第44話 生贄


 そんな、湖畔の家に向かう前に、私は馬から降りて、馬の装備を外してやります。どうなるか分かりませんから、万が一に備えて、どこへでも自由に行けるようにしておかないと、その万が一が起こった時に、可愛そうですからね。

 あーでも、どうにかなっちゃった時に、どこかへ行ってしまっていたら、帰りが困りますね……。そう思ったんですけど、馬は私から逃げる意思を見せませんでした。疲れているのか、花畑に寝そべって、休憩タイムです。この様子なら、大丈夫そうですね。


「……」


 この場合、レストさんとオリアナを、待った方が良いんでしょうか。周囲を見渡しますが、2人はまだ来てくれません。

 でも、よくよく考えたら、1人で来るようにと言われていたんですよね。だから、見張りの兵士も付けられずに一人で行くように言われた訳なんですが、途中で2人増えちゃいました。……良いんですよね。結局今、1人ですし、問題ありません。

 と、いう訳で、私は家の玄関の前までやってきます。階段を上り、湖よりも一段高い所にある、その家の玄関は、本当に普通の家です。というか、こんな所まで、どうやって家の材料を運んだんでしょうか。そして、誰が作ったんでしょう。そんな謎を、この家はまとっています。


「ご、ごめんく……」


 私は、私自身が出した声が、あまりに小さくて驚きました。何を、ビビってるんですか、私は。ここまで来て、オリアナに偉そうに言っておいて、情けないですよ。しっかりしなさい。


「ごめんください!」


 私は、自分に発破をかけ、大きな声で扉をノックし、叫ぶように言いました。

 すると、家の中で、何かが倒れたような、大きな物音が聞こえて来ました。更には、何か慌てたような、バタバタとした音が聞こえてきて、私は不安にかられます。


「……」


 やがて、音はなくなりました。静まり返ったので、私は勇気を出してもう一度、扉をノックしてみました。


「ご、ごめんください」

「……入りなさい」


 すると、厳かな声で、家の中から返事がありました。声から察するに、年老いた老婆の声ですね。

 この声の主が、メリウスの魔女……そう考えると、心臓の鼓動が速まり、緊張感が一気に増してきます。私は、ポケットの中に入っている、麻袋の中身を確認。レックス兄様から貰った金貨を確かめてから、意を決して扉に手をかけました。


「お邪魔します……」


 扉を開き、まず私は、家の中を覗くように、その場に立ちます。

 家の中は、見た事のないような光景が広がっていました。天井から釣り下がっているのは、何かの動物の皮でしょうか。たくさん、釣り下がっています。皮だけではありません。薬の材料になると思われる、草や球根のような物も、吊り下げられています。そんな皮や薬の材料たちの下には、作業スペースとなる、大きな机が置かれています。机の上には、物をすり潰したり、水を沸騰させるためのランプや、その台。ナイフに、紙や本やペン等々……様々な道具が、乱雑に置かれています。

 更には、壁一面に、小さな箱のタンスがずらりと並んでいます。それぞれ違う、何かの材料が入っているようですね。タンスの引き出しに、それぞれ文字が書かれているんですけど、私には読めない文字でした。また、見た事のない文字です。


「こちらへ来なさい」


 そんな、広がった光景に目移りしていると、部屋の奥から声が聞こえて来ました。わざとらしく、開いている扉が一つあって、その奥から声が聞こえます。


「……」


 私は、唾を飲み込んで、緊張しながら家の中へと踏み入ります。

 それにしても、吊り下がっている皮が、気になります。もしかして、私もこんな風に、皮を剥がれてしまうんでしょうか……。いえ、それならまだいいです。生きたまま、あんな事や、こんな事を……想像するだけで、震えてきます。

 そんな余計な事を考えてしまうので、なるべく、周りは見ない方がいいですね。私は、足元へと目を向けて、目移りしないように、真っすぐに開いている扉の方へとやってきました。


