24 あたしより先に死んだら世界で一番ダサいお墓にしてあげるわ


 結論から言うと、【旦那様】の凄テクは寝かしつけるだけじゃなかった。彼の手はいろいろ凄すぎてきっと神話生物かなにかよ。人類じゃ太刀打ちできないなにかよ。

 蕩けるようにふわふわとした意識のまま眠ってしまったと思う。だけど、目が覚めたときあたしの大好きな【旦那様】が抱きしめてくれていた。彼はとても穏やかな様子で眠っていて、やっぱり凄く綺麗だと思う。

 でも、次は絶対トップは譲らないわ。やっぱりあたし、自分から迫る方が好きよ。

 変な姿勢で寝ていたせいか少しだけ体がだるい。けれどもそれ以上に、ぎゅっと抱きしめてくれていることが嬉しくて【旦那様】の寝顔を眺めてしまう。昨日はもうなにも作らないなんて拗ねてしまったけれど、今はもう、創作意欲が溢れすぎて困るわ。あたしの大好きな【旦那様】を一瞬も逃さず留めたい。

 じっと見つめてしまったことに気付かれたのだろう。見惚れていたら引き寄せられてしまう。

「アンジェリーナ……おはよう……」

 少し寝ぼけた【旦那様】が優しく額に口づけた。

 なっ、これは……念願の『おはようのちゅー』じゃない。

 え? 今? 今このタイミングで?

「……あたしからしたかったのに……」

 しかもおでこだなんて。

「アンジェリーナはいつも積極的だね。もちろん、君からしてくれても嬉しいよ」

 まだ少し眠いと欠伸をしながら、なんとか起きようとしているようにも見える。

「今日は一日空けてあるから二人でゆっくり過ごそう。どこか行きたい場所があったら出かけてもいいし、このままのんびり過ごすのもいいね」

 優しく髪を撫でながら,穏やかな声が言う。

「……お化粧したまま寝ちゃったショックが大きいからまずはお肌のお手入れをしたいわ」

「ああ、すまない。気付かなくて……女性はいろいろ大変だね」

「女性はって……旦那様はなにもしなくてそんなつるぷやお肌なの? なに? 女神に溺愛されてるの?」

 あたしは毎日あれこれお手入れしているのに……どう見たって【旦那様】の方がお肌が綺麗……え? あたしアンジェリーナより年上なのにどうして?

