第36話 おかわり


「私はちょっと特別なので、これくらいの魔法を使った所で、何の影響もありません。なので、安心してください」


 魔法で炎を作り出し、そう言ったのはレストさんです。じゃあ、心配する必要ありませんでしたね。

 私は心の中で後悔しながら、レストさんが作ってくれた炎に当たります。でも、本当に不思議ですよね。木も何もない所に炎が現れて、ずっと燃え続けているんですから。

 周辺は、完全に日が落ちた事により、真っ暗闇。月明りは全く入ってこないので、真の闇が広がっています。そんな中で、この炎だけが明るく輝いていています。


「今日の夕飯は、ベーコンとじゃがいものスープです。パンは痛んできたので、今日中に全て食べてしまいましょう。姫様の最後の晩餐ですから、腕を振るいますよ」

「縁起でもない事、言わないでもらえます!?」


 私は炎の傍に、フライパンや食材を運んでくるオリアナに対し、怒鳴りつけました。本当にオリアナは、一言多いんですよね。

 でも、ベーコンのスープ……美味しそうで、涎が垂れてきます。


「グレアちゃんは、分かりやすいですねー」

「まったくですね」


 私は2人にそう指摘されて、慌てて涎を拭います。

 だって、しょうがないじゃないですか。お城を出てから、ご飯が異様に美味しく感じるんですもん。オリアナが、作ってくれてるからですかね?お城に勤める、一流のシェフが作った料理より美味しいなんて、凄いじゃないですか。褒めてあげますよ。


「んんー!」


 それから、私はオリアナが作ってくれたスープをパンに染み込ませて食べて、その味を堪能します。スープは、ベーコンや野菜たちの味が染み込み、絶品です。パンがよく合って、止まりません。なんですか、コレ。美味しすぎますよ。


「あ、そうだ、グレアちゃん。魔法、教えてあげましょうか」

「ん、んぐっ!?」


 パンを食べている途中で、同じく食事中のレストさんが、唐突にそう言ってきました。突然の、思いがけない申し出に、私はまだ噛み終わっていないパンを、間違って飲み込んでしまい、喉につまらせてしまいました。

 ぐ、ぐるじい。

 私は胸を手で叩きながら、水を飲み込んで、パンを流し込むことに成功しました。死ぬかと思いましたよ。


「はぁはぁ。た、助かった……」

「がっつくからですよ」


 オリアナが、呆れたように言ってきます。主人である私が死にかけたと言うのに、何を優雅にスープを飲んでいるんですか。

 いや、そんなのどうでもいいです。今、レストさんが言った事のほうが、重要です。


「私に、魔法を教えると言いました……?」

「はい」


 どうやら、聞き間違いではなかったようで、安心します。


「それは、願ってもない申し出ですが、でもどうしていきなり気が変わったんですか?」


 魔法を覚えたい理由が気に入らないとか言って断っておいて、この気の変わりようは、逆に不安になります。とくに気が変わる要素も、ありませんでしたし。


「流れが、変わったと言った所ですねー」

「……?」


 私には、よく分かりません。でも、教えてくれると言うのなら、それ以上知る必要はありませんね。


「ご飯を食べ終わったら、始めましょうか」

「は、はいっ!」


 私は、先ほどまでよりもがっついて、オリアナが作ってくれたご飯を食べます。早く、魔法を教えてもらいたいがためです。ああ、でも、ちゃんと味は、感じていますよ。じゃないと、作ってくれたオリアナに失礼ですからね。


「レスト様。本気ですか?」

「本気です」

「そんな事をして、姫様の寿命が縮まってしまったら、どうするおつもりですか?」


 ご飯を食べる私をよそに、オリアナがなんだかちょっと、レストさんに対して怒っています。さすがの私もそんな空気を察して、ご飯を進める手を緩めます。


「そうですね。そうなるかもしれません。でも、まずはグレアちゃんの魔法適正だけでも、見てあげましょう。それで才能がなければ、グレアちゃんも諦めがつくはずですよ」

「では、諦めがつかなかったら?結果として、姫様の寿命を縮めてしまった時、貴方は責任が取れるのですか?人の命を弄ぶのは、お止めください。ましてや、それが姫様の命である以上、見逃す訳にはいきません」

「お、オリアナ……」

「姫様は、黙っていてください」


 黙っていろって、私の事を話しているのに、それはないんじゃないですか。いじけた私は、残りのスープを、口の中にかきこみます。パンも、高速でちぎっては食べ、ちぎっては食べてやりますよ。


「オリアナちゃんの気持ちは、分かります。ですが、グレアちゃんならばきっと、貴方の気持ちを理解してくれるはずです。そんなグレアちゃんが、貴方の気持ちを無視して、魔法を使うと思いますか?」

「無視するとか、そんな問題ではありません。魔法は、悪魔の術であると言ったのは、貴方ではないですか。それを姫様に教えるなんて、どうかしています」

「そんなの、知りませんー。私が教えたいから、教えるんですー」

「また、子供みたいな事を言って……。もう少し、他の人間の事を、ちゃんと考えて物を言ってください。皆が皆で、貴方のように才能がある訳ではないんですから」

「考えていますよ。ちゃんと、考えています」

「はぁ……よくよく考えれば、貴方と姫様は割と似ていますね……」


 オリアナが、そう言って頭を抱えました。そうでしょうか。私って、レストさんみたいに胸大きくないですよ?

 というのは冗談で、オリアナが言っているのは、内面的な事ですね。だとしても、そうでしょうか。私って、レストさんみたいに子供っぽかったり、唐突に話を変えたり、女の子大好きっ子だったり、掴みようのない性格してますか?


「オリアナ」

「……何ですか、姫様。姫様に魔法を教える事を反対した私を、叱りつけるおつもりですか?」

「いえ。おかわり」


 私は、空っぽになった容器を、オリアナに差し出しました。2人が言い争っている間に食べ終わって、もっと食べたいなと思っていたんです。だって、美味しいんですもん。一杯じゃ、とてもじゃないけど足りませんよ。

 それに、ですよ。私のために、反対してくれているオリアナを叱る理由は、ありません。恥ずかしいので口には出しませんが、オリアナがそんなに必死に反対してくれて、私は嬉しいです。

 でも、私は魔法を覚えたい。その気持ちは、変わりません。例え寿命を縮める事になろうとも、魔法は、今後私の国に、必要不可欠な物になってくるはずです。


「……好きにしてください。ただし、まずは適性を見るだけ。それで才能がないと分かったら、キッパリと諦めてください」

「分かりました。レストさん、すぐに食べちゃうので、レストさんも急いで食べてください」

「わ、私もですか?」


 差し出した器に、オリアナがおかわりのスープをいれてくれて、私は再び食べる事に没頭します。レストさんの器に入ったスープは、まだ全然減っていません。なので、さっさと食べるように言っておきます。

 魔法を使うって、一体どんな感じなんでしょう。楽しみです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る