第45話 落胆しました
「レストさん……!?」
「……」
部屋の入り口に立っていたのは、間違いなくレストさんです。いつも通り、ニコニコと笑っていますが、どこか怒りを滲ませているようです。
その力強い視線は、まずは私へと注がれます。最初は、私の半脱ぎの姿を見て楽しんでいるのかと思いましたが、違うようです。
鎧を脱ぎ、服を脱ぎ捨てようとした私の姿を見て、レストさんの顔から、笑顔が消えました。
「何を、しているのですか?」
「こ、コレは……その……」
レストさんは、怒りを隠そうともせずに、メリウスの魔女へと近寄ります。そんなレストさんに、メリウスの魔女は慌てふためき、レストさんから離れようと、壁際へと逃げて壁にくっついて慄きます。
「レストさん、彼女は──」
「分かっています。今は少し、私に任せて黙っていてください」
話しかけた私に対して、レストさんは冷たく言い放ちました。その顔からは、笑顔が消え去り、怒りのみが滲み出ています。正直に言って、少し怖いくらいです。
そんなレストさんの片手が、何かを掴んでいるような形をしている事に、気が付きました。私の目には何も見えませんが、何かを引っ張ってつれているような仕草を見せています。
「……」
加えて、魔力の気配を察知しました。それは、何かの魔法のようだと、私は推理します。まぁ、それが何なのか、全く分からないんですけどね。
「もう一度だけ、聞きます。何を、しているのですか?」
「お、オレはただ、言われた通りにしただけだっ!そう……アイツが、勝手に脱ぎだしたんだよ!汚れた娘である、あの女が!だから、オレは悪くない!オレは、何もしていない!」
「オレ……?」
メリウスの魔女の口調に、私は違和感を感じました。先ほどまでの厳かな雰囲気は飛び、更には妙に、男っぽい口調に変わっています。
更によくよく見ると、メリウスの魔女からも、魔力を感じます。その顔のインパクトと、緊張から最初は気づきませんでしたが、メリウスの魔女も何らかの魔法を発動させているようです。
「……」
レストさんが、黙って手をメリウスの魔女へ向け、そして静かに、その手を握ります。すると、次の瞬間でした。メリウスの魔女から流れていた魔力が、はじけ飛ぶのを感じました。それと同時に、メリウスの魔女の風貌が、全く別の物へと変化しました。
つい今さっきまでメリウスの魔女だった物が、男の人に変化しています。40代くらいの、頬に傷のあるイカつい男の人です。
「貴方は……!」
その男の人には、見覚えがありました。確か、王国の優秀な剣士の1人です。先日、メリウスの魔女の下へと赴く、オーガスト兄様の護衛を任されるほど、お母様からの信頼の厚い。死んだとか、なんとか言ってた気がしますが、生きていたんですね。
というか、誰が汚れた娘ですか。
「言われた事だけしておけばいい物を、余計な事を……それに、よりによって、グレアちゃんに手を出そうとするなんて、赦せませんね」
「ま、待ってくれ!本当なんだ!本当に、オレは何もしていない!その女が、勝手にした事なんだよ!あんたは知らないかもしれないが、この姫様は、国王が浮気して生まれた子供なんだ!相手は、庶民のとんでもないアバズレ女だと聞いている!そんな血を引いている、本当に心底汚れた女なんだよ!」
あくまでも、私が勝手にした事にしたい剣士は、必死の形相で私を指さして、私のせいにしようとしてきます。
真偽は知りませんが、私のお母様は、私の本当の母の事を、よくアバズレ女と言って回っています。その影響でしょうね。私を、汚れた血だのと表現するのは、さすがはお母様の信頼する剣士様です。
「下手な嘘は、時に身を滅ぼしますよ」
「ひっ……ぶっ!?」
全く笑わないレストさんが、そう呟いた瞬間でした。鈍い音とともに、剣士の男が、突然鼻から血を噴き出し、倒れました。レストさんに、壁に追い込まれていた男は、壁をずれ落ちていき、最終的に首だけ直角に起こした辛そうな体勢で、止まります。
男の様子から、何かに殴りつけられたようですけど、一体何をしたんでしょう。今のも、魔法なんでしょうか。
「本来であれば、このままボコボコにしてから国に送り返す所ですが……まぁいいでしょう。グレアちゃんの前ですし、コレで勘弁してあげます。テレポート」
レストさんが、魔法を発動させました。倒れて気絶していた男の身体が、光の粒子に包み込まれていきます。それから、段々と光の粒子が姿を消していくのに伴い、男の姿も消えていきます。最終的に、男はその場からいなくなってしまいました。光となり、消えてしまったんです。
レストさんの言い方から、恐らくは国へと帰されたようです。それも、魔法の力による物です。
確か、オーガスト兄様も、テレポート魔法で帰されたと言っていた気がします。コレだけの距離を、一気に飛ぶことが出来るとか、便利すぎですね。
凄いとは思いますが、でも、魔法が寿命を縮める原因になるという事を聞いた今、それを使うレストさんを見るのは、複雑な気分です。
「あの男は、王国の剣士です。それが何故、メリウスの魔女のふりをして、このような場所に……?」
「彼は、先日この家を訪れた失礼な王子の、従者でした。捕らえて、私がかけた魔法により、姿かたちを変え、グレアちゃんに応対するようにお願いをしていたのです」
怒りを鎮めたレストさんは、笑顔を取り戻し、私に対して答えてくれました。
失礼な王子とは、言わずもがな。オーガスト兄様の事ですね。
「……レストさん。間違っていたら、ごめんなさい。もしかして、レストさんがメリウスの魔女なのですか?」
私は、事の成り行きを見て、判断したうえで、レストさんに尋ねました。
その答えを聞くのには、少し勇気がいります。もしそうだとしたら、私はずっと、レストさんに騙されて来た事になります。メリウスの魔女に、自らの命を捧げてでも、王国を救ってもらう……そんな目標を、私が掲げている事を、間近で見て知っておきながら、自らの身分を隠して付いてくる……そんなのって、あんまりだと思いませんか?私が、この数日間、どんな気持ちで過ごして来た事か、分かりますか?オリアナと別れてしまってまで、それだけを目指して来たんですよ?
聞いておいて、私は僅かな期待を持ち、レストさんを見続けます。レストさんは、そんな人じゃないはずです。頼むから、違うと言ってください。
「はい。私が、メリウスの魔女と呼ばれる者です」
私の期待は、あっけなく裏切られました。最早、確信に近い物はありました。それでも、私はレストさんを信じたくて、期待していたんです。
私は、いつも通り、優しく微笑みながら言った、レストさんのその答えに、落胆しました。
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