第63話 知っていた
「……メリウスの魔女殿は、何かを勘違いなさっているようですね……。妖精を浚い、粉の製造をしていたのは、他でもない……貴方の隣にいる、グレアですよ」
お母様は、私を睨みつけながら、レストさんに、そう答えました。
確かに、そういう事には、なっています。でも、先ほど父上の言った、私がフェアリーの粉を作っていた事に対して、信じていないと言った言葉が、気になります。
「残念ながら、どうやらグレアに騙されているご様子……ですが、その経緯は、なんとなく想像がつきます。信じられない事に、そこにいるグレアは、製造を禁止されているフェアリーの粉を製造。自らも使用していて、それをこの、ツェリーナが問い詰めて、罪が発覚したのです。本来ならば、死刑になる予定でした。ですが、メリウスの魔女殿は、王族の娘の、純潔の血を求めるとか……そこで、本来死刑になるはずのグレアを、死刑の代わりに貴方に捧げる事になったのです。良いですか、メリウスの魔女殿。犯罪者である、グレアの言葉に惑わされてはいけません。グレアは、狡猾で、ずる賢く、他者を惑わす力を持っているのです。貴方も、グレアを生贄として求めるのなら、死刑の代わりに、グレアに対して何をすればいいのか……私たちが、何を望んでいるのか、分かりますね?」
お母様は、暗に、レストさんに対して、私を殺せと言っています。その鋭く冷たい目は、私に対しての愛を、全く感じません。コレでも、一応親子として15年間やってきたのに、親子という絆でさえ否定するかのような、そんな目です。
「ええ、大体は、知っています。大方、その狡猾でずる賢く、他者を惑わす力を持った、グレアちゃんから聞いた通りですね。本当に、どうしようもない人……ギレオン」
「……」
レストさんは、笑顔で父上に目を向け、父上は僅かに首を動かして、レストさんを黙って見返しました。
「この人、今この場で、殺してもいいですか?」
「な、何言ってるのよ、このイカれ女は──!」
笑顔で言うには、あまりにも怖い台詞です。ツェリーナ姉様がすぐさま反応して、机を叩いて立ち上がりました。それを、手で制したのは父上と、そしてツェリーナ姉様の隣に座っている、お母様です。
「それは、勘弁してくれ。だが、場合によっては、考えざるを得ない状況にある事は、分かっている。それは、わしも覚悟している事だ」
「……僭越ながら、父上。先ほどから父上は、グレアがフェアリーの粉を製造していた事を、信じていないとか、今言った、お母様を殺すことも考えなければいけないとか……更には、犯罪人であるグレアを城に招き入れて労うという、不可解な行動……グレアこそ、この場で即刻殺すべき人物!なのに、そうはさせない。父上は一体、一連の出来事の犯人を、誰だと思っているのですか!?」
立ち上がったツェリーナ姉様は、レストさんに対する怒りの代わりに、父上にそう尋ねました。ツェリーナ姉様は、明らかにイラだった様子です。というか、冷や汗を流して、なんだか少し慌てていて、余裕のない様子です。
その理由は、なんとなく分かります。察するに、父上は、私がフェアリーの粉を作っていた犯人でない事を、知っていたんです。そうなると、当然真犯人探しが始まる訳で、その真犯人である所のツェリーナ姉様は、当然慌てますよね。
「はぁ……言わんと、分からんのか?」
「っ……!」
父上は、つまらなそうに、ツェリーナ姉様を睨みつけました。その目があまりにも冷たくて、ツェリーナ姉様は震えて、イスに座り込んでしまいました。
「……だが、まぁいい。では言うが、このわしの目を盗み、妖精を浚い、フェアリーの粉を製造、使用していた事を、わしは知っていた。随分と巧妙に、狡猾に持ち込まれ、隠されているそれに対して、わしは裏で、様々な手をとっていた。だが、全てをかわされた。何故か。その答えは、わしの動向を知っている者がいるからだ。となると、疑うべきは、わしに近しい人物……最初はな、さすがに側近を疑った。その中に、怪しい人物がいた。だが、その人物は首謀者ではない。あくまで、協力者という立場にあったようだ。わしは次に、その人物の上にたつ者が怪しいと考えたのだが、しかしそこからは、何も上手くいかなかった。妖精の身体は、再生する。何名か手に入れば、あとはどこかに隠しておけば、いくらでも粉は製造可能……その隠し場所が、巧妙すぎる。どうやら、この国の弱点である、魔法によって、とある場所を迷宮化。そこに、隠されている所までは、分かった。そこまでで、全てが行き詰った」
