11 変態同士お似合いだと思うわ



 どうしてこうなったのだろう。

 あたしの胸を枕に【旦那様】が静かな寝息を立てている。動けない。それに、なんか思っていたのといろいろ違う。

 突然の口づけに驚きすぎて硬直してしまった隙に、抱きかかえられ帰宅することになったのだけど、馬車の中でもずっと膝の上から下ろしてくれなかった【旦那様】はたくさんかわいいと頬や首にキスをしてくれた。そしてそのまま、アーノルドが止めるのも聞かずに寝室に直行し、これはついに【旦那様】に可愛がってもらえるのかなと期待した。が。それは簡単に裏切られた。

 たくさんキスされてこっちも結構その気になっていたとは思うのだけど、胸元にキスされたと思ったらそのまま停止フリーズしてしまったのだ。まさか刺激が強すぎたのだろうかと心配したら穏やかな寝息が聞こえてきた。

 なんなんだこれは。

「やっぱり、飲み過ぎて寝てしまいましたね」

 水を持ったアーノルドが溜息を吐きながら入ってきた。

「今日の旦那様、なんなの? あたしのことたくさん可愛がってくれたと思ったのに……普通途中で寝る?」

「あまり酒に強い方ではないので、たくさん飲むと寝てしまうのです」

 寝てしまうって……。

「いいとこだったのに……」

 あのまま美味しく食べてかわいがつて欲しかったような、酔った勢いに押されなくてよかったような微妙な心境だ。

「アンジェリーナ様もドレスのままではくつろげないでしょう? 旦那様をどかしましょう」

 自分の主を荷物扱いするアーノルドに呆れてしまう。

「別に構わないわ。このままでも。旦那様がくっついてくれるのは嬉しいし」

 ちょっと気に入らないから綺麗な髪をわしゃわしゃしてあげちゃう。本当に、透き通る金糸みたい。この髪で刺繍したら綺麗かしら。

「アーノルド、ひらめいちゃった。鋏取って」

「嫌な予感しかしませんのでお断りします。たとえ旦那様がお許しになったとしても、作品に旦那様の体のパーツを使うことはおやめください」

 どうしてばれた。

「えー、絶対いい糸になると思ったのに」

「流石にジュリアン様の髪がなくなっては問題です」

 酔っている【旦那様】ならアンジーが望むなら髪くらいって言ってくれそうだけどな。どうせまた伸びるって。でも、素面の【旦那様】はそうではないのかもしれない。

「旦那様はあたしのことどう思っているのかしら?」

「どう、とは?」

 アーノルドが首を傾げる。

「結婚する前にあたしのファンだってチャドからは聞いていたけど、結婚式の時は目を合わせてもくれなかったし……未だに、旦那様とは夫婦らしい関係じゃないでしょう? 夜会に同伴させてくれたのには驚いたけど……旦那様は酔っている時かお薬が効いている時じゃないと、あたしの名前すら呼んでくれないわ……嫌われているのならそれでも構わないけれど、だったらどうしてあたしに求婚してくださったのかしら? 嫌いな相手と一緒に暮らしたいなんて変よ」

 変じゃなかったらあたしなんかに求婚しないだろうけど。

「旦那様のお考えは私にはわかりませんが、心からあなたをお求めになって求婚されたのだと思いますよ。他にいくつもあった縁談を全て断ってもあなたが良いと」

 私には理解できませんがと彼は強調する。

「それがわからないのよね。頭に蜂の巣挿した変態に求婚する変態と結婚しちゃったわ」

 もう、笑うしかない。

「仮にも自分の夫を変態呼ばわりしないで下さい」

「あら、変態同士で丁度いいじゃない」

 だって【旦那様】はあたしの【旦那様】だもの。

 アーノルドを追い出して、そのまま【旦那様】を抱きしめる。

 ちょっとだけ残念だったけど、でも、今夜はいい夢を見られそうだ。




 温かくて気持ちがいい。まだ目覚めたくないと思ったのに、揺さぶられて重い瞼を持ち上げた。

「……アンジェリーナ、起きてくれ」

 とても弱ったような【旦那様】の声。どうしたのだろう。意識を覚醒させる。

 そして気がつく。あたしが気持ちよくて放したくないと思ったのは【旦那様】だったらしい。そして酔いが覚め薬が切れたへたれでムッツリな【旦那様】はあたしが抱きついているのでそわそわとしている。

