第52話 やっちゃってください


「なるほど、いいですよ。私が、止めて見せます」

「レストさん!?」


 自信満々にそう言うレストさんですが、不安です。マルス兄様が、私の言う事を聞く訳ありません。魔術師をバカする、マルス兄様の事です。例え、メリウスの魔女が説得あたっても、言う事は聞かないでしょう。

 ならば、力づくという事になりますが……私はあくまで、戦いを止めたいのであって、どちらか一方が傷つくような事はしたくありません。


「もし、こちらの兵に損害が出れば、即攻め入る。止められたら、待ってやる。それでいいな?」

「はいー。ありがとうございます、エルシェフ」

「……」


 エルシェフは、レストさんに感謝されると、その固い表情を崩し、僅かながらに笑った気がしました。


「皆、行軍を止めよ!私の指示があるまで、その場で待機するのだ!各々、好きなように過ごしてもらっていい!」


 そんな、崩れかけた固い表情を誤魔化すように、エルシェフが叫びました。その指示は、瞬く間に伝達していき、魔族の行軍が、ここで止まりました。

 私は、目の前で起きた出来事に、拳をぎゅっと握って、震えます。魔族の行軍が、止まった。止める事に、成功したんです。凄いですよね。


「それにしても、どうして兵士がお城を出たと、分かるんですか?」


 ここからでは、お城を目にする事はできません。背の高い牛顔の魔族が、私たちを囲っていますからね。それに、お城が近いとは言え、まだ距離はあります。お城を出たのが、兵士かどうかなんて、判断できませんよ。


「……私の、第三の目だ。コレは、遥か遠くのものまで、視る事ができる。ただし、細かい地形……建物の中などは、気配くらいしか感じ取れない。大局的な動きを、視る事ができると言った所か」

「な、なるほど……」


 ただの飾りじゃなかったんですね。それにしても、ぎょろぎょろしすぎです。疲れないんですかね。


「して、どうする。奴らは騎馬を駆っている。すぐに、我々の軍と衝突するぞ」


 私の頑張りを、無視するかのような人間の行動に、私はいら立ちを覚えます。

 思いきり、マルス兄様だと断定してバカにしましたが、まだ確定じゃありません。とにかく、お城を出て来たバカ兵士と、魔族との衝突を防ぐ必要があります。


「ちょっと、吹っ飛ばしてきます」

「はい!?」


 レストさんなら、それも可能でしょう。でも、兵士を攻撃したら、開戦と同じです。むしろ、それをしたレストさんが、魔族の味方と認定されて、攻撃の対象になっちゃいますよ。


「手っ取り早く、兵士に力を見せつけて、言う事を聞かせるだけですよー。いくら私でも、いきなり兵士に攻撃したりしません」

「そ、そうですか……」


 安心しますが、オーガスト兄様をボコボコにして帰したレストさんだから、不安なんです。


「さ、グレアちゃん。手を。テレポート魔法で飛んで、兵士を吹き飛ば……じゃなくて、止めますよ」

「本当に、大丈夫なんですよね!?」


 そう言いながらも、私はレストさんの手を握ります。

 そして、光に包まれると、この日3度目のテレポート魔法が、発動しました。一瞬にして、移動した先は、お城のあるカーガレウス平原の、ど真ん中です。前方には、お城の巨大な壁を確認できるくらいの距離にまで近づき、そんなお城の方向から、騎兵隊が土煙をあげてこちらに向かってくるのが見えます。


「あれは……マルス兄様!」


 先頭で、馬を率いているのは、輝くような赤色の鎧を身にまとった、ド派手な格好のマルス兄様です。特徴的なので、分かりやすいです。

 どうやら、兵を率いて城を出たのは、私の勘通り、マルス兄様だったようですね。やっぱり、脳筋肉だるまです。


「レストさん!どうやって、止めるつもりですか!?」

「……向こうは、私たちに気づいていますよー。凄く、目が良い人ですね。でも、止まるつもりはないようです」

「き、気づいているのに、止まるつもりがない……?」


 それってつまり、私たちと話すつもりはない。という事ですよね。せっかく、メリウスの魔女を引き連れて来た私に対する態度が、それですか。


「よし、レストさん。やっちゃってください」

「はいー。では、フォルテインゲージ」


 勢いで、やっちゃってと言いましたが、そんなつもりはなかったんです。でも、私の隣で、レストさんが魔法を放ってしまいました。それは、オリアナとの勝負の時に、最後に使われた爆炎を巻き起こす魔法です。それも、勢いがあの時とは違います。大きな、大きな爆炎が、レストさんが手にした杖から放たれ、こちらに向かってくる兵士たちに向かっていきました。