その、とある場所とは、間違いなく地下倉庫の事をさしています。私はその地下倉庫に、ツェリーナ姉様に誘われ、そして嵌められてしまったんです。その後、同じ場所へと訪れても、場所も人すらも変わっていて、私の言葉は虚言として処理されてしまいました。
「でしたら、他国に協力を申し出て、調査を……」
「当然、そのようにした。隣国に、魔術師の派遣を頼んだのだ。しかし、どういう訳か、断られた。理由は、わが国の魔法技術は遅れていて、魔術師を派遣すると、技術を盗まれるから……気持ちは分かるが、明らかに様子がおかしい。わしは再三、魔術によって迷宮化された地下の、調査依頼だと説明をした。しかし、どうしても良い返事はもらえなかった。どうやら、何者かが、この国に魔術師を派遣すると、技術が盗まれるという情報を流していたようだ。他にも、この国のきな臭い噂を上層部に流し、結果としてこの国は孤立した。そこまで手を回されては、あとはもう、一般の魔術師に頼むしかなかったのだが……しかし、そうもしていられなくなってしまった」
「魔族が、攻めて来たのですね」
「その通りだ。事は、全て手遅れになってしまった。恐らくは、魔族が攻めてくる事になった理由を、真犯人たちは知らない。のうのと生きて、自分たちは大丈夫。民の事は、知った事ではない。ただ、自由に、ひたすら、妖精を痛めつけるだけの毎日を送っている」
父上が、怒りに震える手を、机に打ち付けました。そして、お母様を睨みつけます。でも、お母様は素知らぬ顔で、前を見据えるだけです。
反対に、ツェリーナ姉様は、少しビビリ始めています。父上は、知っていた。その事が、彼女に衝撃を与えて、動揺を誘っているようです。
「……ち、父上。魔族が、攻めてきた、理由、とは?」
震える声で、ツェリーナ姉様が、父上に尋ねました。
「魔族は、怒っているのだ。妖精を浚い、痛めつけ、この地に鳴り響く妖精の叫び声が、彼らには聞こえる。妖精とは、元来魔族にとっても、人にとっても、神聖で、この世界で最も神に近しい存在だ。それをいつしか、人間はただの物としか見なくなり、かような事態を招いてしまった」
「魔族は、妖精を大切な友として見ています。友達を傷つけられたら、怒るのは当然。しかも、相手が言う事を聞いてくれない人間となれば、もう力で潰すしかありませんよね。魔族はですね。貴方たちが思っているほど、愚かではありません。貴方達よりもはるかに、義理に厚い、優しい方々です。みくびっていたら、あっという間に滅ぼされて、おしまいですよ」
「……」
レストさんが、そう付け加えて、ツェリーナ姉様は絶句しました。その様子では、ツェリーナ姉様は、魔族が攻めて来た事に関しては、何も知らなかったようです。お母様は……よく分かりません。表情一つ変えずに、いつも通りの澄ました顔です。
「お、お話中、し、失礼します……!」
そこへやってきたのは、遠慮がちに声を出した、メイドさんです。こんな大切な、国の行く末に関わる話をしているというのに、部屋の扉は開きっぱなしで、しかも周囲にはメイドがたくさんいます。彼女たちは、固唾をのんで、私たちの様子を見守っていました。
部屋に入って来たメイドさんも、そんな異様な空気に気づいて、本当に入りにくそうで、ちょっとビクついています。新人さんでしょうか。まだ若くて、見た事のない顔です。でも、勇気を出して、入って来たんですね。偉いです。
「どうした」
「お、お食事の用意ができまし──」
「今、そんな事をしている場合ではないのよ……!空気くらい、少しは読んだらどうなの!?」
「ひっ」
そんな、新人のメイドさんに対して、ツェリーナ姉様はイラだった様子で、怒鳴りつけました。
確かに、それもそうなんですけどね。こんなタイミングで、ご飯を食べたい人なんて、いる訳が──
「よし、運んでくれ。飯にするぞ!」
「やったー!ごっはん、ごっはん」
いえ。2人、いました。
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