「旦那様~、おはようのちゅーしてくださらないの?」

 わざと甘えれば彼は硬直してしまう。昨夜はあんなにたくさんキスをしてくれたのに、やっぱり素面のときは仏頂面になってしまう。

 そして視線を逸らし、やっぱりあたしから離れようとする。

「アンジェリーナ……昨夜はすまなかった……その……酔って君に酷いことを……」

 あら、酔っている間のことをちゃんと覚えている方なのね。

「本当に酷いのよ。その気にさせておいてさっさと寝ちゃうなんて。今からでもたくさん可愛がってくれないと拗ねちゃうわ」

 甘えた声で言えば、彼は何度も瞬きを繰り返す。相当驚いているらしい。

「……君は……少し積極的過ぎないか? 結婚はしたが無理をする必要はない」

 少し冷たい声で言い放たれ、渋々と離れる。

 やっぱり、素面のときの【旦那様】はあたしに興味がないようだ。

 なにか、言わなきゃ。そう思うのに、たぶん、あたし、思っているよりも傷ついたみたい。【旦那様】が過ぎ去ってもなにも言えなかった。

 去ってしまった彼の居た場所に横たわる。まだ温かい。

 酔っている時はすごく積極的だったのに、どうして……。

 考えれば考えるほど寂しくなってしまう。

 求婚してくれた素敵な【旦那様】に毎日可愛がってもらってるなんて、あたしのただの願望。クリスの前で見栄を張ったと言うよりは、本当にただ願望を口にしてしまっただけ。

 ねぇ、甘い言葉の囁きとかそういうのは要らないから、ちゃんとあたしを見て欲しいわ。酔っていないときに、ちゃんと目を見て話しかけて欲しい。名前を呼んでくれるだけでもいい。ううん。やっぱり抱きしめて欲しい。

 あたし、欲張りかしら。でも、今度はなにも我慢したくない。

「参ったなぁ……」

 あたし、本当に【旦那様】に惚れちゃったのかしら。構ってもらえないから意地になっていただけだと思ったのに。そうじゃないみたい。

 すごく寂しいの。たくさん構って欲しい。でも、酔ってる彼じゃなくて……そう、求婚してくれた彼じゃなくて、目も合わせてくれない方の彼に惹かれている。

 変なの。あたしはあの酔っ払いに求婚されたはずなのに。

 思いっきり両手で頬を叩いて飛び起きる。

 あたしは芸術家よ。胸の中の鬱憤はうじうじ考えないで作品にしないと。

 寝衣を脱ぎ捨てて、その辺に転がっていた服を羽織る。

「ベティ、絵の具揃えて」

 廊下にでっかい絵を描こう。

「奥様、その格好は……」

 ドナが眉をひそめる。

「なにか変? あたしが変なのはいつも通りでしょう?」

「いえ、そのお召しになっているものは……旦那様の寝衣では?」

 寝衣から着替えたつもりが寝衣を着ていたらしい。

 【旦那様】の寝衣?

「……いつ脱いだの? え? あたし……旦那様の肉体美をまだ拝んでいないわ!」

 これは大事件よ。前世のあのさえない男は決して同性愛者ではなかったけど、アンジェリーナとしては女性なのよ。そりゃあ多少は筋肉の美しい男の人に興味はあるわよ。

「抱きしめられたときに逞しいって感じはしなかったけどヒョロガリって感じもしなかったからユージーン程度には筋肉はあると思うのよね」

 今度ヌードモデルを頼もうかしら。

「奥様、せめてお召し替えをお願いします」

 ドナに諭されて仕方がないので作業用の服に着替えることにする。

 それにしても、ドナもあたしの奇行に大分慣れたのね。ぎゃーぎゃー騒がないでくれるメイドは大好きよ。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る