「あまり気にしたことがなかったな……ああ、でも、肌が綺麗な方がアンジェリーナにも喜んでもらえるかな?」

 なんて羨ましい。そんな感覚で……。

「アンジェリーナは普段どんな手入れをしているのかな? 私も同じ物を使ってみたいな」

 そんな風に興味があると言われて断れるはずがない。

「必要な化粧品なんかは好きなだけ取り寄せて構わないよ」

 欲しいものは何でも買ってあげると言わんばかりの【旦那様】に呆れてしまう。これはあたしの祖父より甘いわ。

「化粧品は大体実家から送られてくるから問題ないわ。ハニー伯爵領は養蜂が盛んだから蜂蜜の化粧品がたくさんあるの」

 蜂蜜って食べて美味しいし薬にもなるし美容にもいい万能なのよ。たっぷり蜂蜜愛を語ろうと思ったけれど、まずはお肌のお手入れだ。

 でもあんまりすっぴんは見られたくない。

「……どう見てもすっぴんじゃ旦那様に勝てない……」

 メイク後の顔は勿論自分の顔の方が好みだけど……。

「ん? アンジェリーナは化粧を落とすととってもかわいらしいよ? 化粧をすると少し冷たい美人に見えるのに表情がころころかわるから本当に愛らしいんだ」

 うっとりと語られても困る。それに、冷たい印象っていうのはたまに言われるわね。奇行が目立ちすぎてそんなに気にされないけど。

「一番は甘えてくれるときの表情がかわいいな」

 表情のランク付けされても困るわ。

 まずはゆっくりお風呂に入って……。

「旦那様? どうしてついてくるの?」

「一度アンジェリーナの髪を洗ってみたいと思っていたんだ」

 一緒にお風呂に行く気満々ね。無理。【旦那様】のあの手でシャンプーされたらあたしきっと融けちゃう。骨抜きにされちゃう。

「髪はベティにやってもらうから」

「だめ。今日は一日君を構い倒すと決めているんだ」

 普段のうじうじからは想像も出来ないほど積極的な【旦那様】に勝てるはずがない。

 結局あたしは敗北した。




 朝食と言うよりもうお昼に近い時間。食事の席にはきらきらのジュール様とカロリー様、そして男の格好をしたクリスが居た。

「アンジー、ぽやぽやだけど大丈夫?」

 真っ先に声を掛けてくれたのはクリス。【旦那様】の凄テクシャンプーが気持ちよすぎてまだ頭がぽやぽやしているのを一瞬で見抜かれてしまったわ。

「旦那様の凄テクがやっぱり凄すぎたわ……生まれ変わったら旦那様の犬になりたい」

 あのシャンプーはもうやばい。

「嫌だなあ、犬だなんて。アンジェリーナは生まれ変わっても私の妻でいてくれなくては困るよ。それにしても、本当に気持ちよさそうなアンジェリーナはかわいかったな」

 また捕獲しようとしてくる【旦那様】をするりと除けて席に着く。

「ジュール様たちまだ居たのね。ご依頼のお洋服は渡したでしょう? まだなにか用事があるの? それとも旦那様に?」

「ああ、肝心な用を忘れていてね。実は私の家でちょっとした夜会を開くのだけど、アンジーとジルに招待状を渡していなかったからね」

 ジュール様は楽しそうに笑いながらあたしに招待状を渡してくる。

「へぇ、ジュール様のお家ってどんなところなのかしら? ヘンテコな発明ばかりしているからやっぱりヘンテコな……」

 言い終わる前に招待状の文字が飛び込んでくる。

 これ、王宮の招待状じゃないの。

「なんの冗談かしら?」

 え? ジュール様の家でって言ってたわよね? あれ? 教会は神の家的な? 我が国の国民からすれば王宮は実家的な?

 意味がわからない。どうなっているのかしら。

 困り果てて【旦那様】を見ればやれやれと溜息を吐いている。

「あんなんでもジュールは一応我が国の王子なんだ。かなり困った性癖と性格だけど」

 性格と性癖を【旦那様】に『困った』なんて言われてしまうジュール様って何者?

 それ以上にその王子と親しい【旦那様】って何者?

 混乱しているとジュール様は楽しそうに笑っている。

「いやぁ、アンジーなら面白い反応をしてくれると思っていたよ。身分を隠している間は言いたい放題だったからね。この後の反応が楽しみだな」

 これはあたしを虐めたいって言ってるわ。

 カロリー様に助けを求めようとすれば彼女は優雅にお茶を飲んでいた。

「ジュール様、あたしに意地悪する気満々よね?」

「アンジーは生意気で面白いから僕のお気に入りだよ? あと八十キロ肥えたら愛人にしてあげてもいいくらいには」

「あたし旦那様以外の男性に興味はないの。ごめんなさい」

 カロリー様の愛人なら少し考えたかもしれないけどまるまると太らされるのは困るわ。

「そこがわからないんだよな。アンジー、どうしてそんなにジルがお気に入りなの? へたれでむっつりで依存しやすい精神不安定男だよ?」

「一番最初にあたしに求婚してくれたもの。あたしみたいな変人が良いって言ってくれる特殊な人よ。それにとっても優しいの。多少不安定なくらいは誰にでもあるわ。世界で二番目に好きな人よ」

 一番はもちろんあたし。

 意地悪な質問をしたくせに、ジュール様は楽しそうに笑っている。

「よかったね。ジル。アンジーは君のことが本当に大好きみたい。僕の身分を明かしてもちっとも靡かないからね。たまに居るんだよ。カロリーを蹴落とそうとするような困ったご令嬢も」

 楽しそうに言うけれど、たぶんジュール様はそう言うご令嬢を始末しているのだろうな。

「アンジーに興味があったのは本当。仲間だと気付いたからね。でも、ジルの嫁がどんな人か確認しておきたかったんだ。これでも友人だからね。困った女性だったらなんとか僕の方で処理しようかと」

「あたしの旦那様とどんな関係なのよ。結婚にまで口出そうなんて。旦那様の貞操の危機?」

「それはアンジーの方が危険だろう?」

 くすくすと笑っているけどあたしは【旦那様】の正妻よ。問題ないじゃない。

「アンジーがジルの寝込みを襲おうとしたって最初に聞いた時は……笑いをこらえられなかったよ。面白すぎるだろう……」

 とうとうお腹を抱え始めた。

「旦那様、本当にこんな人とお友達なの?」

「……付き合いは長いんだ。ジュールがまだおしめだった頃から知ってるから……ジュール、あまりアンジェリーナをからかうと、幼いジュールがしでかしたあれやこれを全てカロリー嬢に話す事になるけれど、もちろん構わないよね?」

 そう【旦那様】が微笑んだ瞬間、ジュール様から笑みが消える。

 一体なにをしでかしたのよ。

「ちょっとその話詳しく。あたしも弱味の一つ二つ握っておきたい」

 虐められてばかりなのは気に入らないもの。

「そうだなぁ。木登りをして降りられなくなったときの話をするべきが、自分を超人だと信じて二階の窓から空を飛ぼうとしたときの話をするべきか……いや、自分は世界を救う使命がある的な冒険物語を妄想していた」

