4話 吠えるギターは劣等感 ②

 龍真がここに来て、大体二ヶ月が経っていた。

 二ヶ月の間、ほとんどをギターと、ここ、響の探索に費やしてた龍真だったが、それでも、まだまだ、龍真はこの町のほとんどを知らない。

 町というのは、自分たちのそばにいるくせに、その全てを見せてはくれない。

 住宅地の外れにあるその大きな公園も、その知らなかった場所の一つだ。


 放課後。

 今日は珍しく雲が晴れていて、夏の勢いを感じさせる夕陽が辺りを照らしていた。

 龍真の眼下に広がっているのは、その視界に収まりきらないくらいに広い公園の全貌。公園らしい遊具ももちろんあるが、その公園のほとんどは、サッカー、バスケ、テニスのコートや野球場で埋め尽くされている。

 ボールを追って全速力でかけるチームの少年たちや、仲良さげに集まっている老人たち、子供が遊んでいるのを眺めている主婦。


「おぉ、すげぇ。ひっろ……」


 その場所の持つ若々しい迫力に押されて、小さな声で龍真は感想を漏らした。


「ここに来るのは初めてなのか?」


 少し嬉しそうに眉を上げて、八鶴はそんな龍真に問いかける。


「うん。初めてっす……。普段は駅の近くをちょろちょろ歩いてるだけなんで」


 龍真の地元に、こんなに広い公園はなった。

 規格外の広さの公園に、高校生らしからぬ目の輝かせ方をする龍真をみて、八鶴は少し嬉しそうに笑うと、公園の端、人工芝で緑に染まっているサッカーコートを指し示す。


「そうか。……割と、地元じゃここは有名なんだ。確か、あそこのサッカーコートで練習しているチームは、県内でも結構な強豪だったはずだ」


 へぇ、と興味深そうに反応して、龍真はそのコートを背伸びをして覗き込む。

 一通り説明を終えた八鶴は、「じゃあ、行くぞ」と龍真に言うと、すたすたとその公園に向かっての階段を降り始めた。


「え、はやっ」


 そう驚きながら、龍真も八鶴の後をついて行くように階段を下りて行った。


 階段を下りてその公園にたどり着くと、より一層、人の声や足音がぐっと近くに感じた。

 土の匂い、ボールや設備の人工的な塗料や皮の匂いと、その音たちが混じりあうその公園は、上から見た時と違い、どこか混沌としていて、そしてより、人がそこに居る感じがした。


「……なんか、人多いっすね」


 ふと、龍真が八鶴にそう話しかけると、八鶴は少しだけ顔を悲し気にゆがませて首を縦に振って答える。


「いや、そう見えるだけだ。この公園を使う人も、年々減っている」


「そう、すか」


 変なこと聞いた。龍真は自分のせいで気まずくなってしまった空気をどうにかするべく、話を無理やり今日の目的の方にすり替えた。


「そういえば、その鷹雄とかいう奴は何処にいるんですか?」


 龍真がそう聞くと、八鶴は「あぁ、そうか」と失念した様に言葉を漏らすと、


「すまない。言うのを忘れていた」


 と、小さく謝罪した後、少し遠くにあるサッカーコートを指さして、言った。


「あそこのサッカーコート……、さっき話した、強豪チームが使っているコートにいる。今日尋ねる予定のそいつは、チームの元レギュラーだ」


「…………やりづら」


 龍真のつぶやきは、八鶴が黙殺した。



||||||||||||||||||



 コートに誰かが入ってくることは、そこまで珍しくないのだろうか。八鶴と龍真が、特に何も気にせず彼らのテリトリーであるコートに入ってきても、彼らは一瞥もせずに練習を続けていた。

 サッカーコートの外。大量のスポーツドリンクやエナメルバッグが置かれているベンチを素通りし、八鶴はすたすたと、コートの中の唯一の大人の方に歩を進める。

 大柄な男は、ただ黙ってじっ、と彼らの練習風景を見ていた。

 禿げ上がった頭に、気難しそうに結ばれた口元に、鋭い目つき。一歩、龍真は彼から距離を置いたが、八鶴は特に気にする様子もなく、彼に話しかけた。


「すみません、コーチ。時間、よろしいでしょうか」


 コーチ、と呼ばれたその男はハッと顔を上げると、八鶴の顔を見て、嬉しそうに顔をほころばせた。


「おぉ、八鶴じゃねぇか。久しぶりだな」


「はい。お久しぶりです。突然すみません」


 コーチはそのままゆっくりと腰を上げて、八鶴の方に近寄る。

 背丈は八鶴の方が若干高いが、威圧感はどちらかと言うとコーチの方が強い。龍真にとっては苦手な人種だ。思わず一歩距離を置こうとした矢先、龍真は彼と視線を合わせてしまう。


