第2話 ヤバイんじゃないですか


「この国、ヤバイわ」


 その日のディナー。豪華な長机に、細かな装飾のほどこされたイスに座る、私達。机の上には高級な食材を、一流シェフが調理した料理が並べられ、大勢のメイドがつきっきりで私達の食事を見守っている。

 まさに、国王一家の食事に、相応しい風景です。この時ばかりは、家族揃っての食事も苦にはなりません。黙って、口を開かず、食べるだけですからね。美味しくて、最高です。

 そんな、家族が全員揃った場で、父上は突然そう言った。


「あなた。何がヤバイのか、ちゃんと言ってください」


 尋ねたのは、私のお母様。義理ですけどね。

 目つきは鋭く、髪の毛の色は茶色。髪の毛は編み込まれ、複雑に入り組んだそれは、一つの芸術品のようです。今は束ねていて分かりませんが、その髪の長さは膝元まであって、相当長いんですよ。ハッキリ言って、鬱陶しそう。あと、毎日その編み込みをするのはメイドさん達で、大変そうです。あと、背がとても高くて、2メートル近い身長がある。昔はその背の高さと、抜群のプロポーションを活かした凄く美人さんだったみたいだけど、今はお化粧でシワを徹底的に隠した、年増です。ただの、口うるさいばばあです。


「魔族に、防衛ラインを突破されて、もうじきここに攻めてくる」

「ぶっ!」


 吹き出したのは、1番上の兄です。名前は、オーガスト。以下は私と同じなので、カットです。

 母に似て、背の高い兄は、容姿だけはとても整っていて、カッコイイと思う。昔の父に似ているという兄は、凛々しい顔立ちに、父上から受けついだ、私と同じ金色の髪を長めに下ろしていて、眉目秀麗という言葉がよく似合う。でも、いかんせん性格が最悪で、女好きのクソ王子なんですよ。容姿だけはいいから、女はコロッと騙されちゃうんですよね。


「げほっ、げほっ!の、呑気に、飯なんて食っている場合ではないじゃないですか!」


 オーガスト兄様は、勢いよく立ち上がり、父上にそう訴えた。


「いや、どうせ篭城するし、しばらくは大丈夫だろう」

「……それもそうですね」

「……」


 そして、すぐにイスに座り、食事を再開します。

 父上は、そんなオーガスト兄様の様子を、静かに、でもどこか失望したように見守っている。

 このお城は、城塞都市ですからね。地形のくぼ地を利用した、難攻不落のモース城。正面はそびえ立つ壁に守られ、3方向をそびえ立つ崖に囲まれた、完全なる防御を誇る、この国の中心地。水も、湧き水によって作られた大きな池があるし、食糧の備蓄も大量にある。更に、今から敵が攻めてくると分かっていれば、もっと多くの食料を買い入れて、備蓄して備える事ができます。なので、篭もってれば安心なんですよ。というのが、通説です。


「しかし、魔族の好き勝手にされるのも、癪だ。父上。打って出る策はないのか」


 次男の、マルス兄様が、勇ましいことを言っている。オーガスト兄様にくらべ、マルス兄様はちょっとふくよかで、あまりおもてにならない外見をしている。眉毛の太さと、鼻の大きさは父上ゆずりで、口と目はお母様。背はお母様から譲り受けて高いのに、横にも広がってしまったので台無し。一時期、オーガスト兄様を真似して髪の毛を伸ばしていましたが、マルス兄様がそうしたところで気持ち悪い事に気がついたのか、いつの間にか切っていました。ちなみに髪の色は、茶色。お母様と一緒ですね。

 だけど、悪いのは外見だけで、性格はそこまで悪くはない。オーガスト兄様は先ほど言ったとおり、女好きのろくでなしな上に、すぐに狼狽するチキン野郎なんですが、マルス兄様はとても勇敢。更に、困っている人を見たら手を差し伸べる、優しい人なんです。

 ただし、私の事は嫌っているみたいで、私には優しくしてくれません。このクソデブ、いつか殺す。私はそう思っています。


「ない。王国軍団長ですら、防げなかった魔族の侵攻ぞ。わが軍の残りの兵士は、要塞から逃げ延びてくる3000の兵と、この城を守る1000の兵。対して侵攻してくる魔族は、5万と聞き及ぶ。低脳な連中なれど、この数の差はいかんともしがたい」

「まったく、使えない連中。その逃げ延びてくる兵士達、生きてても役に立たないんじゃないですか。殺しちゃいましょうよ」


 面白そうに、冷酷に言い放ったのは、長女のツェリーナ姉様です。美しい金髪を、お母様のように編み込んで、真似しています。お母様に非常によく似た顔立ちで、同じように目つきが鋭い。ただ、シワが少ないのでとてもキレイな女性です。ツェリーナ姉様もまた、お母様程ではないけど背が大きくて、抜群のプロポーションを誇っている。

 ただ、性格が凄く悪い。やれ死刑だの、やれ追放だの、口癖なんじゃないかと思うくらい、すぐに口にする。その性格の悪さを、国民に対して隠すつもりもない。ある意味清々しいけど、影では国民から、極悪非道の冷酷女と囁かれているのを、私は知っている。


「もー、ダメだよお姉さま。国のために戦ってくれた兵隊さん達なんだから、ね?」


 そんなツェリーナ姉様を注意したのは、次女のサリア姉様だ。他の兄弟に比べて小柄で、私よりもちょっと大きいくらいだけど、これがまた、お人形さんみたいでとても可愛いんです。お目目はくりくり、髪の毛は先端がカールがかっていて、声は鈴の音色のよう。この声で甘えられたら、男どころか女まで、いちころです。

 でも、性格が悪い。ツェリーナ姉様を、遥かに凌ぐ性格の悪さ……というより、この場にいる誰よりも、性格が悪いと思います。ツェリーナ姉様と違い、その素の性格の悪さを隠しているから、性質の悪さでは一級品。ホント、死なないかな。


「ごめんごめん。つい、口が滑っただけよ。許して」


 アレが口を滑ったと言うなら、ツェリーナ姉様は、いつも滑っている事になる。口が氷で固まってるんじゃないですか。溶かして差し上げましょうか。熱湯で。


「口が滑ったで、兵士を侮辱するような発言は、オレが許さんぞ、ツェリーナ」

「おお、怖い。マルス兄さんが、私を睨んでる。助けて、サリア」

「マルス兄様。お姉様はちゃんと謝ったんだから、許してあげて!」

「むぅ……」


 サリア姉様にかかれば、マルス兄様もこの通り。可愛い妹に睨まれて、せっかく険悪な空気になりそうだったのに、黙り込んでしまった。

 ホント、バカな連中です。この国の将来って、もしかして魔族の襲来より、ヤバイんじゃないですか。

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