「ジル、子供の時の話だ」

 ジュール様が恥ずかしそうに顔を覆う。

 ああ、なるほど。異世界転生したからなんらかの特殊能力があるだろうと思ってしまったのね。

「ジュール様って、結構普通に男の子してるわね。楽しそう」

「そういうアンジーは、そういう期待しなかったの?」

 恨めしそうに睨まれる。

 別に。あたしは元々特別だし。

「ぷかぷか浮いてても誰も驚かなかったからこれが普通なんだと思ってたわ。だからあたしは創作活動に専念してお父様の胃を壊滅状況に陥らせていたわ」

「というより、アンジー、今君の周りの物がぷかぷか浮いている方が気になるのだけど」

 ジュール様の視線を追えば、確かにあたしの回りのお皿やカップがぷかぷか浮いているわね。

「あら? 勝手に浮いてるなんて珍しいわね。明日はマシュマロでも降るかしら?」

 魔力の暴走? でもあたし、今までそんなことなかったわ。

「幸せ過ぎてちょっと気が緩んじゃったのかしら」

 だって【旦那様】といちゃらぶ生活だもの。気も緩むわ。

 大丈夫。あたしの魔力ってそんなに強力じゃないから人を飛ばしたりはしないわ。

「もう少し遠くまで動かせたら動かずに欲しいものを取れるのに、少し使い勝手の悪い魔力よね」

 そう言って笑っていると【旦那様】があたしのお皿に美味しそうな果物をたくさん乗っけてくれている。

「デザートはシャーベット?」

「構わないけど、アンジェリーナ、食べ過ぎてはお腹を壊してしまうよ」

 ふふふとと笑いながらあたしの前にお皿を置く。けれどもお皿はテーブルに触れる前に浮いていた。

 うげっ……バナナが入っているわ……あたし、バナナは苦手なのよね。

 ちらりと【旦那様】のお皿を見れば、バナナやナッツが多い。幸せホルモンがどうとかそういうやつなのかしら? 浮き沈みが激しい人用のメニュー?

「アンジー、美味しいチョコレートマフィンもあるわよ」

 カロリー様がまたこってりとしたナッツのたっぷり入ったチョコレートがけのマフィンをたくさん乗せたお皿をこっちへ向ける。やっぱりそのお皿もぷかぷか浮いている。

「バナナマフィンもあるけど、パンケーキの方がいいかな?」

 ジュール様もまた可愛らしいトッピングのパンケーキを用意している。バナナや苺がたっぷり乗った生クリームとチョコレートがけ。

 この二人はただあたしを太らせたいだけね。体重があと八十キロ増えたら愛人って言ってたもの。そんなに太ったらたぶん浮けなくなっちゃうわ。

「ごめんなさい。あたし、バナナ嫌いなの」

 素直にそう言っておこう。でも、折角【旦那様】が用意してくれたから……息を止めて少しくらい頑張るわ。

 でもバナナの匂いって本当に苦手。警報フェロモン的なそんな話かしらってくらい本能的に嫌いってやつかもしれないわ。前世では平気だったのに……やっぱりハニー伯爵家に生まれたからかしら。養蜂家はバナナに敏感なのよ。

「バナナが嫌いだなんて珍しいね」

 ジュール様は少しだけ驚いた顔をして、それからそそくさとお皿の上のバナナを除ける。別の果物を盛り付けて持ってくるつもりだろうか。

「すまない、君の好みも確認しないで……」

 【旦那様】は沈んだ様子を見せる。

「気にしないで。あたしが勝手に苦手なだけだから。でも、折角旦那様が用意してくれたんだから、これは頑張ってみるわ」

 息を止めて飲み込んでも、やっぱり口の中に匂いが残ってしまう。どうしてバナナってこんなに匂いが強烈なのかしら。

「普通はバナナを食べるとうきうきするのにね。バナナの皮を剥くときってうきうきするわ」

 カロリー様は本当に楽しそうにバナナを剥いて、それをすぐにジュール様の口に突っ込もうとして除けられている。

「自分で食べればいいじゃないか」

「折角ジュール様の為に心を込めて剥いたのに」

 一瞬火花が散った気がするのは気のせいだろうか。

「あの二人は、他人に食べさせるのが大好きなんだ。気が合いすぎてどちらが食べさせる側かでいつもあんな感じだよ」

 穏やかに【旦那様】が教えてくれる。

 あれか。二人揃って肥満愛好家か。たしか肥えさせるのが好きな変わった性癖の人がいるのよね。あたしには縁がないけど。

「旦那様がああいう性癖じゃないのは本当によかったわ」

「そう?」

「急激に体型が変わるとドレスを作るのも大変よ」

 そう言って、鼻をつまみながら最後のバナナを口に押し込む。

 これで残りは食べられるものだけだわ。

「アンジェリーナ、無理をしなくてよかったのに」

「旦那様があたしの為に用意してくれたもの。たまには頑張るわ。でも……やっぱり苦手。養蜂家はバナナに敏感なのよ」

 別にあたしは養蜂家じゃないけど、ハニー伯爵領は養蜂で栄えた地だもの。蜂さんは大事よ。

「養蜂家?」

「うちの領地は養蜂で栄えたから、あたしもよくハチのモチーフを使うのだけど、ミツバチって一回しか刺せないの。針が折れたときにバナナみたいな匂いがして、仲間の危険を察知した大群が一斉に襲いに来るのよ。だからハニー伯爵領ではバナナは食べない方がいいわ」

