第2話「最弱不死と破壊の魔神(2)」

 ドラゴン。


 それは、作品媒体によって違いはあるものの、基本的に普通の人間が絶対に太刀打ちできないとされる、最強のモンスターの一角である。


 闇を切り取ったかのように黒く硬そうな鱗。


 人の命なんて簡単に蹂躙できそうな、鋭い爪と牙。


 蝙蝠のような翼を広げたその巨大な体躯は、まさにファンタジーゲームのラスボスと呼ぶに相応しい威圧感を放つ。


 そんな存在が今、俺の目の前で――。


『うっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! 人間のクセに、わっちを笑い殺すつもりか貴様は! うははははは!』


「…………」


 目に涙を浮かべながら腹を抱えて笑い転げていた。


 何故ドラゴンがこんなに笑っているかというと、きっかけは俺のある行動だった。


 その行動とは、俺の世界で広く知られる最上級の謝罪方法。


 土下座である。


 その辺のモンスターにすらエンカウントした瞬間に逃げの一手だった俺が、ラスボス級のモンスターであるドラゴン相手に敵(かな)うわけがない。


 かと言ってここは谷底。逃げ切れるわけがないと判断した俺は即座にドラゴンに向かって土下座し、今までの非礼を詫びたのであった。


 その情けない俺の姿がどうやらドラゴンのツボにハマったらしく、かれこれ一時間近くあの状態だ。


 ……さすがに笑い過ぎだろ。


「ええっと、聞いてもいいですか? ここって、俺が落ちたあの谷底ですよね? なのに、なんで俺は生きてるんです? まさか、奇跡的に助かったとか?」


『はぁ、ひぃ……んあ? そうじゃ。貴様が言うように、ここはお前が落ちた谷底で間違いない。じゃが助かったというのはちょっと違う。正確には、死んだ貴様をわっちが助けた。じゃ』


 ドラゴンが涙を拭きながら答える。


 死んだ俺を助けた……?


「それってその、ザオ〇ク的な死者を蘇らせる蘇生魔法みたいなのでってことです?」


『ほう? 今の世にはそんな命を軽くする魔法があるんかや? じゃが、わっちは生憎と今の世の魔法の知識はさっぱりでな。故に、貴様にわっちのとっておきのレアアイテム。"エリ草"を使っただけじゃ』


 …………。


「…… "エリ草"? あの、すいません。"エリクサー"じゃなくてですか?」


『なんで最後を伸ばす。"エリ草"とは、飲んだ者のあらゆる傷を癒し、その命すらも蘇らせる力を持った究極の薬草じゃ。まあ、貴様が知らぬのも無理ない。なんせ創世の神達があまりに危険だとして即座に回収した超超超超レアアイテムじゃからな』


 なんだそれ。ふざけた名前の癖に、効果はまんまエリクサーじゃん。


 とはいえ、そんな凄いレアアイテムを俺の命を助ける為に使ってくれるなんて……。


 このドラゴン。見た目は邪竜って感じだけど、もしかしてすごくいい奴なのでは?



『まあ、わっちが死にかけの貴様にエリ草を大量に飲ませ過ぎた結果。貴様は不死の体になってしまったみたいなんじゃがな』



 そう言って、テヘペロっと舌を出すドラゴン。


 訂正。このドラゴン、もしかしてただの馬鹿なのかもしれない。


「ちょっ、はぁ⁉ 不死の体って……。じゃあ俺、今ゾンビってこと⁉」


『ゾンビ……? アンデッドグールの事かのう。まあ似て非なるものじゃ。違うことと言えば、アレは死者で貴様は生者という点じゃな。アンデッドグールは死者が故に痛覚が無く、何度でも蘇るが、神聖魔法で浄化すれば蘇らん。対して生者である貴様には痛覚があり、致命傷を負えば当然死ぬ。じゃがエリ草の力で不死である貴様の場合は、神聖魔法を使われようが体が爆散しようが、どんな死に方をしても何度でも蘇る。まあ、要するに死ななくなっただけということじゃな。喜ぶがいい。偶然とはいえ無敵の力を手に入れたことを!』


「何一つ喜べねーし、死ぬんだから無敵じゃねーよ!」


 つまりあれか?


 この馬鹿ドラゴンがミスったせいで、俺の体はゾンビの下位互換みたいになったと。


 ……ぶん殴っていいかな?


「はぁ……。まあ、うん。色々と言いたいことはあるけど、結果的に命を助けてもらったのは事実だよな。でも、なんでエリ草なんてレアアイテムを使ってまで、俺の命を助けたんだ?」


『クックック……。知りたいか? わっちが何故、大切にしていた"エリ草"を使ってまで貴様を助けたのか……』


 ドラゴンが怪しく笑う。


 そういえば、コイツ。さっき自分の事を破壊の魔神だとか言ってたよな。


 ということは、まさかとんでもない代償を言い渡してくるつもりなのか?


 思わず身構える俺に、ドラゴンは言った。


『話し相手が、欲しかった……』


 ぽつりと、寂しそうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る