第56話 本番は、これから
「ぷっ。ダサい気合の声ですね」
そんな、剣に魅了される私を、現実に引き戻したのはレストさんでした。彼女は、マルス兄様の気合の声を、バカにして笑います。確かに、ダサいというか、気持ちの悪いマルス兄様の気合の声です。昔から、こうなんですよね。強くて、カッコイイはずなのに、掛け声がダサくて、異性にもてないんです。
容姿があまりよくない事と相まって、剣の試合でオーガスト兄様に勝利した時も、大衆は勝利したはずのマルス兄様に、若干引いていました。
「それは、言わないでください。あれでも本人は、真面目にやってるんですから。それより、どう思いますか?オリアナは、勝てると思いますか?」
「うーん、まだなんとも言えませんね」
それも、そうですね。試合はまだ、始まったばかりです。
「このオレに、剣を抜かせたのは、褒めてやる!だが、ここまでだ!このオレに剣を抜かせたことを評して、今度はこちらから行かせてもらうぞ!」
マルス兄様が、オリアナに向かって、突進しました。オリアナは、すぐに体勢を整えて、刀を構えて攻撃に備えます。
「ぬっふぅん!」
間合いに差し掛かったマルス兄様が、オリアナに向かい、剣を振り下ろしました。ただ、普通に振り下ろしただけの、剣です。
でも、その迫力が、ただ剣を振り下ろされた物とは、違います。上から見ている私にも、その迫力が伝わってきます。まるで、山が噴火して石が降ってくるかのような、そんな迫力を感じました。
オリアナは、そんな剣を受け止める事なく、再び横に飛んでかわしました。そして、地面に向かって振り落とされたマルス兄様の剣は、大地を大きく砕きました。砕けた石が飛び散り、周囲に飛び散っていきます。
その石の破片が、オリアナに襲い掛かりますが、オリアナはそれを刀で切り落としながら、マルス兄様との間合いをはかろうとしました。
「……」
しかし、マルス兄様の目は、オリアナを捉え続けていました。その目は、獲物を逃がさない、狩人の目です。
マルス兄様は、すぐに追撃に移りました。オリアナに襲い掛かる石に紛れて、オリアナに向かって剣を突き出し、突撃をします。
「はっ……!」
オリアナは、それに対して避ける事はできませんでした。マルス兄様の剣を、刀で受け止めて、力のマルス兄様に対して、力で対応する事になります。
剣を受け止めたオリアナは、一瞬だけ踏ん張り、耐えました。しかし、地面をも砕く、マルス兄様の剣の前に、あまりにも非力です。
オリアナは緊急策として、マルス兄様の剣を、刀の角度を変えて、そらしました。それにより、マルス兄様の剣はオリアナではなく、再び地面を抉る事になります。でも、マルス兄様のその剣は、オリアナのすぐ足元の地面を砕き、斬撃を発生させます。その斬撃により、オリアナは飛ばされてしまいました。地面を転がっていき、やがて止まると、苦し気な表情を浮かべながらも、すぐに立ち上がります。
「オリアナ!」
「くっ……」
飛び散った石が、ぶつかったんでしょうか。オリアナの額から、血が垂れてきました。更には、地面を転がったことにより、メイド服は汚れ、所々破けています。破けたところは擦り傷になっていて、出血しています。
「驚いた。まさか、耐えるとは思わなかったぞ」
「それは、どうも」
オリアナは、額の血を袖で拭いながら、刀を構えてまだやる気満々です。
「どど、どうしましょう、レストさん。やっぱり、オリアナでは、勝てないんでしょうか。このままでは、もっと酷い怪我をさせられてしまうかもしれません!」
私は、怪我をしたオリアナを見て、大いに動揺しました。レストさんの胸倉を掴んで、レストさんに訴えかけます。
「落ち着いてください、グレアちゃん。苦しいですよー。割と、本気で」
「むぎゅ」
レストさんは、私を胸に抱きしめて来ました。その豊かな胸に挟まれて、強制的に落ち着かされてしまいます。
「オリアナちゃんは、グレアちゃんのために、頑張っています。グレアちゃんも、オリアナちゃんを信じて、最後まで見守ってあげてください」
「……」
私は、レストさんにそうあやされてから、胸から解放されます。
そんなの、言われなくたって、分かっています。でも、オリアナが怪我をしているのを見て、慌てずにはいられません。
もし、もしもですけど、オリアナの身に何かあったら、私はマルス兄様を許しません。絶対に、地の果てまで追いつめて、殺してやります。私は、そんな思いを乗せて、マルス兄様を睨みつけました。
「確かに、お前のスピードは素晴らしい。だが、それだけだ。それでは、このオレには勝てん。あまり長引かせても、いつ魔族が攻めてくるか分からん。降伏しろ。お前の実力は、既に知れた。無駄に怪我をする事は、ない」
「早く、終わらせる。それには、大いに賛同します。ですが、私とて姫様の従者として、そのような幕引きは選択致しかねます……」
「では、どうする!お前のスピードが、オレには通じないと分かって、これ以上何を抗う!」
「勘違いしておられるようですが……私はまだ、本気を見せていません。分かりますか?本番は、これからなんです」
「む……」
決闘の、特にオリアナの雰囲気が、変わりました。風が、いやに冷たく感じます。その風を流しているのは、オリアナ?背筋を凍らせるような、寒気が襲い掛かり、私は身震いしました。
この風を、私は知っています。つい先日、洞窟で雨宿りをしていた私たちに襲い掛かった、暗殺者達が放っていた物と、同じ物です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます