家庭教師のアルバイト ※ホラー

昆布 海胆

家庭教師のアルバイト

「ここかぁ~」


俺の目の前に建つ古びた2階建ての洋館。

今日からアルバイトで家庭教師をする家だ。

少し震える指を伸ばしてインターホンを押す。


『はい?』

「あっ家庭教師で来ました飯塚です」

『どうぞ・・・』


少しして玄関のドアがゆっくりと開いて中から老婆が顔を覗かせる。

温厚そうな優しい感じの老婆なのだが何故か背筋に寒気を感じた。

理由は分かっている・・・日中だというのに老婆の背後の建物内部が異様に暗かったからだ・・・





俺の名前は飯塚 修一、今年からOK大学に通うことになった。

実家から離れて一人暮らしを始めたのだが、色々と入用になりアルバイトを始めることにした。

色々な求人広告を見て回った結果、俺が目を付けたのは家庭教師のアルバイトだ。

ただ家庭教師のアルバイト運営会社に登録するのが非常に面倒な上に依頼待ちの間は収入が無いままだ。

だから俺は今住んでいるアパートの大家さんに相談して町内の掲示板を使わせてもらうことにした。

町内会の会長をやっている大家さんは快く承諾してくれ、周囲の許可も得て手作りのポスターを貼らせてもらった。

驚いた事に張り出した3日後には電話が掛かってきて家庭教師の仕事が受けられることになったのだ。


「えっ?そうなんですか?」

『はい、ウチのケンちゃんは体が不自由で学校に通わせられないのです。なので週5の4時間でお願いできますか?』

「大学の講義の時間もありますので4時間となりますとこちらの都合に合わせて頂く形になりますが・・・」

『かまいません、ケンちゃんはずっと自宅に居ますから』

「分かりました。それでは来週からお伺いさせていただきますね」


こうしてすんなり決まった俺は失念していたのだ。

家庭教師先の家の事を調べることを・・・






湿気と埃が臭う廊下を歩く、床が軋む音が静かな建物内に響く・・・

ほんの3メートル程の廊下なのに物凄く長い距離を歩いたような気がした・・・


「ケンちゃん、先生が来られましたよ」

「失礼します」


部屋の中は明るかった。

そりゃそうだろう、体が不自由な子供を悪質な環境に置く親なんてまともじゃないからだ。

正面に勉強机と本棚、左にはベット、右には大きなぬいぐるみが並んでいた。

ヤバかったのは廊下だけなんだとホッとしてながら正面に座る髪の長い人物に視点が定まる。

一瞬女性かと思ったがこの老婆は『ケンちゃん』と呼んでいた事から男なのだろうと考えた。

今の時代長髪の男性だった多いもんだ、俺の高校の同級生だってバンドやってて長髪のやつだっていた。


「さぁどうぞ先生、教材は机の上に用意してありますからよろしくお願いします」

「あっはい分かりました。それじゃあケンちゃんだったね?僕は飯塚、これから宜しくね」


そう言ってケンちゃんの横に用意されていた椅子を引いて腰を下ろす。

途中まで手を付けていたのか数学の教科書が開かれていた。

内容をチラッと確認した感じ、因数分解・・・なるほど中学レベルか・・・


体が不自由という事で学校に通っていないのであれば体格的に少し遅れててもおかしくはないか・・・

そう考えてまずはお互いに自己紹介をしっかりと行おうとケンちゃんの顔を見た・・・


「えっ・・・」


言葉に詰まった。

男性ではなく女性だったとかではない、そこにはまったく瞬きを行わない等身大の人形が座っていたのだ。


「あ、あの・・・すみません・・・これ・・・人形ですよね?」


そう言って後ろに居た老婆へ振り返った。

そこに居たのは先程までの温厚そうな優しい感じの老婆では無かった。

般若、それを想像させるような凶悪に染まった怒る老婆が居たのだ。

その両手は強く握られ目を開き、目が合った瞬間驚く速度でこちらへ近寄って来て両肩を捕まれる。


「はぁ?!あんた何言ってんの?!ウチの孫よ!」


老婆が眼前で目が血走り黒ずんだ入れ歯が震えた。