 だって蜂さんがたくさん居るもの。

「そう言えばまだハニー伯爵領には行ったことがなかったな。王都のお屋敷には何度かお邪魔したけど。君は領地で育ったのかい?」

「そうね。殆ど領地よ。でも、自信作を売るときと気が向いた夜会があるときは王都の屋敷に居たわ」

 あたしは特に学校に通ったりはなかったし。その代わり家庭教師はたくさんいたけど。作品を作るためにはちゃんとお勉強する約束だったから。まぁ、座学は時々さぼって、いや、先生の話を聞いていないときがあったわ。出席はしたのよ。ただ頭に入ってこなかっただけ。

「君が育った家も見てみたいな」

「いいわよ。お父様にお手紙を書いておくわ」

 お父様もあたしが問題を起こしていないか心配しているだろうし、旦那様といちゃらぶしてるってところを見せたらきっと安心してくれるわ。

「ああ、でもまた君のご両親に会うとなると緊張するな。上手くやれるだろうか」

「大丈夫よ。旦那様がにこにこしていればお父様も胃を吐き出さなくて済むわ」

 途中でぶっ倒れたらあたしが怒られるだけよ。なにも問題ないわ。

「ハニー伯爵は蛙かなにかかな?」

「そんな感じね。娘を毒物かなにかだと思っているわ。お嫁に出すときに何度も問題を起こすな、大人しくしなさいって言われたもの。あたし、そんなにやらかしている? 旦那様に嫌われないようになるべくいい子にすごしているつもりだけど」

 なるべく。つもり。うん。やっぱり問題児ね。

「アンジェリーナはいつもかわいいから、私が君を嫌うことなんてないよ」

 優しく笑いかけられると頭がほわほわしちゃう。

 なんだかもう幸せで幸せで大抵のことがどうでもよくなるわ。

 ぽやぽやした頭のまま食事を続ける。他の果物もちょっぴりバナナの匂いがしたけれど、それも我慢できる程度にはぽやぽやしていたわ。




 ぽやぽやしたまま食事を終え、ぽやぽやしたままジュール様とカロリー様、そしてクリスをお見送り。夜会の時完璧な美女クリスティーナ・ハニーに仕上げてねと言われたけれど、あたしはまだちょっと物足りないと思っているのよね。

「ミドルネームがないから寂しいのかしら?」

 なんというか、インパクトが足りないのよ。

 一人でぶつぶつ言っていると、そろりと伸びてきた【旦那様】の手に捕獲される。

「アンジェリーナ、この後はどうしようか。午前中は随分のんびり過ごしてしまったけど、このまま屋敷でのんびり過ごす? それとも、どこかへ出かけようか。私としては君にいくつか新しい服を贈りたいのだけど、やっぱり既製品ではなく自作したいのかな?」

 機嫌が良さそうな【旦那様】はなぜかあたしの首の臭いを嗅ぎながら言う。あたし臭い? そんなに臭う?

 どきどきしながら、やっぱりあたしのセンスがダサいって言われた気がする。

「あたしの服装、そんなに旦那様の趣味じゃない?」

「いや、いつもかわいいよ。でも……できればもう少し脱がしやすい服がいいなって……」

 とてもきらきらした美形がとんでもないことを口にした気がする。

「旦那様のえっち……」

 そんなにあのコルセットに苦戦したことが屈辱だったのだろうか。

 最初の頃は全然見向きもしてくれなかったのに。

 恨めしさもあって少し睨めば、ご機嫌取りのようなキスをされる。

「正直チョコレートがけの君は……思わず手を伸ばしそうになってしまったよ」

 耳元で囁かれ鼓動が速い。息が苦しいくらい驚いている。

 だって、あのとき……素通りされたわ。目も合わせずに、寝室の扉を開けて数秒硬直したあと何事もなかったかのように扉を閉めて去って行ったのよ?

「だって、あのとき……旦那様、なにも言わずに出て行っちゃったから……刺激が強すぎるのは好みじゃないのかなって」

「驚きすぎて幻覚を見たかと思ったんだ。まさか……現実にあんな格好をする女性がいるとは思わないだろう?」

「だってあたしはファンタジーアンジェリーナ・ハニーだもの」

 常識ふつうで考えられても困るわ。

「チョコレートが好物だと一体どこで知られてしまったのかと驚いたよ」

 あら、【旦那様】はチョコレートがお好きだったのね。いいことを聞いたわ。ここはアンジーお手製のチョコレートで【旦那様】をめろめろに……いや、ジーンにキッチンに立つなって言われてるのよね。

「うーん、前世でもそこそこ料理はしていたはずなんだけどなぁ」

 なにせ嫁との関係が酷かったから……くたくたで帰ってからの家事って結構いろいろあったのよねぇ。アンジェリーナになってからも何度か料理はしたことがあるけれど……見た目が劇物って言われたわね。

「アンジェリーナは料理もするのかい?」

「ジーンに手料理禁止令を出されているわ」

 となると足で作れば良いのよね。幸いあたしは物を浮かせる魔力を持っているし、手を使わないで料理……ペダル式調理器具でも買うべきかしら?

