第26話 命に代えても
夜……ふと、目が覚めてしまいました。洞窟の外へと目を向けると、外はまだ、真っ暗です。オリアナと、レストさんも、私と同様に、布切れの上で眠っています。それだけ確認して、再び眠りにつこうとしますが、眠れません。ちょっと、早く眠りすぎましたね。
眠れないので、仕方ないです。私は起き上がると、気分転換に、洞窟の入口へと足を運びます。
外は、未だに大雨ですが、ちょっとは弱くなっている気がします。視界も、少しは良くなっていて、もうすぐ止む。そんな気がします。
「ふわぁ……」
しばらく、外の様子をボケっと眺めていたら、ちょうどいい具合に、眠くなってしました。欠伸をして、振り返り、元の場所へと戻ろう。そう思った瞬間でした。
何かが、私の髪の毛をかすめて、通り過ぎた気がします。それは、そのままどこかへ飛んで行ってしまいましたが、先端に銀色の何かがついた、長細い棒状の物だった気がします。
「ふむ」
ちょっと、考えてみます。先端が銀色の……長細い、棒……早くて、遠くへ飛んでいく物……。
いやいやいや、まさか。そんな訳ないです。私は、思い浮かんだものを、頭を振って吹き飛ばしてから、恐る恐る振り返りました。
「ひっ!」
洞窟の外から、猛然と、突撃してくる人影があります。その人影は、1つや2つではありません。恐らくは、数十です。雨で足音を消し、黒いローブを羽織って、闇夜に乗じて迫ってきます。その、突進してくる人の中には、私に向かって弩を構える者もいるようです。
私は、全身から血の気が引くのを、感じました。お城の中で、ぬくぬと暮らし、兵士達に守られていた時とは、違う。暗殺や、敵襲とは、無縁の場所で生きてきて、こうして命を脅かす物からは、目を背けてきました。今まではそれでよくて、それに対処するのは、私の役目ではありません。でも、今は違います。今は、一緒にいてくれる人はいても、誰も私を守ってくれません。
「──オリアナ!レストさん!襲撃です!逃げてください!」
私は、叫びました。直後に、弩が、私に向かって放たれるのを見ました。どうやら先ほどは、偶然にも避ける事に成功したようですが、そんな偶然は続きません。その矢は、きっと、確実に、私に命中して、私は死ぬ。そう感じました。
でも、死ぬ前に、それだけ言う事ができました。2人が逃げられるかは分かりませんが、私の声に気づいて、少しでも早く行動できれば、また違った未来が待っているかもしれませんから。
それにしても、短い旅でした。メリウスの魔女の下に行くどころか、こんな、旅の最初の最初で、死んでしまうとは……情けないです。さようなら、オリアナ。どうか、貴方はご無事でいてください。
「仕方のない、姫様ですね」
いつもの、やる気のない、無感情な声がして、白いメイド服が、翻るのが見えました。かと思いきや、一瞬風が吹いたような気がします。そして、向かってきていた矢が、あらぬ方向へと、はじき返されていきました。
信じられませんが、それをしたのは、いつの間にか私を庇うように立っていた、オリアナです。手には、黒い鞘と、片刃の剣を持っています。剣は、細く、反った、ちょっと頼りない形なんですが、波紋の浮き上がった、とてもキレイな剣です。
「お、おおお、オリアナ……!?」
「夜起きて出かけるとか、非行ですか?グレたのですか?」
「ぐれ……とか、どうでもいいです!な、なんですか、その武器は!」
「コレですか?こちら、刀という武器になります」
刀……聞いたことのない、武器です。
いや、それよりも、今はそんな事話してる場合じゃないです。オリアナの目の前まで、襲撃者が迫っていて、剣を構えて襲い掛かって来ようとしています。
「オリアナ!」
「ああ、動かなくて平気です」
オリアナの言う通り、私は動かずに済みました。というか、動く間もなかったです。あまりにも一瞬の出来事すぎて、反応すらできませんでした。反応できなかったのは、私だけではありません。当の本人である、襲撃者も、何が起こったのか分かっていないようです。
「……!」
襲撃者がようやく気付いた時、服は破れ去り、剣は宙を舞って、天井に突き刺さりました。無事なのは、頭に被ったフードだけです。首から下は見事に切り裂かれて、かつて服だった布キレが地面に落ちていき、最終的には素っ裸になった男の人が、そこにいました。
私は、初めて見る男の人の裸を前に、目を手で覆って隠します。ギリギリ、局所は見ていませんが、それでも結構ショッキングな映像でした。
直後に、鈍い音がして、何かが倒れる音がしてきます。恐る恐る、手をどけて見てみると、素っ裸の男の人が、うつ伏せで倒れていました。ごつごつとした背中に、引き締まったお尻が丸見えです。
「こ、ここ、殺したんですか!?」
「いえ、生きています。峰打ちです」
「そ、そうですか……」
目の前で、あんまり血なまぐさい事は起きて欲しくないので、ちょっと安心です。でも、気絶する程の衝撃は、与えられたという事ですよね。大丈夫なんでしょうか。
「姫様」
倒れた襲撃者の顔を覗き込もうとすると、オリアナが間に入り、それを制してきました。
「敵は、一人じゃないんですよ。分かっていますか?」
「は、はい」
オリアナは、私の勝手な行動を、遠回しに非難してきました。いつもならちょっとむかつきますが、今のオリアナにだったら、叱られてもいいです。私はおとなしく、オリアナの背後へと回り込むと、その身を隠して様子を伺います。
しかし、所詮は多勢に無勢です。こちらは戦えるのがオリアナだけなのに対して、相手はまだ、10人以上います。オリアナの強さを目の当たりにした彼らは、まずは攻撃をやめ、私とオリアナを囲い込んできました。
「お、オリアナぁ。う、後ろにもいます。後ろにもいますよ」
オリアナのメイド服を引っ張りながら、一応報告しておきました。気づいてるだろうけど、言わずにはいられません。
「知ってます。それより手を離して、姫様はその場で動かず、待機していてください」
「ふぇ、ふぇ」
そう言われましても、私は怖くて、オリアナのメイド服を掴む手を離せず、意味不明な言葉を発します。なんでしたら、ちょっと震えてますからね。情けないと思うでしょう?でも、私にだって、怖い事くらいあるんです。
「ご安心ください。姫様は、私の命に代えてもお守りします。どうか、信じてください」
「……ふぇ」
オリアナに、真剣な目をしてそう言われてしまったら、信じるしかないじゃないですか。私は、勇気を振り絞ってオリアナから手を離して、その手を胸の前で組んで、行方を見守る事にします。
神様、どうかオリアナが、怪我をしませんように。そう祈る事くらいしか、私にできる事はなさそうです。
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