近付いたことで分かったが臭い・・・非常に老婆が臭かったのだ。

まるで死体・・・

さらに近くで見ると真っ白の白髪はフケだらけ・・・

あまりの恐怖に俺は涙を浮かべながら・・・


「や・・・やだなぁお母さん、人形の様に綺麗な息子さんですね・・・」


そう伝えるとフッと老婆の表象と肩を掴む手の力は緩み俺は解放された。

俺はこれ以上この老婆を怒らせるのは不味いと本能で感じ、横に座る身動き一つしない人形相手に授業を始めた。

4時間・・・受け答えを一切しない人形相手に数学を教え続けるのは非常に苦痛であった。

後ろでは何故か老婆がドアの前に張り付いたように立っているし、教えている相手が手を動かさないから内容は・・・


「ここまでで分からないことはあるかな? よし、少し考えてごらん? こっちよりもこっちの方がいいよね?」


と無回答がYESになるように授業を行うしかなかった。

あやしい人形遊び、人に話せばそうとしか捉えられないこの授業がいよいよ終わる時が来た。


ボーン・・・ボーン・・・ボーン・・・ボーン・・・ボーン・・・


時計がきっちり5時を告げ上がっていた肩がスッと下がる。

俺はそっと机の上の教科書を閉じた。


「よし、今日はここまでにしようか。よく頑張ったねケンちゃん」


本来であれば1時間に5分ほどの休憩を挟むべきなのだが、老婆の前で変な行動を取れなかった俺は失念していた。

それに終わったという余裕から気付いて俺は慌てて老婆に聞こえるように付け足す。


「今日は休憩も無しに一気にやっちゃったけど次回からは休憩を挟みながらやろうな、お疲れさん」


ずっと話しかけていたからか慣れた感じで声をかけた時に伸ばした手を俺は止めた。

自然と人形の肩をポンっと叩こうとしていたのだ。

タッチした事で人形が椅子から倒れたりしたら大変だ、何より次回って単語が自分の口から出た事に焦ったのだ。


「そ、それでは今日の授業はここまでにします。ありがとうございました」

「はい、ありがとうございました。それじゃあケンちゃん、ばぁばは先生を見送ってくるからね」


そう言って部屋のドアが開かれる。

帰れる・・・それが俺を油断させた。

立ち上がってドアに向かう俺に背後から声がかけられたのだ・・・


『せんせい・・・きょうは・・・ありがと・・・』


振り返るな、自分にそう言い聞かせるが動き始めた体は止まらない・・・

それは部屋の隅、並べられた人形の一番奥、そこには眼球の無い子供の生首が置かれていた・・・


「ひっひぃいいいいいいい!!!!」


俺は駆けた・・・必死に外へ向かって駆けだした・・・

そして・・・


あっ・・・


靴をちゃんと履かず走り出した俺の足はもつれ前のめりにゆっくりと倒れていく・・・









俺が覚えているのはここまでであった・・・


後から聞いた話になるがあの家には生まれた時から手足と片目と舌が無い子供が居た。

不憫に思った両親は財産を投じてVRの様にカメラの映像をいつでも見れる装置を残った目に取り付けた。

体も非常に弱い子供は家から出る事が叶わない、だからせめて両親は子供の目だけでも外出させて楽しませてやろうとしていたのだ。

だがその両親も事故で急に亡くなり、後に残ったのは両親が可愛がっていた人形を孫だと勘違いする祖母と、二人を養う為に働く祖父だけなのであった。

今回の件も祖母が勝手に決めた家庭教師の事で、どうしても家に居られない祖父が孫を人形の中に隠してやった事なのだという・・・

事実を知ってしまえばなんて事はない出来事ではあったが、俺もこれ以上あの一家に関わるのは止めることにした・・・

それ以降どうなったのかは分からない、気づけばあの家は取り壊されていたので何処かへ引っ越して行ったのかもしれない。

ただ、あれ以降俺は人形を見ると自分に話しかけてきている気がして目を向けてしまう・・・

多分・・・これからずっと・・・



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