第75話 名乗る程の者ではございません


 お母様は、ツェリーナ姉様と共に、竜の血のドレスを着ていました。それに、ツェリーナ姉様と示し合わせたかのような発言もあり、今更ツェリーナ姉様の独断でやっただなんて、誰も信じませんよ。

 とはいえ、こちらも証拠がないと言えば、証拠がありません。でも、証言ならあります。ゼンなら、全てを話してくれるはずです。


「ゼン。お前に協力した者は、他にもいるのではないか」


 私と同じ考えを持つ父上が、ゼンに対してそう尋ねました。


「へへ。いえ、いませんよ。だぁれも。オレはただ、ツェリーナ様に協力しただけですからね。全て、ツェリーナ様が考えた事ですし、ツェリーナ様だけが、この倉庫に出入りしていました。他の協力者は、誰もいません」


 しかし、予想に反して、ゼンはそう証言したのです。

 どうやら、ゼンとお母様は、最初からそうする手はずを整えていたようです。いざとなったら、ツェリーナ姉様を差し出し、生贄に捧げ、お母様にだけは、危害のないようにする……。


「ゼン!あんた、嘘を吐くんじゃないっ!全ては、お母様が仕組んだことでしょうが!お母様が妖精を浚ってきて、お母様が、他国に根回しして魔術師を送れないようにした!この場所だって、お母様が見つけた場所だって、あんたも言ってたじゃない!」


 その事を知らされていなかった様子のツェリーナ姉様は、ブチ切れました。目を見開き、額に血管を浮かばせながら、ゼンに向かって怒鳴りつけます。その怒り方は、父上そっくりですね。

 でも、怒ったツェリーナ姉様の暴露と、その尋常ではないキレ方で、やっぱりお母様が首謀者だったんだなと、よく分かりますよ。


「いやぁ……記憶がないですねぇ。それよりも、そんな根も葉もない事を言って、メティア様を嵌めようだなんて……あんた一体、何を企んでるんですかい?」


 それまで、へらへらと笑っていたゼンが、鋭い視線でツェリーナ姉様を睨みつけました。


「ち、違う……!私は何も企んでいない!本当の事を、言っているだけよ!お、お母様!」

「なんと、見苦しい……。このような惨劇を起こした者に、傾ける耳はありません。皆も、良いですね。この愚かな娘に、一切耳を傾けてはいけません」

「……」


 最後に、縋るようにお母様を見て言ったツェリーナ姉様ですが、何も変わりません。お母様は、冷たくツェリーナ姉様に言い蜂ました。

 お母様に裏切られた事が、相当ショックだったのでしょう。ツェリーナ姉様の頬に、涙が伝い、項垂れてしまいました。兵士たちに拘束されているので、倒れる事はありません。

 私はそれをみて、複雑な気持ちになります。私には、ツェリーナ姉様の気持ちが、分かります。私は、たった今裏切られたツェリーナ姉様自身に、裏切られているから……だから、家族に裏切られる事が、どれだけショックな事なのか、分かってしまうんです。


「──お母様。お母様は、本当に、この件に関して関わっていないのですか?」

「ええ、本当よ。グレアも、疑って本当にごめんなさい。まさか、ツェリーナがここまでの規模の事をしているなんて、思いもしなかったの。貴方の言葉を信じられなかった自分が、恥ずかしい……」

「……」


 そう言って、私に向かって頭を下げてくるお母様に対して、私は嫌悪感を感じ、思わずゼンにしたのと同じように、殴り飛ばしたくなります。でも、証拠がないのも事実。頼りのゼンも、きっと素直に話す気は全くありません。

 そんな私の肩に、オリアナが手を乗せてきました。


「国王様。まずは、妖精たちを解放しましょう。話はそれからでも、遅くはありません」

「……そうだな」


 オリアナの提案に、父上は頷きました。今も、妖精たちは壁に貼り付けられ、苦しんでいます。それを解放するのが先決だという事に、誰も異論はありません。


「そ、そうですね!早く、皆を解放してあげましょう」

「おっと。そいつは、困りますね……」


 そんな私たちの行動を止めたのは、ゼンでした。


「退け、ゼン」

「まぁ、話を聞いてください……。この世界は、あんたらが知ってる世界とは、ちょーっとだけ違うんですよ」

「裏の世界、というヤツの事か」

「おっと、知っていましたか。そう、その、裏の世界なんです。この世界は色々と複雑で、あまりにも崩れやすく、脆い。下手をすると、今この瞬間にも崩れて、オレ達はこの世界から元の世界に戻れなくなる可能性があるんです。そうなったら、表の世界からやってきたオレ達は裏の世界に閉じ込められ、表の世界では別の自分が、自分に成り代わる……なんて事がおこっちまいます。そうならないためにも、妖精たちは必要なんですよ。この空間はね、特に特別なんです。表の世界と重なりながらも、裏の世界とは別に存在している。全く同じ場所にあるのに、この場所は裏にしか存在しない。それもこれも、この妖精たちの力のおかげなんです。妖精の力により、裏の世界にしかない場所にいながらも、表の世界と繋がっていられる。そんな危なげない状況にあり、そんな場所から妖精がいなくなると、どうなると思います?」

