第51話 時間をください


 エルシェフが、私を睨んでいます。周囲の雄たけびも、段々と静まり返っていき、静かになりました。

 睨みつけてきているエルシェフの視線が、凄く鋭く、それに威圧的で、大迫力です。あまりの迫力に、私は全身から身の危険を知らせる鐘の音を、脳に送られます。

 それでも、私は精一杯に、エルシェフを睨み返し、言葉を続けます。


「貴方たちは、私の国には勝つ事ができるでしょう。ですが、その後に待つのは、破滅です」

「分かっている。私たちの目的は、妖精の解放だ。それさえ達成できれば、その後に何が待っていようと、皆で立ち向かうまで。例え何が待っていようと、タダでやられはしない。人間共が攻め入ってくるのなら、私たちは全力で、それに立ち向かうまで。……舐めるなよ、人間。我ら魔族は、お前たちが思っている以上に、誇り高く、そしてしぶといぞ」

「貴方たちこそ、人間を舐めている……貴方達が想像する以上に、人間は権利や身分、領地に拘る。貴方たちは、そんな事ばかりを考えている人間にとって、格好の標的。人間から見れば、カモなんですよ!」


 直後に、私はエルシェフに、首を掴まれました。そのまま、地面から僅かに浮かばされ、足が宙を切ります。

 息が苦しくなりますが、本気で締め上げられている訳ではないので、苦しいだけで、息はする事ができます。


「それは、私たち魔族の台詞だ。人間たちこそ、カモでしかない。私たちは、カモを全力で狩る。妖精を苦しめるカモは、皆殺しだ」


 周囲の牛顔の魔族達が、沸き立ちます。雄たけびをあげ、狂ったように、地面を足踏みし、大きな音を立てます。


「っ……!」

「エルシェフ!グレアちゃんを──」

「ま、待って!」


 止めに入ろうとしたレストさんを、私は叫んで止めました。雄叫びにかき消され、聞こえるかどうか微妙でしたが、どうやら聞こえたようです。レストさんは、一歩踏み出したところで止まりました。


「妖精を助けなければいけない……その考えには、大いに賛成です。あんな事をする人間は、罰せられるべきであり、貴方の考えは間違っていない。でも、行動は間違っています……!妖精を助けるため、自らを犠牲にしていては、全てが台無しになる!」

「我々は、あの城の弱点を知っている。台無しには、ならない。妖精だけは、必ず助けて見せる」

「ええ、そうですね。壁の一部が薄く、簡単に崩れる箇所があります。そこを攻められたら、ひとたまりもないでしょう」

「いいのか?そのような事を、簡単に口にして」

「どうせもう、知っているんでしょう?だったら、問題ありません」

「問題なくとも、お前は国を売るような事を言っているのだ。私たちに、城を攻めるなと言いつつ、弱点を晒す。一体、何がしたいのか、さっぱり分からん。ハッキリと、してくれ。お前は私に、何を望む」


 首を掴まれた上で、地面から浮かばされている私は今、エルシェフよりも背が高いです。そのエルシェフを、私は精一杯の鋭い眼光で見返します。

 相変わらず、周囲が五月蠅いです。少し、静かにしてもらえませんかね?


「時間を、ください……!」

「時間?」

「はい。私が必ず、妖精を助けます」


 私が訴えると、エルシェフが突然、私の首から手を離しました。私は、突然の事に対応できず、その場に尻餅をついて倒れてしまいます。


「けほっ」


 お尻は痛かったですけど、それよりも、解放された事により、息苦しさがなくなった事で、せき込みます。それから、息をたっぷりと吸い込んで、落ち着きました。


「グレアちゃん。大丈夫ですか?」

「は、はい。そんなに強く締められていなかったし、平気ですよ」


 駆け寄って背中をさすってくれるレストさんに、私はそう答えました。

 実際は、苦しいし、額の目玉がぎょろぎょろ動いて睨みつけてきて、怖かったですけどね。でも、なるべく苦しくしないようにという、エルシェフの気遣いが見えた気がします。気のせいかもしれませんけど。


「お前は今、助ける、と言ったな」


 エルシェフが、私にそう言葉をかけると、周囲の魔族の雄たけびが収まりました。叫んだり、静かになったり、忙しいですね。


「……はい。時間を貰えれば、私が必ず、妖精を助けて見せます」

「お前は何故、そんなに必死なんだ。お前の故郷を守るためだけ、とも思えない。それに、我々は魔族だぞ。魔族を前に、どうして臆さない」

「私は、苦しむ妖精を間近に見たんです」

「なに……?」

「彼女は、私の目の前でいたぶられ、まるで物のように扱われていました。私は、そんな彼女一人だけを助けるので精一杯で、しかも、その後の足取りも分かりません。私自身は、その妖精をいたぶっている首謀者に嵌められ、死刑まで宣告されてしまいましたからね。何もできずに捕らえられ、気づけば魔女への生贄に捧げるとか言われて、この様です」


 私はそう言って、私についている首輪を撫でて見せました。


「なんだ、それは」

「これは、隷属の首輪です。コレを嵌められている限り、グレアちゃんは命令通りにしないと、死んでしまうんです。恐ろしい魔道具なんです」


 レストさんが、私に代わって説明をしました。

 しかし、その説明を聞いて、エルシェフは、何か腑に落ちない様子で、首を傾げています。


「お前も、そういう事でいいのか?」

「え?は、はい。私も、そう聞いて、父上にコレを嵌められました……」

「分からんな。全く、分からん。何も、見えてこない」

「とにかく、グレアちゃんの言う事を聞いてくれればいいんですよー。私も、グレアちゃんを手伝います。絶対に、妖精は助けますし、だったら、エルシェフ達が血を流す必要もありませんよね」

「……いいだろう」


 レストさんが、私の援護に回ってくれると、エルシェフはあっさりと、そう答えました。そりゃあ、嬉しいですけど、なんだか複雑です。私がそうさせさと言うより、レストさんのおかげ感が凄いですから。


「ただし──」


 でも、言葉が続きました。


「今、城から出て、こちらに向かってくる王国の兵士を、止めてみせろ。それが、時間をやる条件だ」


 王国の、兵士?まさか、籠城を解いて、攻めに出てきたと言うのですか?

 ……いえ、違いますね。父上が、無駄に血を流すような戦いをするとは、思えません。こんな平原で、圧倒的な数の兵と戦うくらいなら、籠城で敵の数を減らしてから、混乱に乗じてすべきです。もしくは、どこかにあらかじめ兵士を隠しておいて、城に攻め入る魔族の背後を突くとか、そういう作戦でないと、意味がありません。このタイミングで城を出る理由が、全くないんです。

 となると、一部の指揮官が暴走して、兵を率いて打って出たと考えられます。思い浮かぶ、その指揮官は、私の兄しかいません。


「マルス兄様……!」


 あの、肉だるま男です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る