第73話 裏の世界
私の目に映る、魔法の流れは、足元へと続いています。床を突き抜け、更に下の階へと続いているんです。その先に、更に魔法の流れが続いていて、行きつく場所に、妖精はいる。間違いありません。
「グレアちゃん。見えますか?」
「はい」
私は、レストさんに尋ねられ、魔法が流れていく床の真上に立ち、その場所を示します。
それから、座り込んでその場所へと触れてみますが、おかしな所は見当たりません。でも、私と同じように座り込み、私の手の上に手を重ね、レストさんと共にその場に触れた、その瞬間でした。
一瞬、世界が歪んだかと思うと、次の瞬間。全く同じ場所に、私たちはいます。でも、魔法の流れが変わっていました。それまで、床下へと向かって流れていた物が、暗い廊下の向こうへと続いて流れて行っています。
「姫様。どうかしましたか?」
オリアナは、そんな異変に気付いていません。他の兵士たちも、父上も、特には何も感じていないようです。
ただ、目を見開き、呆然としているツェリーナ姉様は、別です。その変化に、明らかに気づいています。そして、その反応が示す物は、私とレストさんが、正解を導き出したと言う事です。
その正解が、なんだったのかは、レストさんが説明してくれるはずです。お願いします。そう思い、視線を向けたレストさんが、固まっていました。
「……レストさん?」
「コレは……」
せっかく正解を導き出したと言うのに、レストさんは喜ぶどころか、なんだか真剣な表情を浮かべて、酷く動揺しているようでした。
「ち、父上!もう、お遊びはここまでにして、上に戻りましょう!あの怪しい光の塊も消えましたし、ね!?」
「……わしには、何がおきているのかは分からん。だが、何か、妙だ。ここは、確かに我が城の地下倉庫。しかし、先ほどとは、空気が変わり果てた気がするぞ。原因は、なんだ」
父上は、それが何故かは分かっていないようですが、気づいているようです。だから、早く帰ろうと駄々をこね始めたツェリーナ姉様に、聞く耳も持ちません。
「──ここは、裏世界……。現実とは異なるのに、現実の世界とは重なって存在する、もう一つの世界です」
レストさんは、立ち上がりながら、父上の疑問に答えました。
「裏、世界……?」
「はい。魔法によって複製された、もう一つの世界です。恐らくは、グレアちゃんは知らず知らずの間に、その裏世界へと誘われてしまっていたんですよ。表の、本物の世界をいくら探したって、何もないずです。私はもっと、単純に隠し通路だとか、そういう物があるのだと思っていたんですが……コレはちょっと、予想外です」
レストさんは、そう言って冷や汗を流します。正解を見つけられたと言うのに、見つけた物が、あまりにも大きな物で、ちょっと委縮してしまっている。そんな感じに見受けられます。
「何が、裏世界よ!全然、見た目が変わってないじゃない!バカも休み休み言いなさいよ!ここは、ただの地下倉庫!何度見たって、何もない!だから、無駄!」
「……行くぞ。グレア。今一度、案内を」
「あ……は、はい!」
父上に言われて、私は皆の先頭に立ちます。
「ば、バカらしい!私は帰らせてもらうわよ!」
立ち去ろうとするツェリーナ姉様ですが、それを、兵士たちが阻止します。ツェリーナ姉様の前に立ち、行く手を塞ぎました。
「どきなさい。……どけって言ってんのよ!」
立ちはだかった兵士に、ツェリーナ姉様は、殴り掛かりました。でも、兵士はそんな攻撃に、ビクともしません。結果として、ツェリーナ姉様は、自分の手を痛めただけで終わりました。
「連れてこい」
「はっ」
「ちょ、ちょっと……!」
更には、兵士に両腕を掴まれて、その身柄を拘束されてしまいます。そして、強制的に付いて歩かされてしまいます。私はそれを見て、ちょっと楽そうでいいなと思ったけど、でもツェリーナ姉様の必死な形相は、そんな事を考える余裕はなさそうです。
「離せ!離さないと、殺す!私は、違う!何もないから……だから、離せぇ!」
「メティアよ。お前は、おとなしく付いてきてくれるな?」
父上は、ツェリーナ姉様に続き、お母様を睨みつけます。抵抗しようものなら、お母様も、ツェリーナ姉様と同じように、運ばれる事になるでしょう。
「お、お母様……何もないのなら、従いましょう。それで、父上も納得するはずです」
「……当然です。抵抗をする、理由がありません。この先に待っているのは、先ほども視た、何もない場所でしょう。ツェリーナも、何をそんなに慌てているのですか。もっと、慎みを持ち、堂々と静かにしていなさい」
不安げなオーガスト兄様に対して、お母様はあくまで冷静に、そう言い放ちました。そんなお母様の自信に、何かあるのではと察したのでしょうか。ツェリーナ姉様も、言われた通りにおとなしくなります。
「行きましょう、グレアちゃん……」
「はい」
私は、レストさんに促されて、歩き始めます。記憶の通りの道順をたどり、向かうのは、再び倉庫管理室長室です。
ゾロゾロと歩きながら進みますが、途中で、地下倉庫の警備の兵士たちと、すれ違います。彼らは、私たちに気づくと、敬礼をして、挨拶をしてきました。裏世界にいるという、私たちの姿が、彼らの目にも映っているようです。
「どういう事だ。今の兵士たちは、裏の世界にいるのか?」
