魔法少女sick jewels

佐藤 損軒

第1話 彼女達

 お城を支えている大きな石柱せきちゅうの一つに、くさり付きの鉄の輪がくくりつけられています。

 そして、その鎖の先にはサイズの違う鉄の輪がありまして、今は僕の左手の手首につけられています。

 ……本当はそうじゃなかったんですけど、何て言うかこれはもう、手錠てじょうです。

 鎖の余裕よゆうは少ししかなく、柱からは小股で二歩ぐらいしか動けません。外に通じる大広間の石柱の一本ですので、繋がれた以上逃げることも隠れることも出来くなくなっています。

 と、こんな形で拘束こうそくされてしまっている僕ですが、悪いことをしたからではありません。

 むしろ、その逆です。

 何せ手錠を付けてくれたのは、魔法少女なんですから――


―――――――――――――――――


 僕のいた世界に、彼女達八人の魔法少女は突如とつじょとして現れました。

 彼女達が現れたのは、とある化け物を追ってきたからなんです。

 彼女達が追ってきた化け物のせいで、僕の生まれた国は大被害をこうむっていました。

 それから十日後、彼女達は僕のいた国の最大戦力と協力し、化け物の退治に成功しました。

 そうです。成功してしまったんです。

 それから、僕は彼女達と共に、この得体の知れない異空間へとやってきてしまったのです――


――――――――――――――――― 


 魔法少女共に生活をしてはいますが、僕はどこにでもいる何の能力もない、極普通ごくふつうの一般人です。

 ならどうして捕まっているのか? その魔法少女という存在に悪さでもしたか、さもなくばその魔法少女が悪で君は被害者なのか? 

 そう思われるかも知れませんが、僕は被害者でも捕まっているわけでもありません。

 ……まぁある意味、被害者なのかもは知れませんけど……

 とにかく、この手錠は身柄を拘束するものではないんです。この手錠は、法律と同じなんです。

 僕の行動を制限してしまってはいますが、この手錠が争いを抑制してくれて、結果僕を守ってくれているんです。

 どういうこと?

 と思うと思いますので、丁度ちょうど彼女達も身を綺麗きれいにして戻ってきたところですので、何が起きるのかは見てもらった方が早いです。


 身嗜みだしなみを整え、僕のいた世界の服に着替えてきた彼女達は、目の前に一列に並んでいきます。

 一番手は彼女達のリーダー、黄金比おうごひで作られた嘘みたいな美貌びぼうと身体の持ち主の、グランディディエライトさんです。 


「では失礼するぞ、藤堂とうどう

「は、はい」


 親鳥がひなを包み込むように、白くて細くて長い腕が、僕の両肩に回されます。


「あわ、あわわわわ……」

「ふぅ、やはりいやされるな。コレは」


 ほほに口付けをするみたいに、グランディディエライトさんが耳の裏辺りの臭いをいできます。

 超、接近されてしまっています。

 彼女の懸命けんめいに臭いを嗅ごうとする呼吸の音が、耳のすぐそばで聞こえてきて脳がとろけそうになってしまっています。


 考えるな僕! これはただの呼吸! 何も考えるなぁ! ……あっ。


 僕より、グランディディエライトさんの方が身長が高いんです。つまり、彼女は今腰を折って僕に抱き付いてくれています。そして、彼女は一枚の青い布で作られたような、上半身がかなりオープンなドレスを普段着にしています。

 つまり、初めは軽い接触だけで意識せずに済んでいた女性特有の二つの神秘しんぴが、しっかりとした感触で僕の肩にぶつかっているということなんです。

 

 あっ……しずまれ、鎮まれぇ~!


 何がかはお答えできません。察して下さい。


「あぁ、やはり藤堂は不思議な香りがする。落ち着くようでありながら、どこか興奮するような、矛盾する香り……。出来ることならこのままずっと…………いや、何でもない」

 

 グランさん!? 耳元でそんなことささやかないで下さい! 僕は今頑張って耐えている真っ最中なんですよ!?

 

 大人らしい落ち着いた声が、男なら誰だって勘違いしたくなる言葉を囁いてきました。でも勘違いしてはいけません。

 彼女達は別の世界の人間です。僕の世界の常識、特に恋愛に関するものは一切持ち合わせていないんです。ですので、それらしい言葉の一つ一つを真面目に受け止めていたら、命がいくつ有っても足りません。絶対に、勘違いをしてはいけません!