「っ……!」


 開いている扉の中には、一人の人物がいました。黒いローブを被った、怪しげな老婆です。年老いて、シワだらけになった顔に、歪んだ顔の形。明らかに、普通ではありません。その姿は、魔女と呼ばれるに相応しく、醜悪にして、邪悪な姿でした。

 見た目で人を判断しない私ですが、この姿はあまりにも酷すぎます……。見た瞬間に、叫び声をあげそうになりましたが、それを引っ込めたのは私のファインプレーです。

 そんな魔女が、部屋の中央に設置された大釜で、何かを煮込んでいます。どうやら煙突は、この釜のために設置されているようで、暖炉のためなんかではなりませんでした。


「……あ、貴方が、メリウスの魔女ですか?」

「そうだ」


 メリウスの魔女は、釜を木の棒でかき混ぜながら、私の問いに答えました。

 一体、何を煮込んでいるんでしょうか……。分かりませんが、臭いは案外良い匂いかも?


「私は、グレア・モース・キールファクト。キールファクト王国の三女です。要求通りに、一人で参りました」

「一人……そうか、一人か……」

「は、はい」


 すると、突然メリウスの魔女が、釜をかき混ぜるのを止めました。そして、私に近づいてきます。


「……!」


 全身を、くまなく観察してくるメリウスの魔女に、緊張します。私は、気を付けをして、目を閉じました。


「ひっ!」


 お尻を、軽く触られました。それから、更に全身を触られます。太もも、お腹、腕、胸、顔……胸には、鎧の胸当てがあるから特に何も感じませんでしたが、それでも生きた心地がしません。怖くて、涙が溢れそうになりますが、じっとこらえます。


「壁際に、立て」


 やがて、満足したのか私の身体を触るのをやめたメリウスの魔女が、そう指示をしてきました。


「……メリウスの魔女よ。私は、王国の使いでやってきました。どうか、貴方の力で王国を救っていただけないでしょうか」

「言われた通りにしろ」

「……はい」


 指示された通り、部屋の奥の壁際に立った私は、その場で次の指示を待ちます。メリウスの魔女は、相変わらず私の全身を嘗め回すように鑑賞してきて、とても不気味です。


「服を脱ぎ、裸になれ」

「ま、待ってください。確かに私は、貴方に生贄に捧げられた身です。しかし、ここにわずかながら、お金があります。どうか、私の命ではなく、このお金で見逃してもらえないでしょうかっ!」


 いきなりの、服を脱げと言う指示に、私は慌てました。ポケットから取り出した袋から、金貨を取り出してそれを彼女に見せつけます。レックス兄様から預かった、金貨5枚……大金ですが、コレで見逃してもらえるのなら、安い物です。


「ほう……」


 メリウスの魔女が、呻りました。お金の価値は、分かるようですね。


「それも、貰う。だが、まずは早く脱げ。お前はもう、私の物なのだ。逆らえば、容赦はしない。お前自身も、お前の国にもだ」

「っ……!」


 どうやら、メリウスの魔女は、強欲な人間のようです。お金を渡して、見逃してくれるような感じではありませんでした。早くも、レックス兄様がくれたお金の意味がなくなり、私は素っ裸にされて、何をされるか分かりません。でも、ここで彼女を怒らせたら、ここへ来た意味が、全てなくなってしまいます。

 こんな事になるなら、オリアナと一緒に逃げておけば……いえ、それは言ってはいけませんね。ごめんなさい、オリアナ。私は──。


「わかり、ました……。でも、約束してください。私の身は、貴方に捧げます。ですが、どうか私の国を救ってください」

「……」


 メリウスの魔女は、ゆっくりと頷きました。それを確認して、安心します。

 そして、私は意を決して、指示された通りに服を脱ぎ始めます。ベルトを外し、鎧を脱ぎ捨て、それから上着を脱ぎ……下に着ていた服の、首元のボタンに手をかけます。一つずつはずしていき、胸が、もう少しで見えてしまいそうです。


「──何を、しているのですか?」


 しかし、その行動は、突然聞こえてきた声によって、一旦停止です。

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