないとなっ」とぶきやのしゅじんになったつもりで確認しているのだ。
本当にどうでもよかった。深刻なのは運動不足である。おれの苦悩に医者は答えた。
「僕もね、祖母の介護してたからね〜。わかるよ〜」
「はい」
「仕方がないと言えば仕方がないんだよね〜」
「そうですよね〜」
終わり。考えてみれば医者が言う困ったこととは「なにかお前自身で体調が不安なところはあるか」という意味なので、おれが質問を履き違えているだけなのである。医者からしてみれば「何言ってんだこいつ」といったところだろう。
時間にして1時間30分。思ったよりも短い時間で健康診断は終わった。結果は2,3週間後に郵送で送られてくるらしいが、致命的な症状がなければいいなと切に願う。「悪いところは特にないけど体温的に死んでます」とか書かれてなければいいが。
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