 ……でも、真面目なグランさんなら、


「Hey グラン。もう魔力は回復してるはずデス、いつまでダーリンとそうしてるつもりデスカー?」


 はっ!? 危ない危ない……

 って、今の声は!


 グランさんの右肩に、後ろで並んで待っている彼女の四本の指が、しっかり喰い込んでいました。


「カナリートルマリン……」


 グランさんが喋る前に、小さく舌打ちが聞こえてきたような気がしたのは、たぶん聞き間違えです。

 

「ほらグラン、次がつかえてマスヨ。さっさとミーと変わるネ」

 

 グランさんは背筋を伸ばし、僕の両肩に手を置いてゆっくり後ろを振り返りました。

 青く、光を反射した水面のような長髪が、僕の顔を撫でていきました。そうして、グランさんはカナリーさんを真っ直ぐに見据えました。

 対してカナリーさんは、首を傾げ黄色のロールした髪を揺らし、笑顔でグランさんを出迎えていました。

 青と黄。リーダーと副リーダー。二人が睨み合い、無言の重い時が流れていきます。

 ……また、喧嘩が起きてしまうのでしょうか。


「……ふむ。確かに、言われてみれば魔力は回復していた。交代、するべきだな。……では、名残惜しいが藤堂。また今度だ……」


 不意にこちらに向き直り、耳に唇を当ててきたグランさんはそれだけを呟き、潔く僕から離れていきました。

 さすがは彼女達のリーダーです。こんなにあっさり僕を次の人にゆずるのですから、すごいです。

 そんなグランさんだからでしょう。僕は何となく、その後ろ姿に向かい手を伸ばしてしまっていました。


「……Hey ダーリン。今はミーとの時間デスヨ?」

 

 逃がさないと言いたげに、満面の笑みのカナリーさんが僕を背後から持ち上げてきました。

「痛っ」

 持ち上げられてしまい、途中で鎖が伸びきり左手が引っ張られ、声を上げてしまいました。


「ワッツ? アォ、Sorryダーリン! 大丈夫デスカ!?」

「あ、はい。……大丈夫、です」

「オー、良かったデス。……にしても、ホントにムカつく鎖デース。こんなの、ぶっ壊してしまいたいネー……」


 僕が声を上げた瞬間、正面から背筋がゾクゾクする謎のエネルギーを大量に浴びせられてしまいました。

 多分、漫画とかでいう殺気というのは、この謎のエネルギーのことをいうのかも知れません。

 ちなみに、背筋のゾクゾクはまだ続いています。


「ケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言ったケースケが痛いって言った」

「ちょっとカナリーさん。何してくれちゃってるんですかぁ?」

「あの黄色……ァ、アホか、○ね……」


 あぁ、これは、さっきよりヤバイ状況になっています……


 僕が「痛い」と言ってしまったばっかりに、並んで待っていた皆が“病んで”しまったようです。

 しかも、カナリーさんの次に待っているのは……


「おいカナリートルマリン。てめぇ、俺のトードーに何してくれてんだよ!」

「「「「は、俺の?」」」」

 

 赤髪の彼女の一言で、広間の空気が一変しました。

 黄色と赤。それとピンクと黒と緑の光が、彼女達一人一人から発せられてしまいました。

 彼女達が発光するのは、魔力を使っている時です。それも、大量に消費している時だけなんです。

 つまりこれは、大乱闘が始まる予兆、ということです。


 それにしても、魔力を補充する為に並んでたはずなのに、どうして消費をしないといけないんでしょうか? 彼女達魔法少女の思考回路はやっぱり、不思議です。でも……うん、こんなのは間違ってます。こんな無益な争いを認めてはいけません!

 普段、彼女達に守ってもらってばかりいる情けない存在の僕ですが、言うべきことは言います! だって、僕は男ですから! 女の子が傷つけ合う姿なんて見たくないんです!

