第57話 勝利宣言


 空気が変わったのを感じ取ったのは、私だけではありません。マルス兄様は勿論だとは思いますが、向こう側の兵士たちも、それを感じて静まり返りました。

 一体、これから何が始まろうとしているのか。その答えを求めて、私たちは固唾をのんで、2人を見守ります。

 気づけば、戦いは始まっていました。それに気づいたのは、大きな、大きな、金属と金属がぶつかり合う音が響き渡ったからです。


「っ……!」


 オリアナが、マルス兄様に対して、真正面から斬りかかりました。オリアナのその刀を、マルス兄様が受け止めて、音を立てたんです。

 ただ、そのオリアナの刀の威力が、先ほどまでとは段違いです。先ほどまで、力で圧倒していたマルス兄様の剣が、オリアナの刀とぶつかり、押し返せずにせめぎ合っています。


「んちょりえやぁ!」


 しかし、さすがに、押し勝てるまでには至りません。マルス兄様が、気合を入れて剣を振りぬくと、オリアナが押し返されます。

 しかし、オリアナはそれを、予想していました。押し負け始めると、早々に受け流し、オリアナは姿を消しました。

 気づけば、オリアナはマルス兄様の背後にいました。背後から、マルス兄様の身体に、斬りかかります。しかし、マルス兄様もそれを予想していたかのような動きを見せます。

 オリアナが、姿を消したのと同時に、マルス兄様は振り返り、オリアナの剣を受け止めました。


「……」


 そこから、壮絶な打ち合いが始まりました。オリアナが斬りかかれば、マルス兄様が受け止め、マルス兄様が斬りかかれば、オリアナはそれを受け止め、そんな事が、目にもとまらぬ速さで繰り広げられます。金属同士がぶつかりあう音が、鳴りやみません。あまりの威力同士のぶつかり合いに、火花まで飛び散っています。

 まるで、剣の達人同士の、試合です。一瞬でも気を緩めれば、どちらが負ける。そういう場面です。

 私が気を緩めない事で、何かが変わる訳ではありません。でも、私は息を止め、瞬きをせず、そんな2人の打ち合いを、一瞬も見逃さないよう、食い入るように見続けます。

 先に、異変が見えたのは、オリアナでした。それまで、瞳孔を開いて打ち合いを繰り広げていたオリアナの頬に、汗が伝わりました。それを皮切りに、オリアナの筋が乱れます。


「れるらぁぁ!」


 それを、見逃してくれるマルス兄様ではありません。気合を入れた、マルス兄様の突き出した一撃が、オリアナの防御をすり抜けて、オリアナの顔面に迫ります。


「オリアナぁ!」


 私は一瞬、オリアナの顔が吹っ飛んだかと思いました。その瞬間、その絶望的な光景に、私は全身に鳥肌がたつのを感じました。でも、違います。オリアナはそれを、背中を逸らし、回避していました。

 私は、あまりにも動きが速すぎる、オリアナが作り出した残像によって、そう見えてしまったんですね。

 オリアナは、それからバク転をして、マルス兄様との間合いを取りました。

 どうやら、無事のようで安心します。

 しかし、オリアナの様子が、おかしな事に気づきました。


「はぁ!はぁ!はぁ!」


 息の上がり方が、異常です。肩で息をして、どうにか息を整えようとしますが、収まりません。汗も、どっと湧き出ていて、今にも倒れてしまいそうな、苦悶の表情を浮かべています。


「驚かされたが、しかし……ここまでのようだな」

「はぁ、はぁ」


 オリアナには、喋る余裕もありません。でも、そんな中でも、オリアナは刀の構えを、崩しませんでした。未だに、闘志の宿った目で、マルス兄様を睨みつけています。


「オリアナ……レストさん、オリアナは……!」

「……」


 レストさんは、首を横に振って答えました。勝てるとか、勝てないとかではなく、レストさんも、この先は何が起こるのか、分からないという意味です。


「今度こそは、降伏する気になったか?」

「はぁ、はぁ」

「……答える、余裕もない。しかし、闘志は消えていないようだな。グレア!」


 マルス兄様が、大きな声で私を呼びました。


「ここまでだ!このメイドに、戦いをやめるように言え!」

「っ……!」


 マルス兄様の警告は、最もです。そして、オリアナのために、降伏を勧めてくれているのも、分かります。でも、オリアナはまだ、戦おうとしているんです。そこに私が、口を挟む訳にはいきません。だって私は、オリアナを信じて、送り出したんですから。

 だから私は、マルス兄様に対して、睨みつけて無視してやります。オリアナは、まだ戦えます。勝手に、決めつけないでください。


「……引き際も、分からない、か。いいだろう。ならば、トドメをさしてやろう。お前の誤った選択により、従者が傷つく姿をその目に焼き付けろ!行くぞ、メイド!」


 マルス兄様が、地を蹴りました。一歩一歩、地響きを起こすような足取りで、力強くオリアナに向かって突進します。

 それに対して、オリアナは刀を構えて備えるのでやっとです。息は未だに整わず、とても弱弱しい。もし、マルス兄様に斬りつけられたら、それに対処する方法が、ないようにしか見えません。

 でも、それでも、私はオリアナを信じます。信じて、その一瞬を見逃さないよう、これから起こる事を見守り続けます。


「るりらっはぁぁぁぁ!」


 マルス兄様が、雄叫びをあげながら、オリアナに向かって剣を振り下ろしました。その直前に、オリアナの体力が尽きたのか、オリアナが突然、バランスを崩して膝をついてしまったんです。私はそれを見て、心臓が止まるような思いでした。

 でも、直後に、何故かマルス兄様の剣が、止まったんです。


「へ?」


 訳も分からないまま、マルス兄様は一点を凝視して、止まってしまいした。時間にしたら、一瞬です。でも、隙だらけのその姿は、オリアナが攻撃を繰り出すのに、十分でした。

 オリアナが、地面から思いきりジャンプして、マルス兄様の顔面に、膝蹴りを繰り出します。膝は、見事にマルス兄様の鼻っ面に命中。マルス兄様は、鼻血を出し、仰向けに倒れてしまいました。


「はぁ、はぁ」


 オリアナも、直後に地面に、座り込んでしまいます。でも、ちゃんと意識があって、刀を突きあげて、勝利宣言を見せました。

 辺りは、静まり返ります。誰も、何も言いません。兵士たちは、それを口にするのが怖く、私は、信じられなくて黙ってしまいました。


「勝者は、オリアナちゃんです!貴方たちの大将は、負けました!やーい、やーい!メイドに負けちゃう、雑魚大将ー!」


 レストさんの声が、大きく響き渡ります。兵士達に、挑発するように言って、嬉しそうに飛び跳ねています。レストさんの言う通りです。

 そう……オリアナは、勝ったんです。あの、マルス兄様に。

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