「それは残念だな」

 ふふっと笑う【旦那様】の手はいつの間にかあたしの胸元に伸びている。昨日まではあたしがどんなに迫っても拒絶していたくせに……。

「旦那様、あたしが元男だって知った途端随分積極的ね。やっぱり男が好きなの?」

「アンジェリーナ、誤解だよ。最初から君には欲情していた。けど……迫られるよりは迫る方が好きだ」

 ちゅっと少し大きな音を立てて首筋にキスをされる。

 やばい。顔が熱い。どうしちゃったのあたし。

 積極的な【旦那様】はちょっと苦手よ。

「お出かけなら早く行かないとお店が閉まっちゃうわ」

 誤魔化すようにそう言って腕から逃げようとするけれど思ったよりもしっかり捕獲されていた。くそぉ。アンジェリーナの体はやっぱりか弱すぎるわ。

「アンジェリーナも欲しいものがあったら遠慮なく言っておくれ。王都に負けない程度には栄えているから大抵の物は揃うよ」

 逃げようとしたのに気付かれたのかしっかりと抱きかかえられてしまう。

 これはきっと馬車の中でもお膝に居なきゃいけないのね。別にいいけど。




 一応まあ、たくさん可愛がってもらうという目標は達成したことになるのかしら? たくさんちゅーしてもらえるのは嬉しいわ。ただ、ちょっと急変し過ぎちゃってあたしがちょっと落ち着かないくらい。

「なにか欲しいものはないかな?」

「えっと……」

 これはなにかを買うまでずっと言われるやつね。でも、少し前にプリンターをおねだりしたばかりだし、別館にたくさん画材も用意されているからすぐに思い浮かぶ物がないわ。

「あ、そうだ。ねぇ、旦那様、旦那様はどんな鳥がお好き?」

 寝室の壁に鳥の絵を描きたかったのよ。昨夜訊こうとしたら止められてしまったもの。

「鳥? そう言えば昨夜もそんな話をしていたね。寝室の壁に絵を描きたいのなら君の好きにして構わないよ」

 一応は覚えていてくれたのね。

「折角だから旦那様の好みも訊いて一緒に描きたいなって。夫婦の共同作業ってそんなにする機会ないじゃない? 馬車の中でずっと考えてたの。旦那様はどんな鳥がお好きなのかなって」

 ずっとって程じゃなかったかもしれない。でも、どんな人なのかどきどきしていた。こんなに大好きになれるとは思っていなかったけれど、やっぱり【旦那様】に求婚してもらえてあたし、本当に幸せだわ。

「アンジェリーナ……便箋一つでそんなに私のことを……」

 口元を押さえてぷるぷる震えている【旦那様】は無駄に美形、というか美形の無駄遣いだ。キリッとしていれば凄くかっこいいの。微笑んでいればとても穏やかで美しいの。なのに、時々ものすごく残念。きっと残念なイケメンって【旦那様】のことを言うのね。

「私は鮮やかな色の鳥が好きだな。青くて小さな鳥が特に」

 あら残念。あたしとは好みが合わないかしら。あたしは大きな鳥の方が好きだもの。

「アンジェリーナはどんな鳥が好きなのかな?」

「あたしは大きくて強そうなかっこいい鳥が好きよ。空を飛べなくても良いからがっしりした足で力強く歩くようなのとか。エミューなんかは特にお気に入り」

 エミューは比較的大人しくて飼育がしやすいらしいわね。前世の動物園で触ったことがあるわ。とってもかわいかった。

「大きくて強そうな? 鳥? 鷲とか?」

「鷲も素敵ね。猛禽はみんなかっこいいと思うわ。寝室の壁はどんな鳥が良いかしら? 旦那様は小さな鳥の方が好きなのでしょう? でもあんまり小さな鳥はよくわからないわ。鳥の図鑑を見ながら一緒に選びましょう。きっと素敵な寝室になるわ」