 と、覚悟を決めて意見しようとした僕でしたが、

「ンギュ!?」

 カナリーさんがクマのぬいぐるみを抱きかかえるみたいに、僕をひっくり返して抱き締め直してしまったんです。

 顔に、二つの柔らかいものを押し付けられて、呼吸するのも困難な状態です。

 

「おいカナリー、てめぇ、挑発のつもりか? だとしたら……大成功だぜ」 


 スポーツブラにすごく短いデニムという、小麦色の肌を激しく露出させている赤い短髪の彼女。パイロープガーネットさんが火の玉のように髪を逆立ています。

 これは、彼女が激ギレしている時になる髪型なんです。

 

「最後のチャンスだカナリートルマリン。トードーをてめぇのその汚ぇ皺くちゃの胸から出せ。今すぐ出すんなら、特別に半殺しで許してやる」

「ハン、離すわけないデショ。バカデスカ? まぁ、ダーリンを痛がらせてしまったことは素直に謝りマス。デスが、魔力補給は今ミーの番デス。交代するつもりもダーリンを離す気もありまセン。それに、ダーリンはパイロープのじゃなくミーのダーリンデース!」

 

 状況が状況なら、下半身と闘わなければいけない状況なんですけど、とてもそんな気分にはなれません。

 僕を抱き締めながら不適に笑う美人なお姉さんと、不良チックにキレてる胸の大きいスポーツ少女が睨み合っているんですから、胸の感触に興奮してる暇なんてありません。身の危険を感じることで精一杯です。

 

「そうかい……なら燃え死ね! カナリートルマリン!」


 拳を燃やし、殴りかかってきたパイロープさんでしたが、


「Shut up idiot! ダーリンごと燃やす気とか、一回脳ミソ取り替えてやるデスこの牛乳女!」

 

 突然現れた透明な蜂の巣状の物体に、拳を止められてしまいました。


「チッ、防護壁なんて出さねぇで素直に殴られやがれカナリートルマリン!」


 パイロープさんを止めたのは、彼女達が防御の際に使う魔法防護壁です。まぁ、簡単にいえばバリアですね。

 防護壁の色は黄色です。つまり、これを展開しているのはカナリーさんということになります。


「……本気ですネ。信じられマセン」

 

 カナリーさんから、笑顔が消えました――

 オラオラオラと、拳に力を込め、防護壁を押し込んでくるパイロープさん。彼女の拳は燃えていることもあり、熱と腕力で少しずつ防護壁を歪めていきます。

 それを、カナリーさんは冷たい瞳で見つめていました。


「ダーリン。悪い子に花を咲かせますので、ちょっと目を閉じていてくだサイ」

「え!? ダメです! それはやり過ぎですカナリーさん!」

 

 力を振り絞り叫んだ僕の声も、カナリーさんには届きませんでした。

 パイロープさんの引き締まった脚に、カナリーさんの視線が注がれます。


「Ben」「そこまでだ」


 一瞬の出来事でした。

 二人の間に、グランディディエライトさんが割って入ってきたんです。

 しかも現れたその時にはもう、左手でパイロープさんの燃えている手を捻り上げ、右手は防護壁をあっさり突破してカナリーさんの目を塞いでしまっていたんです。


「まったく。貴様等、魔力補給で魔力を消費してどうする!? ここで今あの怪物共がやってきたらどうするつもりだ!!」

 

 リーダーであるグランさんの一喝いっかつに、二人と奥で小競り合いしていた三人も黙り込んでしまいました。


――――――――――――――――――  


 残りの皆さんと握手をし、魔力補給を終えた僕は、今日も無事に自室へ戻ってこれました。

 

 今日も大変な一日だったけど、全員無事で良かった……


 僕達が迷い込んだこの世界には、昼や夜といった概念がいねんはありません。某有名テーマパークのお城を模して創造つくったこのお城から一歩外に出れば、常識の埒外らちがいの世界が広がってさえいます。

 城の外にあるのは隕石のように浮かんでいる幾つかの塊と、色んな絵の具をぶち撒けたかのような、んにょんにょしている空間だけなんです。

 ここを彼女達魔法少女は、「終極空間しゅうきょくくうかん」と呼びます。

  

 疲れているのでしょうか。何だか、眠くなってきてしまきました。


 こんな世界に来てしまった僕ですが、特に、後悔はしていません。

 元いた世界の住人の一人として、彼女達に贖罪をしなければいけないので。

 それに、戻ったところで……


 ……ダメですね。まぶたが重いです。

 僕にはもったいない豪華なベッドに入り、大きなシャンデリアがぶら下がる天井を見ながら、今日も何に対してか分からない祈りを捧げます。


 今日も全員無事に、一日を終えられることに感謝します――


 こういった感じで、僕の一日は終わります。


 ですがこの後、目を閉じ意識を手放してしまった僕は、誘拐ゆうかいされてしまうんですけどね。

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