 ただ、その爆炎は兵士に直撃する事なく、手前で大きな爆発を起こしました。爆発は、大きな煙と風を起こし、爆発音と共に大地に轟きます。

 直撃はしてないとはいえ、突然目の前で起きた大爆発に、騎兵は大混乱です。その場で足を止め、進軍が止まりました。


「さ、グレアちゃん」


 レストさんが、杖を投げ捨てると、私に手を差し伸べてきます。また、手を繋げという事ですね。分かりましたよ。

 投げ捨てた杖は、光になって消え、私はその手を掴み取ります。常に、反対側の手をフリーにするのには違和感を感じますが、もうそれには触れない事にしました。

 レストさんの手を取ると、その瞬間、私の身体が地面から浮き上がりました。レストさんも一緒に地面から浮いて、そのまま一気に加速して、マルス兄様の方へと飛んでいきました。あっという間に、距離を縮めると、私とレストさんは兵士たちの前に、降り立ちます。


「グレア……!」

「マルス兄様……」


 私とマルス兄様は、レストさんが魔法によって作ったクレーターを挟んで、対峙しました。大勢の兵士たちも、こちらを見ていますが、未だに爆発の影響で、落ち着きのない馬をあやすのに、必死です。


「あの人も、グレアちゃんのお兄さんなんですか?」

「は、はい。次男の、マルス兄様です。あの見た目ですが、オーガスト兄様より剣の腕は確かです。ですが、頭が少し足りません。基本情に厚く、優しい人なんですが、熱血系で向こう見ずと言った感じです」

「あー……分かりやすいですね。私、熱血系って苦手なんです。頭の中空っぽで、突っ走るぞーて感じがして」

「私もです」

「グレア!コレは一体、どういう事だ!」


 クレーターの反対側で、マルス兄様が大きな声で怒鳴りつけてきます。

 私は、そんなマルス兄様に向かい、精一杯の声で叫びます。マルス兄様程大きな声は出せませんが、十分声が届く距離です。


「こちらの方は、メリウスの魔女である、ミストレスト様です!彼女は私の願いを聞き入れ、王国を助けるためにこの場に駆けつけてくれました!」


 レストさんを、マルス兄様に向かって紹介をすると、兵士たちの間に、動揺が走りました。あの、メリウスの魔女が、味方になった。メリウスの魔女が、援軍で駆けつけてくれ、とざわめいています。

 ですがすぐに、そのメリウスの魔女が、彼らに攻撃を仕掛けた事に、疑問符を浮かべ始めます。


「では、何故我々に攻撃を仕掛けた!もしや貴様、メリウスの魔女と共謀して、魔族の味方につくつもりか!?」

「違います!彼女は、この戦いを止めるために、協力してくれる事になったのです!魔族は既に、停戦を約束してくれました!しかし、ここでマルス兄様が魔族と戦えば、停戦は破られ、魔族が王国に攻め入る事になります!」


 魔族が、停戦に合意した……それは、兵士たちの指揮に、大いに動揺を与えました。相手が停戦を約束したのなら、魔族と戦って死ぬ必要はないですからね。マルス兄様を説得するよりも、この方が手っ取り早いです。


「静まれぇ!!」


 ですが、兵士の動揺をかき消すように、マルス兄様が一喝。もの凄い迫力で怒鳴りつけ、兵士が一瞬にして静かになりました。それまで、爆発の影響で落ち着かなかった馬たちも、それによって委縮し、おとなしくなってしまいます。

 確かに、凄い迫力です。さすがは、マルス兄様です。でも、その迫力は、何故だかとても小さく見えてしまいます。その原因は、先ほど、もっと凄い迫力に晒されたからに違いありません。

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