 と言ってもあたし、鳥図鑑持ってないわ。

 そうだ、お買い物でおねだりしていいって言ってくれてるし、折角だから買って貰いましょう。

「旦那様、本屋さんで鳥図鑑を買って下さい。二人で一緒に選びましょう」

 擦り寄って甘えれば、少しだけくすぐったそうに笑う【旦那様】。

「ああ。もちろん。他にも欲しいものがあったら遠慮なく言っておくれ。アンジェリーナの為なら土地でも星でもなんでも買うよ」

 いらない。ものすごくいらない。

「エミューが好きなら牧場を買おうか?」

「流石にそれはいらない。気が向いたときに見に行ってちょっと触らせて貰う程度が丁度いいのよ」

 うーん、どうやらあたしの【旦那様】は貢ぎたい男みたい。

「あたし、たくさんの贈り物より旦那様にぎゅーってしてもらった方が嬉しいわ」

 欲しいものは自分で作るもの。これを【旦那様】に理解してもらえるかはわからないけど。

「アンジェリーナは遠慮しすぎだよ。普通女性というものはもっとドレスや宝石、化粧品なんかを欲しがったり、犬や猫を飼いたいなどと言ってくるものではないのかい?」

「あたし元男だからそう言う普通の感覚わかんなーい」

 そもそも【旦那様】の言う『普通』はどこ情報なのだろう。

「……アンジェリーナはやっぱり……そう言うところも好きだな」

 静かに、噛み締めるように言われても困る。一体なにと比較されたのかしら。

「外見や財産目当ての女性に散々言い寄られてきたから君が私に全く興味がなかったという事実にとても安心したんだ」

「今は旦那様に興味しかないわよ」

 基本あたしは自分以外どうでもいいって考え方だものね。

「断る理由がないで旦那様の求婚を受け入れたこと、コートニーなんかはとっても怒っているけど、あたしはあの日のあたしを責めたりしないわ。むしろ褒めるべきね。夢だと思ったのに断らなかったのだもの」

「私もアンジェリーナのその性格に救われたよ。断られたら首を吊っていたかもしれない」

 それは本当に断らなくてよかった。

 あの日の【旦那様】は間違いなく泥酔していたわ。勢いで変なことをしでかしていてもおかしくない。それにとっても浮き沈みの激しい人だもの。頭、じゃなかった心のご病気だからちょっと対応を間違えると大変なことになりそう。

「今でもアンジェリーナに振られたらその先を生きる自信がない」

 ぎゅーっと抱きしめながらとんでもないことを口にしたわ。これあれ? 別れたら死んでやるっていうあれ?

「……まぁ、心中狙いじゃないだけマシかしら……」

 あたしのせいで【旦那様】が首を吊るようなことがあったらお墓は蛍光ピンクに紫のドット柄にしてあげるわ。一番似合わなさそうな色を選んでおくの。

「旦那様があたしより先に死んだら世界で一番ダサいお墓にしてあげるわ。あたしの作品なのに自分で見られないの凄く悔しいでしょ? だからあたしより五秒でも長く生きてね」

 五秒あれば見て把握くらいできるかもしれない。まぁ、お墓は完成していないかもしれないけど。

「アンジェリーナが先に死んでしまったらお墓を作ってもらえなくなるのかな?」

 すぐにばれてしまった。

「デザイン画をジュール様に預けておくわ。旦那様に見つからないように厳重に保管してもらって、あたしに何かあったときだけ旦那様の手元に渡るようにしてもらうわ」

 そう言えばこの世界でも夫婦は同じお墓なのかしら?

「あたしの棺は絶対黄色のミツバチ柄じゃなきゃ嫌よ」

「私は君が先に死んでしまったら……埋葬なんてできそうにないな……どんなに金が掛かっても最高の魔術師に君を美しいまま保存する方法を探させるよ」

 これはあれね。ホラー映画とかによくある死体を飾っちゃうタイプのヤバい人ね。

 本当に残念なイケメンというか、この人大人しそうに見えて実はあたしよりも問題児よね。

「本当に問題児同士お似合いだったのね。あたし旦那様のそういうところも嫌いじゃないけど実行したらたぶん嫌いになるわ」

 まぁ、死んだ後の話だったらどうでもいいわ。

 その後もしばらくお墓の話が続いてしまった。あたしはあんまり神さまとかそういうのは信じていないというか、こっちの宗教に馴染めていない部分もあるから話半分だったかも。お葬式とかそういうの、自分が死んだ後なら【旦那様】の好きなようにやってもらって構わないと思ったけれど、そうすると彼はあたしの作品を至るところから引っ張り出して展示しそうだから先にそれだけは拒絶しておいた。

 ジェリー侯爵領は王都に負けないくらい栄えている。街並みは少しレトロな雰囲気で、お人形さんが歩いていそうな光景だ。

 馬車から降りると【旦那様】がエスコートしてくれようとしていたみたいだけれど、はしゃぎすぎてしまったあたしはそれに気付かずに飛んでいこうとして【旦那様】を沈ませてしまった。ほっぺにちゅーしたらすぐ機嫌が直ったけど。

