第21話 ファーストキス


 手に持った掛布団は、暖かくて、それが人形ではないことを証明しています。仰向けになって眠っていたその人物は、規則正しく息をしていて、息に合わせて、その豊かに実った胸を、上下させている。なんですか、この柔らかそうな胸は。けしからんです。そんな胸を覆い隠すのは、白の清楚なシャツです。その上から黒のローブを羽織っていて、上半身の露出は少ない。一方下に目を向けると、丈の長いスカートを履いていて、スリットが入っているんですが、それがめくれていて、ちょっとセクシーな事になっています。


「んん?」


 ランプで照らしてその人物を観察していると、私に気づいて起き上がりました。

 起き上がったその人物は、ど偉い美人さんでした。荷馬車の床の上に、広がるようにしてバラまかれていた銀色の髪の毛を、起き上がる際に流れさせたそれは、ランプの光を反射させ、夜空に瞬く星空のようです。前髪は左右で髪留めによって抑えられ、顔に髪がかからいようにしていて、その顔はよく見る事ができます。眉毛も銀色で、その瞳までもが、銀色に輝いています。目がトロリとしているのは、寝起きだからですかね。


「へ?ちょ、ちょっと……」


 その顔が、私に迫ってきます。スラリとした顔つきに、どこか艶っぽく、頬を赤く染めた、その美人さんの顔が、急接近です。

 退こうとした私ですが、そうはさせてもらえません。私はその人に、両手を首に回されて、逆に引き寄せられてしまいます。

 結果として、どうなってしまったか。それは、私の唇に触れた、柔らかな感触が、答えを示しています。そうです。キスです。私の、初めてのキスです。


「ん……んんんんん!?」


 パニックに陥った私はどうしたらいいのか分からず、脱力して、されるがままです。

 そんな中で言える事は、唇から伝わる熱が、とても気持ち良いという事です。目の前にある瞳はキレイですし、鼻から伝わる香りは、女の子特有のとても良い香りで、陶酔してしまいそう。


「ぷはっ」


 どれくらい、キスをしていたんでしょうか。しばらく経ってから、ゆっくりと唇が離されて、私は久々に息をする事ができました。

 でも、未だに目の前に唇はあって、首に手を回されたままですし、いつでも再びキスができる状況です。


「あ、あの、ああああ、あの……!」


 恥ずかしくて、言葉が上手く出てきません。自分では分かりませんが、たぶん顔が真っ赤です。沸騰しそうなくらい、熱いです。


「可愛い……私の、シェラ」

「しぇ、シェラ……?」


 誰かの名前を呼んだ、銀髪の女性。シェラとは、誰の事でしょう。私はグレアですし、もしかして、寝ぼけて誰かと勘違いしてます?


「ん……!」


 そんなタイミングで、再び唇を合わせられました。再び唇に伝わる、熱。息。そして、いい香り。私はもう、されるがままです。このまま陶酔して、流されてしまったら、どうなるんでしょうか。怖いような……でもちょっと気になってしまいます。


「わー」


 そこへ、いつの間にか訪れていたオリアナが、感嘆の声を漏らしています。荷馬車の入り口から、無表情でこちらを見ていました。最悪な所を、見られてしまいました。

 ですがおかげで、我に返る事ができました。私は一体、何をしているのかと。


「んんんん!?んー、んー、ぷはっ!や、止めてくださいっ!」


 我に返った私は、銀髪の女性の肩を掴み、唇から引きはがします。その際に唇に吸い付かれて、ちょっと痛かったですけど、無理やり剥がしました。


「姫様は、そういう趣味でしたか。私も、気を付けなければいけないようです」

「ち、違います!これは、この人がいきなり……というか、誰ですか、コレ!?」

「んー」


 未だに、唇を尖らせて私の首に巻き付いている、銀髪の女性。隙あらば、キスをしようとしてきています。


「ふん!」

「ふがっ」


 あまりに鬱陶しく、しつこいので、私は銀髪の女性の鼻の穴に、指を突っ込んでやりました。それに怯んだ女性は、私の首から手を離し、手をぱたぱたと振り出します。


「いいですか。コレは、この人が急に襲い掛かってきて、してきた事です。私の意思ではありません。で、何なんですか、この人は」

「旅のお方です。拾いました」

「そんな、動物を拾ったみたいに言わないでください……」

「ふが、ふが……ふが?」


 鼻の穴に、私の指を突っ込まれている女性の、抵抗が弱まりました。どうやら、目が覚めたようですね。私は、鼻の穴から、指を引き抜いてあげました。


「だ、大丈夫ですか?」


 女性が、その場に倒れこんで俯いてしまい、心配になります。さすがに、いきなり鼻の穴に指を突っ込むとか、ちょっとやり過ぎでしたよね。


「め、目が覚めたら、鼻に指を突っ込まれてるとか、どういうプレイですか?はぁはぁ」


 寄り添った私に対して、何故か息を荒くして興奮した様子で、顔を赤くしている女性。どうやらまだ、目が覚めていないようです。

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