すれ違った兵士たちが、私たちに挨拶をしてきたことに、疑問を感じたのは私だけではありません。父上が、レストさんにそう尋ねました。
「裏の世界と言っても、厳密にいえば、重なり合った世界ですからねー。裏にある物は表にもあり、表にある物は、裏にもあるんです。だから、表の世界にいる兵士たちには、私たちの姿が見えますし、裏の世界にいる私から、兵士の姿を見る事もできます」
「そう言うのであれば、わざわざ裏の世界に入らなくとも、我々は妖精を探せるのではないか」
「そうでもありません。裏にしかない物は、裏でしか存在しませんからねー。裏にしかない物を、表で探すのは不可能なんです」
「……よく分からんな」
私も、父上に同意です。裏にある物は、表にもあると、今レストさんが言ったじゃないですか。
「方法は、あるんです。表の世界の物を、裏の世界だけの物にする、方法が。裏の世界の物になってしまった物は、表には存在しません。そして、裏の世界だけの物になってしまったら、死や、破壊などといった概念からも除外される。永遠に残り続け、やがて、誰からも認識されない存在となり果ててしまいます」
「裏の世界、か……興味深い」
「興味を持ったからと言って、踏み入れてはいけませんよ。裏の世界は、その存在自体が不自然な物。うかつに踏み入れて、帰れなくなれば、お終いです。それに、裏の世界での出来事は、表の世界との差をうんでしまいます。極端な話ですが、裏の世界で私が貴方を殺したとして、表の世界での貴方は生きている。そうなった時、貴方は裏の世界では存在しない存在となりますよね」
「ふむ……」
「でも、貴方が表の世界で生きている限り、裏の世界にも貴方は存在しないといけないんです。その時、裏の世界に、新たな貴方が生まれてしまう。彼は、貴方であり、貴方ではない。でも、裏の世界から貴方と入れ替わる瞬間を、ずっと狙っているんです」
自分と同じ人間が、入れ替わる機会を、狙っている。想像しただけで、ゾッとします。
「い、入れ替わったら、どうなるんですか?」
「表裏が、逆転します。表の物が裏となり、裏の物が表となるんです……。その時生じた世界の歪みは、小さく見えて、凄く大きい。やがて、世界を崩しかねない、大きな物となり、世界に終焉をもたらす物となるんです。いいですか、ギレオン。裏の世界にだけは、手を出してはいけません。裏の世界を作る行為は、自分のみならず、世界を破滅へと導く行為です。もし手を出すと言うなら、殺しちゃいますからねっ」
笑顔で、殺すと脅すレストさんは、正直言って怖いです。更に、相手が国王だという事を、微塵も感じさせないその態度も、怖いです。
不敬罪で、いつ裁かれてもおかしくないくらいの、失礼な態度ですからね。娘の私だって、さすがにここまで失礼な態度をとったことはありません。
「……分かった。肝に銘じよう」
そんな会話をしながら、私たちは倉庫管理室長室へと辿り着きました。魔法の流れは、その扉の前まで続いていて、そこで途切れているようです。
父上は、その扉の前に立つと、迷うことなく、その扉をあけ放ちました。
開け放った瞬間に、私の鼻をついたのは、お酒の臭いです。それから、充満していた煙が、外へ出てきて、視界を一瞬、白く染めました。
「おんやぁ……これはこれは。国王様じゃないですか。それに……王族の方々が、揃いも揃って、こんな場所に……」
私たちを出迎えたのは、そんなやる気のない声の持ち主……汚いゼンでした。無精ひげを生やして、酒臭いし、たばこ臭い。キレイなゼンとは、全く違う風貌の男です。決して会いたいとは思えない、どうしようもなくだらしのない男ですが、今この時ばかりは、会いたかったですよ。
「お前が、グレアの言っていたゼンか」
散らかったその部屋は、私たちが先ほど見た倉庫管理室長室とは、様子が全く違います。本やファイルは雑に並べられ、床に乱雑に置かれ、書類が崩れ、酒臭く、たばこ臭い。全く同じ場所へと辿り着いたはずなのに、そこは全く別の場所のようです。
そんな倉庫管理室長室のイスに、深く腰掛けて、足を机の上に乗せて煙草をふかしているゼンに、父上が尋ねました。
「まぁ、そうです。オレが、本物のゼンですよ。へへ」
ゼンは、笑いながら煙草の火を消し、そして酔ってふらついた足で立ち上がり、父上に答えました。
その返答に驚いているのは、オーガスト兄様と、サリア姉様です。先ほどと全く同じ場所なのに、現れた人物も、部屋の様相も全く違う事に、驚きを隠せないようです。対して、ツェリーナ姉様は目を逸らし、お母様は冷静に、目を伏せています。
お母様が、何を思って、未だにあんなに余裕な態度を見せていたのかは分かりませんが、私たちは辿り着くことができました。
「わしが何故、ここに来たのか分かるか?」
「……ええ、大体は察しがつきますねぇ」
「では、妖精を出してもらおう。また、貴様と共同し、妖精を浚った者の名も、吐いてもらう。抵抗したり、吐かぬ場合は拷問をさせてもらうぞ」
「抵抗なんて、そんな事……しませんよぉ。全て、正直に話させてもらいます」
ゼンはそういうと、机の上のハンマーを手にして、奥の壁へと向かいます。そして、壁を軽く、ハンマーで3回叩くと、そこに通路が現れました。
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