 連れて行かれたのは洋品店。ここもなんだかとってもレトロで映画の中に出てきそうな雰囲気ね。中に入るとすぐに黄色い声が湧く。

「ジュリアン様、本日はどのような御用で?」

 五十代くらいだろうか。白髪交じりのお団子頭とちょっと尖った眼鏡の絵に描いたようなマダムが優雅な動きで近づいてくる。

「やぁマダム。妻のアンジェリーナだ。彼女にいくつかドレスと寝衣をと思ってね。うん。寝衣は今日すぐに持って帰れる物を数着。できるだけ脱着のしやすいものを」

 余所行きの笑顔で、そしてあたしの手をしっかりと握りながら言う【旦那様】はやっぱり脱がせやすさを重視らしい。

「ご結婚なさってから一度もいらっしゃらないから、当店は奥様のご趣味ではないのかと思いましたわ」

 マダムは笑う。意外と【旦那様】とは気軽な関係なのかもしれない。

「いや、アンジェリーナは自分で服を作るのが好きでね。アンジェリーナ、この店は私が幼い頃から世話になっているんだ。君も気に入ってくれたら嬉しいな」

 優しく首筋にキスされた。途端に店の奥の方から殺気のような物を感じる。

 なるほど。【旦那様】はお針子さんたちにモテモテなのね。

「いいわ。今日は全部旦那様のご趣味で決めてしまって。今後の参考にするわ」

「いいのかい?」

 一瞬【旦那様】の目が輝いた気がする。

 あ、この人……本気であたしの格好をダサいって思っていたのね。

「気に入らなかったら容赦なくペイントしたりリメイクしたり染めたりするわよ?」

「うん。でも、試着だけでもアンジェリーナのいろんな姿を見たいな」

 嬉しそうに微笑まれるとなにも言えなくなってしまう。

 本当に、美形なのよ。笑うとびっくりするくらい綺麗なの。イケメンって得よね。結局あたし、【旦那様】のお顔がとっても好みなんだわ。

 それからマダムが呆れるほど嬉々とした様子で次々にドレスを選ぶ【旦那様】は同じデザインの色違いまで持ってくるから流石にそれは却下した。

「アンジェリーナは黒や黄色が多いけれど、こういう淡い色も似合うと思うな」

 水色のドレスを差し出される。水色ってあんまり好きじゃないのよね、なんて言ったらまた【旦那様】を沈ませてしまいそうだから大人しく試着する。

「奥様の体型ですと着られる服の幅が広いですね。あの髪の色には驚きましたが……かえって髪が差し色になるのでモノトーンコーデでも重くなりすぎませんね」

「アンジェリーナはなにを着ても似合いすぎてしまうから……迷うな。けど、あまりたくさん買っては困らせてしまうから……このドレス……アンジェリーナの背中がとても綺麗に見えると思うのだけど……拒絶されてしまうかな?」

 着替えている最中、マダムと【旦那様】が随分と話し込んでいる。

 凄く気になる。そしてこのドレスは着にくいわ。

「ああ、これも似合いそうだな。アンジェリーナはなにを着ても似合うから……」

「ジュリアン様、流石にそちらは……奥様でしたらこういったデザインの方が……」

 あ、今【旦那様】が余程酷いものを選んだ気がするわ。ちょっと気になる。

「でも、アンジェリーナは本当になにを着ていてもかわいいんだ」

「旦那様ー、面白がって変な物選ぶならあたし飛んで帰るわよ」

 たぶんお屋敷に着くまで二日くらいかかっちゃうけど。

 試着室のカーテンを開ければ【旦那様】は目を輝かせ、マダムは少し微妙そうな顔をしている。つまり、一般的な感覚だとナシってことね。

「アンジェリーナはそう言う淡い色はあまり着ないから新鮮だね」

「あたし警告色じゃないと落ち着かないわ」

 嘘だけど。でも水色ってあんまり好きじゃないわ。アイシャドウくらいならいいけど、ドレスとなるとちょっと落ち着かない。

「もっとこう、レインボーな感じの方があたしには似合う気がするのだけど」

「そう? アンジェリーナはなにを着ても似合ってしまうから今日も完璧だよ」

 うん。【旦那様】の頭が相当沸いていることはわかったわ。

「それで? さっきマダムに拒絶されたのはどんなデザインかしら?」

 気になったからマダムに訊ねると彼女は溜息を吐きながらアニマル柄のドレスを見せてくれた。

「これ、どこに需要があるの?」

 地味に凄いのがこれ、プリントじゃなくて織りってところね。わざわざ織ってこの柄を出したのは凄いけれどこんなのお水のお姉さんだって着るか微妙な柄よ。

「そう言った商売の方が着ることはありますが……」

 マダムは言いにくそうだ。ということはつまり【旦那様】はあたしのことそう思ってるってことかしら?

