惨劇

 オレはチベット村へと急いでいた。

 王都まで行くには1日はかかるとみて、入学試験の前日である今日に家を出発したのだ。

 馬車で行く時間も考えれば、午前のうちには村についていたい。

 そんなことを考えながら歩いていると、村が見えてきた。

 ようやく、一息つけそうだ。

 しかし、オレはすぐに自分の目を疑うことになった。


「なんだこれは?」


 30近くある家屋かおくが半壊しており、所々ところどころから火も出ていた。

 村人も数人倒れて血を流している。けが人の近くには剣や弓が落ちていた。


(もしかして、何者かに襲われたのか?)


 一番近くに倒れていたけが人のそばに駆け寄ると、声をかけた。


「大丈夫か?」


 その声に反応して目を開けると、上体をおこし声を絞り出した。


「ぐっ…っ、き、君は…?」


 話せるようだ…よかった、命に別状はなさそうだ…。


「通りすがりの旅の者だ。それより何があったんだ?」


「ま、魔物が村に襲いかかってきて…。俺たちも必死で応戦したんだが歯が立たず………村の食料を食っていっちまったんだ…っ」


 そう言い終わると、ぐたっと倒れて気を失ってしまった。血を流しすぎたんだろう。



 オレはけがをしている人をそっと動かし、一箇所に集めた。

 そしてけが人全員に《治癒魔法》ヒールをかけた。

 けが人が倒れている上空に魔法陣が浮かび上がる。

 神秘的な緑の光を放ち、村人たちのけががみるみる治っていく。


「ゔぅ……、ん?あれ?痛くない!?」


「おぉ!けがが治ってる!?痛くないぞ!」


 声を上げて、けが人たちが次々と起き上がる。

 その内の1人がオレに気づいて声をかけてきた。


「もしかして君が治してくれたのか?」


 うなずくと不思議そうな顔でこちらを見てきた。


「ありがとう、君は一体……?」


「ガゼル・レイヴァルド。魔法騎士を目指す通りすがりの旅の者です。馬車に乗せて欲しくてこの村に来たんです」


「そうだったのか…すまないね、こんな有様で…。自己紹介がまだだったな。俺はレイクだ」


 申し訳なさそうに謝り、自己紹介してきた。


「いえ、いいんですよ。死傷者が出てなくて良かったです」


 オレは怪我が治った人たちを見渡し、そう答えた……ん?

 オレはもう1度周りを見渡し異変に気付いた。

 周りを見渡すと男ばかりで、女や子供の姿がない。

 けが人を運ぶときも男ばかりで女や子供の姿はなかった…。


「女性や子どもの姿が見えないようですけど?」


「あぁ、それなら心配いらないよ。妻と子供は見つからないようにクローゼットの中にかくまっている。他の家も見つからないように隠れさせているようだ。魔物達は知性がない動物みたいな奴らだから、見つからないだろう」


 なるほど。女子供は隠して男達だけで戦っていたというわけか。

 すごいな、これが家庭を守る親の覚悟というやつか…。

 感心していると、いきなりバンッと勢いよく扉が開く。


「大変だっ!うちの妻と子供がいなくなっているんだっ!」


 怪我が治り、家の様子を見に行っていた男の声が部屋に響きわたった。


「なんだとっ!……まさかっ…」


 レイクはとび起きて、急いで自分の家に向かう。オレもその後を追いかける。

 家の扉を勢いよく開き、心配そうに1歩1歩クローゼットに近づく。


「エレノア、レイモンド、父さんだ…あけるぞ……っ!」


 当たっていて欲しくない予想は、残念ながら当たっていた。クローゼットの中はもぬけの殻だった…。

 オレは真っ先に浮かんだ推測を口にする。


「まさか…魔物達に食われ―――」


「それはないっ!」


 悪い予感を振り払うようにレイクが声をあげた。


「食われていれば、血痕がどこかに付着しているはずだ!」


 かすかに残る一筋の希望の糸をレイクは握りしめ離さなかった。妻と子供は生きていると主張する。

 確かに、血が一滴も残っていないのは不自然だ。


「だとすれば…まさか、魔物達が連れ去った?」


 オレは半信半疑ながらも、そう口にした。


「その可能性が一番高いだろうな」


 レイクはそう結論を出した。

 しかし、レイクもその結論に疑問を持っているようで、


「そんな知性が魔物にあるとは考えにくいが…」


 そう付け足す。

 オレはひとしきり考えを巡らせると、考えを改める。

 いや……ある、魔物に知性を持たせる方法が…。

 もしそうだとしたら…少し厄介なことになるかもしれないな。

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