第15話





桜並木は薄桃色の花を脱ぎ、若々しい青葉に衣替えして6月になった。



毅に髪は長い方が好きだと言われていたが、さすがに暑苦しくて短くした。



着信拒否された日から2ヶ月が過ぎ、顔は3ケ月も見ていない。



毅は電話もメールも一度もよこしてくることはなかった。



はじめの頃は彼の事がとても気になっていたが、学校行事が色々立て込んでくると、仕事の忙しさもあり、毅を気にかける回数は減っていった。


4時間目の授業が終わると、俺はコンビニ弁当を美術準備室で食べ、一人のんびりと食後のコーヒーを啜っていた。



「次の授業は2年生だったよな。友人の肖像画の続きだからギリギリまでのんびり出来る………な。」



ふと隣に並んでいる使っていないデスクの上に目が留まった。


茶色い紙に包まれた平たい大きな荷物が乗っていた。



「これ…なんだっけ…………?……」



包みを開けると中から厚みのあるB2のケント紙が出てきた。



「………………あっ!しまった!ポスターだ!!」



毎年、2年生には10月に開催する文化祭のポスターを描かせる事が恒例になっている。


製作期間や選考会、ポスターやパンフレットに印刷する時間から逆算して行くと今日からポスター制作を始めないと文化祭に間に合わない。



「とりあえず、アクリル絵の具と陶器パレットを出さないと……」



色々な画材に触れさせるのも授業の一つで、今回のポスターはアクリル絵の具で描かせることになっている。


油絵は3年間を通して描くが、2年生の時に一度しか使わないアクリル絵の具は学校の備品を貸出している。


しまっておいたアクリル絵の具用の陶器パレットを棚から出してシンクに置いて洗おうとして気がついた。



「あ……今日からデザインを考えるのに塗る所までいくわけがないか。」



どんなに早くても下描きが完成するのがせいぜいだ。パレットは後で洗うことにして、茶色の包み紙にくるまったA2サイズの重いケント紙を教壇へ運ぶことにした。


傷つけない様に慎重に持ち上げると紙はずっしりと重たい。


運びやすいようにケント紙を持ちかえると包装紙には俺の手の跡が黒く残った。


パレットは思っていたより埃を被っていたらしく、包装紙の手形にはくっきりと指紋まで見える。



「うわー…真っ黒だ。でも汚れたのが包装紙だから良かった。」


「俺、手伝いましょうか?。」


「わぁっ」



不意に聞こえた中島の声に心臓が跳ねあがり驚いた拍子にケント紙を落としそうになった。



「先生、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない、落としたらどうすんだ。中島、黙って入るなよ。驚くじゃないか。」


「ちゃんとノックしました。」


「え、あ…そうなのか?バタバタして聞こえなかったんだな…ゴメン。」


「いえ、そんな」



美術室の教壇の上にケント紙をそっと置くと、中島に振りかえった。



「俺に何か話があるのか?悪いけど今、次の授業の準備で忙しいから…放課後ここに来るだろ?その時に……」


「話じゃなくて、これです。」



中島はコンビニの袋から透明なカップに入ったクリームとフルーツがたっぷり乗った美味しそうなスイ―ツと、それを食べる為のスプーンを取りだした。



「先生この前 食べたいって言っていたコンビニの期間限定発売のスイ―ツが、やっと買えました。冷たいうちに食べませんか?」


「あ―――、今は無理だよ。」



俺は話しながら準備室に戻ると中島もその後をついて来た。



「準備は俺も手伝いますから」


「いいって、ほら手が汚れているだろ?今は食べられないから後で食べるよ。」


真っ黒に汚れている手を中島に見せた。



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