「旦那様~?」

 甘ったるい声を出してこっちにいらっしゃいと手招きすればほいほい近づいてくる。

「なにかな?」

「あたしが元男ならなに着せてもいいと思ってない?」

 いつもより二段くらい低い声が出てしまう。一瞬【旦那様】が怯んだ。

「い、いや、君の前世は関係ないよ……ただ……いつもと違うアンジェリーナが見たくて……」

「お水のお姉さんみたいな格好は嫌よ」

「すまない……少しはしゃぎすぎてしまった」

 しゅんと項垂れる【旦那様】は叱られた子供のようでちょっとかわいらしく見えてしまう。

「ドレスはいいわ。寝衣をいくつか選んで帰りましょう」

「くつろげる室内着も数着」

「ふざけないで選んでくれるなら付き合ってあげるけど」

 意外と頑固ね。くつろぎスタイルくらい自分で作るのにどうしてもあたしに服を選びたいみたい。

 仕方がないから試着室に戻って水色のドレスを脱ぎながら待機する。

「これなら可愛らしいし、締め付けも少なくアンジェリーナもくつろげるはずだ」

「奥様には少々幼いデザインでは?」

「アンジェリーナはかわいいから似合うよ」

 またこれだ。【旦那様】はあたしがなにをしたって『かわいい』で済ませようとしている。重症だ。

「アンジェリーナ、これを着て見せてくれないか」

 カーテンの隙間からちょっとクラシカルなデザインのワンピースが差し込まれた。あたしが着るのにはちょっと大人しいデザイン。フリルが多くて確かに少し幼い印象かも。

「旦那様こういうのが趣味なの?」

 受け取りながら訊ねる。前にふりふりの可愛らしい寝衣で待ち構えたときは凄テクで寝かしつけられたわね。

「かわいいと思うけど、君の好みではなかった? 前にふりふりとした寝衣を着ていたことがあるだろう?」

 一応あたしの着ていたものを覚えていてくれているのね。感激だわ。

 なんだかまたほわほわした気分になってきた。

 着替えている最中、脱いだ服がぷかぷか浮いてしまっている。

 チョコレートカラーってあまり着ることがないから少し新鮮。それにボルドーのリボンはかわいいわね。

「これ気に入ったわ」

 勢いよくカーテンを開ければマダムが飛び上がりそうになっていた。どうやら彼女はあたしみたいなタイプとはあまり接してこなかったみたいね。

「ああ、いいね。すごくかわいい。アンジェリーナは黙っていると凄く美人だけど、笑うと可愛らしい印象だからかわいい服も凄く良く似合うと思う」

 そう言いながらぎゅっと抱きしめてくる【旦那様】は今にも頬ずりしそうな勢いだ。

「これと似たラインのをあと三着くらい用意してくれ。絵を描くときもこれなら楽だろう?」

「旦那様、この生地結構高いやつよ。絵の具でべっとべとになるときにこんなの着てたらすぐにだめになるわ」

「なら十着くらい買っておこう」

 だめだ。この人課金する方向しか考えていないわ。

「私はアンジェリーナの為に金を使いたくて仕方がないのに作品を買うことを禁止されてしまったからね」

「課金すれば愛とか考える人とは一緒に居たくないわよ」

 そう告げるとなぜかもっときつく抱きしめられてしまう。

「構ってあげられない時間の埋め合わせをしたいのだけど、どうしたらいいかな?」

「あたし基本放置されていても平気よ? 暇だったら絵を描いたり服を作ったりしてるじゃない。一緒に居られるときにたくさんかわいがってくれたらそれで十分よ」

 大体、今まで素通りされていたのに急にこんなに構われても困るわ。あたしの頭がついていけないもの。

 ぽやぽやあたまはやっぱりぽやぽやしているみたい。お店の中の物がぷかぷか浮いたりしている。

「アンジェリーナ、今日は調子が悪いのかな?」

 魔力が暴走していることを言われているのはわかる。あたしも今までなかったことだから少し困惑はしているわ。でも、これってきっと幸せ過ぎて気が緩んでいるってことだと思うの。

「旦那様がたくさん構ってくれるのが嬉しくて気が緩んじゃってるんだわ」

 こつんと額をくっつけられる。愛情表現は嬉しいけど、人前でされるのは少し恥ずかしいわね。

「……アンジェリーナ、熱があるなら早めに言ってくれないかな? 連れ回してしまってすまない。帰ろう」

 へ? 熱?

 呆れた声に驚く。

「あたし生まれてから一度も熱出したことないわよ」

 頭がちょっとぽやぽやしてるけど。

「馬車の中で触れたときより熱くなってる。寝起きの時点で気付くべきだった……てっきり、女性は少し体温が高いのかと思ってしまって……」

 そう言えば【旦那様】はあたし以外とあまり触れあったことがないって言ってたっけ?

「丈夫が取り柄なのに」

 頭がほわほわしているのは気が緩んでいるせいよ。そう思ったら目の前がぐらんと揺れた気がする。

「アンジェリーナ? 大丈夫? ああ、とりあえず今着ているのと、適当にいくつか包んでくれ。支払いはアーノルドに」

 てきぱきと指示をしてあたしを抱きかかえる【旦那様】。

 え? あたしそんなに酷いの?

 だってアンジェリーナに生まれてから一度も風邪一つひいたことがないのよ?

 ぐるぐる混乱していると、優しくとんとんとんと背中を叩かれた。

 ああ、お店の物が浮いちゃっているものね。あたしを寝かしつけたら治まるのかしら?

 ぼんやりとした考えはすぐに襲ってきた眠気でかき消された。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る