第64話 くだらない事
呑気な2人のおかげで、ご飯は食べる事になりました。正直、私もお腹減っていましたし、それには賛成だったんです。でも、空気は最悪です。
目の前に置かれるのは、お城のシェフが腕によりをかけて作った、料理の数々……。凄く美味しそうなのに、空気は重く、濁ってしまっています。
「……」
特に、ツェリーナ姉様の様子は、最悪です。余裕のなくなった姉様は、冷や汗を流しっぱなしで、震えてご飯どころではありません。まだ、父上は誰が真犯人なのか、一言も言っていません。でも、今からそんな感じでは、自分が犯人だと自白しているようにしか見えませんよ。
一方で、お母様は余裕たっぷりですね。いつも通りの、冷静で、静かなお母様です。
先ほどの、父上の話の中で、名前は伏せられていましたが、父上の動向を把握し、先回りしていたのは、恐らくお母様です。そして、お母様なら、他国に情報を流し、この国に魔術師を派遣しないように噂を流すことも、できるはず。お母様も、暗に自分の事を示唆されている事が、分かっているはず。
それなのに、眉一つ動かさず、冷静さを貫くなんて……私とレストさんが、お城の門をくぐった時に、お化粧を崩して取り乱し、何がなんでも殺そうとしてきた人と同一人物には、見えませんね。
「んー!美味しいです!」
「もう食べてるんですか!?」
料理は、まだ運び終わっていません。父上の、ご飯の挨拶も、まだです。
なのに、私の隣に座っているレストさんが、構わずに自分の前に置かれたご飯を、フォークで口に運んでいました。私がほんの少しだけ、目を離した隙に、何をしているんですか、この人は。
色々と、言いたい事があります。まず、国王である父上より先にご飯を食べるなんて、もっての他です。あと、皆にご飯がいきわたっていないのに食べ始めるなんて、マナーとしてもどうなのかと思います。更に、ご飯に毒を盛っている可能性も、少しは考えて欲しいです。ここで魔法に詳しいレストさんが死んでしまったら、地下の迷宮とやらも、突破できなくなってしまうかもしれないんですから。
「ほら、グレアちゃんも食べてください」
「むぐっ!?」
レストさんに、お肉の刺さったフォークを、口の中に突っ込まれてしまいました。た、確かに、美味しいです。それは、私がレストさんに保証した料理の味に、相応しい物です。
でも、何か違和感を感じます。この味は、いつものお城の料理と、何かが決定的に違うんです。スパイスが効いていないというか、味の崩れがないというか……別に、お料理に詳しい訳ではないし、舌が良い方ではありません。だから、何とは言えませんが、とにかく違います。
「……姫様。どうぞ、ご自分のお料理を、食べてみてください」
そう言ってきたのは、同じく隣に座っている、オリアナです。私の前に運ばれて来た料理を見ながら、言ってきました。
「で、でも、まだ運び終わっていませんよ……?」
「構わん。食べてみろ」
私がそう指摘すると、父上が許可してきました。そう言われたら、食べるしかありませんよね……。
私はそっと、お肉をフォークで一口サイズに切ると、それを口に運びます。何故だか、そんな私の様子を、皆が注目してみています。お母様も、ツェリーナ姉様も、料理を運んでくるメイド達も……私の食べる姿って、そんなに絵になりますか?ちょっと照れますね。
「んんっ!?げっほ!なんですか、コレ!?」
お肉を、口に運んだ瞬間でした。口の中に、凶悪的な辛さが広がり、私の舌を攻撃して、一気に汗が噴き出てきました。私はむせながらも、すぐにお水に口をつけて、それで口の中を洗浄します。
「い、今までは平気だったのに……」
ツェリーナ姉様が、そんな事を呟いて、すぐに自分の口を塞ぎました。
今までは、平気だった?どういう意味ですか。私は、ツェリーナ姉様を睨みつけますが、目を逸らされてしまいました。
「姫様のご飯には、特殊な味付けがされる事が、日常的にありました。思い返してください。好き嫌いのないはずの姫様が、ご飯を何度か、残したことがありますよね。その時は、メティア様にキツく叱られ、罰を受けていました。兄弟の方々はそれを見て笑い、姫様が泣いても、姫様を庇う者はいなかった。姫様の言い分を無視し、ご飯に原因がある事を、考えもしなかったのです」
オリアナが、イラだった様子で話し、そしてツェリーナ姉様を睨みつけました。
始めは、何を言っているのか、意味が分かりませんでした。でも、彼女が私のために怒っているのだと、ようやく思考が追いついてきて、理解しました。
「た、ただのグレア付きのメイドが、何を言ってるの。そんなくだらない事、誰がするっていうのよ」
「そうですね。凄く、くだらない事だと思います。ですが、する方がいるのです。だから私は、とある薬を、不味い料理が出る時だけ、姫様に飲ませる事にしたのです。舌を一時的に麻痺させる、安全な薬です。おかげで、姫様はどんなに不味い味付けのお料理も、美味しく食べる事が出来て、食べ物を残す事もなく、育ってきました」
「……何故、わしに言わなかった」
「何故?私が、国王様を信用する理由が、どこにおありに?それに、ご自分でも気づいていたのではないですか?それを見過ごし、妻や娘の蛮行を許す者を、私は信用しません。今の事態を招いたのも、結局は強行できない、貴方自身にあるのでは?」
父上に対して、オリアナは更に不機嫌そうに、父上を睨みつけます。今までにない、不遜な態度は、父上に対しての殺意すらも感じさせる、強い物です。
父上はそれに対して、無言で俯きました。怒る訳でも、頷く訳でもなく、ただ、オリアナの言葉を聞き入れているように見えます。
いえ、それよりも、私の料理だけ、味付けが変えられていた?オリアナが、舌を麻痺させる薬を盛っていた?オリアナなら、それは可能です。私は、毎日オリアナにお茶を淹れてもらっていたから、そこに混ぜたら私は疑いもせずに、それを飲みます。
「じゃあ、私がオリアナの淹れてくれるお茶の銘柄を当てられなかったのも、コレを美味しく感じるのも、薬の効果があったからなんですね?か、からっ……でも、美味しい!」
私は、もう一口お肉を口に運び、その辛さとお肉の旨味に、酔いしれます。
「……いえ。薬は一日程で効果が切れてしまうので、今は効いていませんし、お茶の銘柄を当てられないのは、姫様の舌がバカだからです。ちなみに薬には、副作用も後遺症もありません。本当に、ただ素で、姫様は少々、味音痴なのです。大抵の物は、美味しく食べる事のできる、舌をしています。それは、私の実験結果が物語っている事です」
「そ、そうですか……」
話は、分かりました。でも、実験ってなんですか。まさか、私に黙って変な物を食べさせたんじゃないでしょうね。少し、腹立たしいですが、でもオリアナがそうしてくれたおかげで、私がご飯を美味しく食べれて来た事は、分かりました。
私は内心で少し怒りながら、お肉を口に運びます。辛いけど、凄く美味しいです。さすがは、お城のシェフの作ったお料理です。ほっぺが落ちてしまいそうですよ。
私の機嫌は、一瞬にして直りました。
「一口、もらいますねー」
「あ」
レストさんが、そう言って私のお皿から、お肉を取って、口に運んでいきました。いつもならあり得ない、行儀の悪い行為です。私は別に、なんとも思いませんけどね。
ただ、それを口に運んだレストさんは、激しくむせ返り、汗をだらだらと流して吐き出してしまいました。涙まで流して、本当に辛そうです。
私はそんなレストさんを眺めながら、もう一口食べます。うん。美味しいです。
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