第三十七話――失明(ブラックアウト)

 フロセルビナの時空断絶刃アマルティアによってバラバラに切断されてしまったブリーゼは、大量の赤黒い血や臓物を撒き散らし、血の海に沈む肉塊ミンチと化してしまった……


「危ないところでございましたよ。ブリーゼ・フヴェルゲルミル。正直ここまでとは思っていませんでした。さすがは伝説の大魔道士。あと一分戦闘が長引いていたら、私は貴女様に敗北していたことでしょう」


 神装『聖羊神鋼皮盾アマルティア』。

 任意の空間座標に時空断絶を引き起こすという反則級チート装備は、使用の際に膨大な神力マナ(魔力)を消費する。

 いかに天使長フロセルビナの神力が神々に匹敵するほど強大であっても、聖羊神鋼皮盾アマルティアを連続展開できるのは


 だが、聖羊神鋼皮盾アマルティアの常時展開を必要とする敵など、この第一世界には皆無に等しい。

 そう、ブリーゼのような例外チートを除いては。


「貴女様に対する評価を、改めなければなりませんね。貴女様は放置しておくには危険すぎます。〈特異対象〉――いえ、堕天男ルシファーと同じく第三世界にて労働刑に勤しんでいただきましょうか。貴女様にふさわしい、最高の職場を用意いたしますよ」


 フロセルビナが慈愛に満ちた笑みを浮かべ、バラバラになってしまったブリーゼに告げた。

「せめてもの敬意として、このフロセルビナ自ら聖火をもって貴女様の魂を清め、葬りましょう」

 フロセルビナが両手を前に掲げると、白い光の球が出現し、徐々に大きくなっていく……

 地面に飛び散ったブリーゼの肉片に白い炎が発生、徐々に拡大し――


 次の瞬間起きた、あまりに荒唐無稽な光景に、フロセルビナは絶句した。


 それもそのはず……

 天使でもないブリーゼが、よもやなどと、ホラー映画そこのけのグロテスクな展開を、いったい誰が予想できる――?


 ――とはいえ、あまりに一瞬だったため、復元されたのは上半身のみ。

 引き裂かれバラバラになった下半身は、すでにフロセルビナの聖火で焼かれてしまっている。

 瀕死の重傷を負ってなお、渾身の力でフロセルビナにしがみつくブリーゼは、悪魔さながらに笑い。

「密着していては、お得意の〈神装シールド〉も使えないでしょう……?


 フロセルビナの両眼に、指を突きたてた……!


「ギャアアアアアア」

 こだまする、フロセルビナの絶叫。

 ブリーゼをたおしたと確信していた彼女に、聖羊神鋼皮盾アマルティアによる加護は当然ない。

 そして突き立てられた指はさらにブチュブチュ! と、こねくり回され、唯一神ガイウスより賜りしふたつの眼球は、完膚なきまでに破壊されていく。

「冥土の土産に……あなたの眼をもらっていくわ!」

 魔族としての生命力なのか、あるいは伝説の大魔道士としての意地がそうさせるのか。


 あまりの痛みに暴れ回るフロセルビナに突き飛ばされたブリーゼは、しかし下半身がないため、無様に地面に仰向けに横たわった。

 今にも途切れそうな意識で、手に付着したピンク色のゲル状の物質――えぐり潰したフロセルビナの眼球と血液の混じったそれを見て、誇らしげに、笑う。


「アアアアアアアアアア!! め、眼が……ガイウス様よりいただいた私の神の眼がアアアアアア!!」


 己の眼をつぶされたことよりも、主神ガイウスからの贈り物ギフトを破壊されたことを嘆くフロセルビナは。

 怒りに我を忘れ、叫ぶ。

「おのれ下等生物の分際でェ――‼︎ 貴様の肉片のひと欠片もッ‼︎ この世界に存在することを許さないッ‼︎」

 フロセルビナの右手に、巨大な光の剣が出現し。

 ブリーゼをバラバラにすべく、闇雲にその凶刃を振るう――!


「『闇に消えよブラックレイ』――」


 だが突如放たれた邪悪な黒き光の気配を察知し、回避した。

「ち。新手か」

 黒き光の来た方向には、堕天男――

 すでに眼を潰されてしまっても、彼の全身からほとばしる膨大な闇の魔力マナが、フロセルビナを震撼させる。


「まさか――〈特異対象L〉、目醒めた――⁉︎」


 そう、彼は堕天男。

 シーと同じく、雪の如く白い肌に、同じく先天性色素欠乏症アルビノのように真っ白な髪。

 そしてその双眸は血の如くあかい。

 彼の変貌ぶりを見たブリーゼの眼が、大きく見開かれた。

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