「表の世界との繋がりが途切れてしまい、今貴方が言ったような状況に陥ってしまう、という事ですね」

「その通り……ところで、あんた誰だ?」


 父上の代わりに、答えを言ったレストさんに、ゼンが尋ねました。ゼンは、メリウスの魔女であるレストさんを、知らなくて当然です。


「名乗る程の者ではございません。ところで、ゼンさん。貴方は妙に、この裏世界の事に関して、詳しいですね。どうして、妖精がいなくなったらどうなるとか、表の世界から分離されたら、帰れなくなることを知っているんですか?失礼ながら、見た所魔法に関しての知識が、深いとは思えません。しかも、裏世界に関しての事は、この世界の禁忌として、詳しく知る者はごく一部の、禁書録を目にした者くらいのはず……ただの魔術師ですら知りえない情報を、魔術師でもなんでもない者が知っているのは、違和感しかないのですが」

「さぁ、どうしてでしょうねぇ」


 どうやらゼンは、答える気がないようですね。レストさんの話を受け流し、ふらついた足で、部屋の隅のイスに腰かけました。国王を差し置いて、自分だけがイスに座るとは何事かと思いますが、それを咎める者はいません。彼の足はフラついていて、本当にいつ倒れてもおかしくないくらい、酔っていますからね、この人。

 でも、妖精たちを助けない訳には、いきません。私は、ゼンの言う事を無視して、壁に磔にされていた一体の妖精に、手を差し伸べました。板には磔にされていますが、板自体は固定されていません。なので、ちょっと浮かせて引っ張ると、簡単に壁から外すことができました。どうやら、板の後ろのフックで、壁に引っ掛けられているだけのようです。


「グレア様、話を聞いてましたか?そいつらを逃がしたら、帰れなくなりますぜ」

「……そんなの、知りませんよ。私は、妖精たちを助けるために、ここに来たんです。そう、約束をしたんです。だから、助ける。それだけですから」

「……騎士たちよ。グレアを手伝ってやれ。妖精を解放し、自由にするのだ」


 父上の命令に、父上の私兵も、私に続いて妖精を壁から外してくれます。それから、妖精の胸に打ち付けられた釘を、部屋にあった道具を使い、器用に外していきます。私と違い、力のある兵士たちは効率がよく、手を出す隙がありません。私に手伝える事といえば、壁から妖精を下ろす事くらいです。オリアナとレストさんも、そんな私を手伝い、妖精を壁から下ろして行ってくれます。


「あーあー、知りませんよ……」


 自由の身となった妖精達が、次々に飛び立ち、部屋から姿を消していきます。憔悴したり、手足の砕かれた者は、動ける者が手を貸し、助け合って飛び立っていきます。

 ただ、妖精たちから見れば、私たち人間は、全員敵です。解放してくれた騎士たちに、牙を向く者もいました。それでも、騎士達はそんな妖精に手を出すことなく、黙って受け入れます。自分たちと同じ人間がしてしまった事を、目の前で見たばかりだから、反撃をする気も起こらないようです。


「ち、父上!ゼンの話が本当なら、オレ達はここに閉じ込められてしまいます!妖精たちを逃がすのはやめて、一旦捕獲しておきましょう!」


 怖くなったのか、呆然としていたオーガスト兄様が、父上にそう縋りました。でも、父上は黙って、命令を撤回しようとする素振りは見せません。

 オーガスト兄様を無視した父上は、代わりにお母様の下へと歩み寄ります。妖精を解放しようとする私たちをよそに、何やら考え込んでいた様子の父上が動いたことによって、私たちの視線が集まりました。


「メティアよ。お前は本当に、この妖精たちの事を、知らなかったのか?」

「はい。何も、知りませんでした」


 お母様は、目の前に立った父上の目を真っすぐ見て、答えました。その堂々たる態度に、本当にお母様は知らなかったのではと、考えてしまいます。でも、ツェリーナ姉様のあの反応を考えると、その考えはすぐに飛んでいきました。


「ツェリーナ姉様」

「……」


 私がツェリーナ姉様の名前を呼んでも、ツェリーナ姉様は兵士に両腕を掴まれ、項垂れたままです。反応は、ありませんでした。でも、話は続けさせてもらいます。


「ツェリーナ姉様が、この事件に関わっているのは、明らかです。私を罠に嵌めた事も……でも私は、ツェリーナ姉様単独の指示であったと、考えてはいません。お母様も、ツェリーナ姉様と共に、妖精を監禁していたというのなら、今一度、お母様がツェリーナ姉様同様に、関わっていたと言う証拠がないか、よく考えてみてください」

「……ぷっ。あはははははは!」


 私の問いに対して、ツェリーナ姉様は、笑いました。

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