第72話 妖精王


 声は確かに、ハクの物ですが、この白く輝く物体が、あのハク?私は、自分の掌に乗っているそれを、四方から観察してみてみますが、ハクの面影が、全くありません。強いて言うなら、色がハクと同じく、白いっていう事くらいですよ。


「グレアとは、メリウスの森で出会ったのだが……まぁ経緯は省くとして、つけさせてもらった。我はずっと、グレアと共にあり、話も聞かせてもらったぞ。……ちと、悪趣味だったかもしれんが、そこは許してほしい」

「まぁ、もう今更ですし、怒ったりはしませんよ。その代わり、今度貴方のパンツをいただきます。脱ぎたての、です」

「……いや、それは勘弁してくれ」


 ハクは、本気で嫌がった風に、言いました。私も、その気持ちはとてもよく、分かります。


「その、怪しい物体は、何!また、何かたくらんでるんじゃないでしょうね!?」

「そうわめくでない、人間の娘よ。我はただ、ほんの僅かな時を、貰いたいだけだ。さほど時は取らせぬ故に、少々静かにしておれ。ほれ……兵士たちも、そこの女子も、武器を納めよ。ミストレストもだ。ここで争いを起こせば、凄惨な結果になる事は、目に見えておる」

「はーい。ハクメロウスがそう言うのなら、仕方ありませんね」


 ハクの言葉に、おとなしく従ったレストさんは、その態度を和らげました。しかし、ツェリーナ姉様や、オーガスト兄様は、そうはいきません。


「兵士たちよ!惑わされる必要は、ない!我々はこれ以上、たぶらかされる訳にはいかないのだ!グレアと、メリウスの魔女を、捕らえろ!抵抗するのなら、どんな手を使っても構わない!」

「おとなしく、武器を納めよ!」


 兵士たちに、指示をするオーガスト兄様の命令をかき消すように、父上が大きな声で怒鳴りました。ここが地下の洞窟だという事もあって、その声は余計に響き渡ります。耳が、おかしくなってしまいそうなくらいです。

 そんな父上の命令に従って、兵士たちは武器から手を退けました。彼らは、父上の私兵ですからね。オーガスト兄様の命令で動くことは、ありません。


「あなた。アレを庇うつもりですか?いくらなんでも、あんな正体不明の物を──」

「……」


 お母様の言葉を無視すると、父上は私の方へと歩み寄ってきて、そして私の前で、膝をついて頭を下げてきました。

 突然の、父上の行動に、場は騒然とします。

 だって、国王である父上が、私に向かって頭を下げて来たんですよ。なんですか、コレ。私って、いつの間にそんなに偉くなったんですか。


「──妖精王。ハクメロウス殿と、お見受けする」


 父上は、騒然とする場に耳もかさず、静かにそう言い放ちました。父上は、私に対して頭を下げた訳では、なかったんですね。私の掌の上にいる、ハクに向かって、頭を下げたみたいです。

 相手が妖精王なら、そりゃあ頭も下げますよ。なんていったって、あの、妖精達の王ですから。妖精王とは、そういう存在がいる事は知られていますが、その存在は誰も知りません。姿も、形も、誰も見た事がないから当たり前ですよね。ただ、妖精たちを束ねる存在として、その存在は確かにあるようです。遥か昔の古文書にも出てきて、世界を大いなる災いから救ったとか、天変地異を起こして人々を飲み込んだとか、人にとって、良い事も悪い事も含めて、数多く描かれています。


「いかにも。妖精王、ハクメロウスである。事情は、大体理解させてもらったぞ。人間の王よ」


 偉そうな態度で、父上に応対する、ハクの声。このハクが、妖精王だったんですね。知りませんでした。

 その事を理解し、私は段々と、汗があふれ出てくるのを感じます。ハクが、妖精王?本当だとすると、私はハクに対して、ハクなんて呼び捨てにして、友達になろうとか、不敬な態度をとっていた気がするんですけど、気のせいでしょうか。気のせいじゃ、ありません。


「ち、父上!妖精王……?コレが!?これ以上は、騙されてはいけませんよ!グレアと、メリウスの魔女の仕組んだ、新たな罠です!」

「その通りですよ、あなた。かような物が、妖精王?そのような事を、誰が信じると言うのですか。そんな事にまで騙されていては、あなたの威信にまで、かかわる事になってきます。今すぐ、頭を上げて、よく見なさい。あなたの目の前にあるのは、ただの光の塊。妖精王などでは、ございません」


 まぁ確かに、突然現れた光の塊を、妖精王だとか言って崇め始めたら、私も正気を疑いますけどね。私だって、ハクの本来の神秘的な姿を目にしていなかったら、父上が正気を失ったと思って、お医者さんに診せます。