「……ん? 八鶴。そいつは?」


 八鶴の影に隠れるようにしていた龍真を顎でさして、八鶴に示す。


「こいつは自分の後輩の親戚です。企画を手伝ってくれてるんですよ」


 あっさり何の表情を変えず、八鶴は彼に嘘を伝える。

 コーチの方は八鶴の言ったことを疑う事はせず、あっさりと「そっか」と話を流すと、そのまま、


「じゃあ鷹雄ん所に連れてくわ。ついてきな」


 といって、コートのさらに奥の方へと八鶴たちを案内した。



 その少年は、龍真の本当の年齢と同じ、高校生と行った所の年だろうか。

 少年は、じっ、と前かがみにコートで練習をしているチームメンバーたちの動きを見ていた。

 どこか切羽詰まったようで、射抜くような視線は、周囲を無条件に緊張させる部類のモノで、龍真はどうしても、やりづらくなってしまう。


「おーい、鷹雄。お前ん所に用事だってよ」


 コーチがそう呼んで初めて、鷹雄、と呼ばれた少年は顔を上げた。

 どこか気の抜けない、追い込むような、追い詰める様な目つき。龍真よりかは若干背丈は高く、体つきは、がっちりしていると言うよりかは、しなやかでしゅっとしていた。

 次に目に付くのは、その右足に巻かれた痛々しいギプス。骨折だろうか。彼の脇には一組の松葉杖が置かれている。


 鷹雄が立ち上がろうと松葉杖に手を取ろうとした瞬間、八鶴が小さな動きでそれを制した。

 

「……お久し振りですね、雀鷹谷先輩」


 不満げな声。しかし八鶴にとって、そのぶっきらぼうさはいつもの事なのだろう。軽く肩をすくめてその言葉を軽くかわすと、


「そちらも、久しぶりだな。鷹雄。怪我の具合はどうだ?」


 と、挨拶を返す。

 鷹雄は忌々しげに首を振って答える。


「見ての通り、よくはないですよ。全く」


「そうか」


「そうです」


 何処となく、二人の会話の感じが似ているような気がする。居心地が悪くなったのか、いつの間にか、背後にいたコーチは居なくなっていた。

 向き合う八鶴と鷹雄と、その後ろにいる龍真。

 

「…………」


「…………」


 しばらく、二人とも互いのことをうかがうように黙っていたが、やがて、鷹雄の方から口を開いた。


「で、なんなんですか。まさか冷やかしに来たわけでもないでしょう?」


 そういわれた八鶴は、「そうだな。すまない」と短く謝ると、小さく咳ばらいをして、話を切り出した。


「お前に提案があってここに来た。……鷹雄。骨折の合間の休息にと思って、我々の企画を手伝ってはくれないだろうか。こちらとしても、お前の方としても、悪い話ではないはずだ」


 なんだその言い方……。と、龍真は一瞬いじけて体をゆする。

 当の誘われた本人、鷹雄はほんの少しの間だけ黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……いえ、結構です。必要ありません」


「そうか」


 勧誘が断られたことに関して、八鶴は大したリアクションを見せなかった。

 逆に、そうだろうな。と言ったような、あきらめにも似たため息をついて、


「理由を聞いてもいいか」


 と、鷹雄に問いかける。

 問われた鷹雄はあからさまに迷惑げに視線をそらした後、重々しく、口を開いた。


「別に……、ただ、興味がないだけですよ。それに、その時間があるならグラウンドに居ていたいですから」


 ふい、と鷹雄は八鶴の方から視線を外した。

 もう話しかけないでくれ、という言外の要求。八鶴はそれを拒まず、


「そうか……、分かった。失礼したな」


 というと、龍真に小さく目配せをして、そのグラウンドを後にした。


 短く、端的なやり取りだったものの、いや、だからこそ、龍真の心の中には、妙なわだかまりと、苦い後味が広がっていた。

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