「落ち着け。わしは騙されてなど──」

「よい。好きに言わせておけ。ただ、手は出させるな。我がこの姿で会話ができる時間は、僅かだ。すぐに、この地下倉庫の謎を解く。グレア。ミストレスト。手伝うのだ」

「もちろん。手伝わせてもらいます」

「わ、私もです!どうすれば、いいですか?」


 時間がないというのなら、全ての事は、後回しです。この地下倉庫の謎を解いてくれるのなら、誰だっていい。そのために手伝えと言われれば、喜んで手伝います。


「っ……!勝手な事を──!」

「……」


 ハクが、邪魔に入るなと言っているのに、ツェリーナ姉様が早速邪魔に入ろうとしました。それを、間に入って止めたのは、オリアナでした。具現化した刀を手に、ツェリーナ姉様および、オーガスト兄様と、お母様をけん制します。


「王として、命じる。手を出すな。その場で、おとなしくしていろ」


 父上の命令に、兵士が動きます。オリアナに加勢して、私たちに手が出せないよう、人の壁を作り上げました。それにより、ツェリーナ姉様達が、私たちに手を出す事ができなくなります。


「グレア。ミストレスト。我に、手を」


 私とレストさんは、ハクに言われるがまま、ハクに手をかざしました。私とレストさんは、手を重ねて、目を閉じます。

 すると、再び訪れたのは、あの暗闇の世界。魔法の流れが吹き荒れる、嵐の世界です。ただ、先程と違うのは、その流れが恐ろしく遅く感じます。


「ほう……なんと、美しい。コレが、グレアが視る、魔法の世界か」


 ハクの声が、そう言います。でも、私にはその良さが、分かりません。ただの、滅茶苦茶な世界じゃないですか。


「ハクメロウス。急いでください。この世界は、グレアちゃんに負担が大きすぎます」

「分かっておる。この障壁は、視ようとする魔術師を攻撃するための物のようだな。それを、取り除くとしよう」

「え……」


 いきなり、目の前で吹き荒れていた嵐が、やみました。代わりに、小さな小さな魔法の流れが、たった1つだけ残り、それが遠くへと続いていきます。


「あれが、お前たちの探し求めている魔法の流れだ。恐らく、あれが行き着く場所に、全てがある」

「さすがですねー。その姿になっても、力が全く衰えないなんて」

「いや……コレは、グレアの力を、我が操らせてもらっているに過ぎん。我の力ではなく、グレアの力だ。この姿では、さすがに我は、何もできんよ。出来る事と言えば、ただ話をしたり、あの人間の女から香る、妖精の匂いを感じ取る事くらいだ」


 私の力だと言いながら、他人の力を操ってるのは、凄くない事なんでしょうか。また、そんな姿になって、話をする事ができるのも、けっこう凄くないですか。その辺はよく分かりませんが、凄い事と、凄くない事の区別が、よく分かりません。

 また、ハクが誰の事を指しているのかも、分かりません。ただの、白い塊だから、目も指もありませんからね。

 そもそも、私たちは目を閉じて、魔法の空間の中にいます。こんな状態で、分かる訳ないですよ。


「やっぱり、そうなんですねー」


 でも、レストさんには通じたみたいです。


「うむ。だが、短気は起こすな。正義と秩序の名のもとに、証拠を得たうえで、正しく裁きを下せ。そこから逸脱した者にやがて訪れるのは、修羅の道だ。お前には、そんな道を歩んでほしくはない」

「……甘いですね、ハクメロウスは」

「何人もの、そんな道に突き進む者を見ていると、嫌になってくるのだ……。良いか。妖精は、お前たちに任せるぞ。それから、くれぐれも短気をおこすな。先程のように、イライラして、突然殺すとかなんだと言うのは、なしだ。約束しろ」

「はーい」


 レストさんは、ハクに対して、やる気のない返事で答えました。


「グレアよ。もう、目を開いても良いぞ。お前の目には、もう開いても視えるはずだ」


 ハクに言われて、ゆっくりと目を開きます。すると、魔法の空間で見た流れが、そのまま見る事ができました。それは、私の予想外の場所へと向かって続いていて、私が最初から、間違っていた事を示しています。


「む……どうやら、限界のようだ。我は消えるが、健闘を祈る」

「え。あ、あの、ありがとうございました」


 突然現れて力を貸してくれたと思ったら、突然消える宣言です。私は驚いて、慌ててお礼の言葉を口にしました。


「……妖精王よ。このような形で会う事になって、本当にすまない。赦してくれとは言わん。だが、この埋め合わせは、必ずすると、約束をする」


 私に続いて、父上が、私の掌の上にいるハクに向かい、そう言葉を述べました。


「ふ。期待せず、楽しみにしておるよ。では、我の家族たちの事は、任せたぞ」


 ハクはそう言い残し、光を急激に失っていきます。そして、光がなくなったら、そこには何も残りませんでした。まるで、最初から何もなかったかのような、そんな感覚にとらわれる、あっという間の出来事でした。

 だけど、私の目に映る、魔法の流れが、現実だと教えてくれます。

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